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ビジネスになりにくい防災分野でロボット活用を進めるには?

田所諭東北大学教授インタビュー

経済産業省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が主催する国際ロボット競技会「ワールド・ロボット・サミット(WRS)2020」福島大会が8日に始まる。主役は屋外で働くフィールドロボットだ。インフラ保守と災害対応へのロボット活用の技を競う。防災はビジネスとして投資が成り立たちにくい分野だ。インフラ・災害対応部門競技委員長の田所諭東北大学教授に狙いを聞いた。

-コロナ禍でロボットに求められる役割は変化しましたか。
 「コロナ対応の研究開発を俯瞰してみると遠隔で働くための技術が主題になっている。その場に人がいなくてもロボットで仕事をする技術だ。例えば感染症対策では患者さんのベッド周りでお世話をする仕事の一部をロボットに置き換えられれば、側についている医療従事者を一人でも減らせる。こうした遠隔技術は重要だ。化学プラントやトンネルでの点検作業は、施設が広いため時間もコストもかかる。ロボット導入でコストが二桁下がるという試算もある。『きつい・汚い・危険』の3Kの仕事も、現場で人がやるよりもロボットを使って働く環境をよくしたい。重要なのは、ユーザーにとって便利な道具になることだ。リーズナブルな解決手段として提供する必要がある。また、人材の訓練や周辺環境を整えて行かないと社会実装は進まない」

-競技会を通してプラントでの仕事やロボット活用を見せる効果は。
 「プラント技術者は現場を熟知しているが、ロボット研究者や制度を整える側の人間もそうだとは限らない。実際に見てもらい、理解が進むことに大きな価値がある。そして競技を通して現場で使えるレベルにロボットを鍛えることに意味がある。またロボットのユーザーとなるプラント技術者や災害対応の職員には、大学チーム主体の競技会でどこまでできるか見てもらいたい。将来の技術を開発しているため5-10年後には実用レベルになる。現場をどう変えたら導入できるか考えてみてほしい。ロボットを使うまでの阻害要因は多々あり、制約が一つ二つなくなるだけでもロボットの開発コストがぐっと減ることがある。効率よくロボットを活用する知恵になる。生産性を高めることにつながる」

-インフラ点検と災害対応の二つをテーマに据えた狙いは。
 「普段点検に使っているロボットがあると事故が起きたときに威力を発揮する。例えば化学プラントでは薬品が漏洩すると人が近づけなくなる。それでも入って行かざるを得なかったのが福島第一原発の事故だった。まずロボットを投入して状況を把握でできれば、被爆やリスクを最小限に抑えられる。災害時専用のロボットもありえるが、普段から使い慣れた道具としてロボットがある状況を作りたい。海外ではドローン点検が普及しつつあり、地上を走るロボの実用化も進んでいる。日本も追いかける形にはなるが、WRSで理解が進み、転換期としていきたい」

-深層学習(ディープラーニング)など新技術がロボットにも実装されています。
 「機械学習は大学一年生でも扱えるようになってきた。画像認識の性能は確かに向上している。ロボットの場合はビッグデータがないため、シミュレーションでデータを作り学習させる方法が採られる。このシミュレーションと実環境、サイバーとフィジカルを埋める技術が重要だ。機械学習が一部を担っているが、それでも状況が多様で膨大な仕事量になり、時間がかかっている。例えば事故が起きる前のプラントなら簡単だ。人が作業しやすいように整備されているため、通路も階段も規格に対応していて、ロボットが扱うバルブもどんなものかあらかじめわかる。わかっていれば対応できる。災害ではどうなっているかわからないところにロボットを投入する。現在は人間がカメラの映像を見ながら対処する方が賢明だ。現場に入り状況を見て、そこから次に何を調べに行くか決め、並行して別の対策を始める。そのためには映像を送る通信を確保するなど、ロボットとして基本的な部分の信頼性が重要になる」

-9月末に米国防高等研究計画局(DARPA)が地下探査ロボットの競技会を開いていました。鉱山や洞窟、都市の地下で災害や失踪が起きた際にロボットでの救助活動をテーマにしました。ただ調査がメインで作業は求めなかった。設備診断や作業を求めるWRSの方が難しいといえるのでは。
 「DARPAの競技会はがれきなど状況がわからない環境に入っていく難しさがある。まず求められるのは移動能力だ。ファーストステップとして調査に重きを置いたのは妥当な競技設計だ。状況がわかれば必要な作業が明確になる。その作業の内、人による作業を最小化するようにロボットを投入していける。そして災害環境での作業とは平時のプラントでバルブを回すような、整えられた環境での作業ではない。倒壊しかかっている配管の隙間に腕を伸ばしバルブを回すといった人間がやっても困難な仕事だ。現状では平時でも点検指示書にある作業者に求められる作業と、ロボットに可能な作業にはまだまだギャップがある。イレギュラーに対応する人が必要なくなることはない。WRSでは、まずは平時の環境でメーターを読んだり、センサーを当てて非破壊検査をしたり、ボルトの緩みやクラックを診断したりと平時業務で投資効果を見せていく。そして点検中に災害が起きたとして緊急対応の課題を出す。ここで普段から道具として使っているものが、緊急時にどう役に立つか見てほしい」

-コロナ禍での開催となり、リモートで観戦する人がメインになると予想されます。
 「18年のプレ大会でカメラをたくさん配置して競技の様子を解説した。動画は配信され、これを見て面白いと研究室の扉をたたいてくれた学生もいる。専門知識がなくても面白いと言ってもらえる内容にはできたと思う。解説で災害やインフラにロボットを導入する際の問題点がわかる。例えば、ただバルブを回す作業がなぜうまくいかないのか。ロボットの指が滑り、がれきでアームが挿入できない。これらを遠隔操作で実行する難しさなど、技術課題をひもといて紹介している。自分なら、こう解くとアイデアを出して挑戦してくれれば、それは日本が抱える社会課題を解く一助になるかもしれない。こうしたことを面白いと思ってもらえている。一方で動画を見れば十分かと言えば、まだ足りない。VR(仮想現実)やCGなど、より詳細な情報にアクセスする手段があるのが理想だ。まずはポピュラーになった解説動画で広く接点を作っていく」

-災害対応ロボへの投資は増えますか。ロボットにかかわらず、防災自体がビジネスとして成り立たちにくい分野です。
 「これは地域に何人の消防士が必要かという議論と似ている。国としては毎年のように大きな災害に見舞われている。ただ災害に備える基礎自治体にとってはめったに起きない事象になる。限られた財源で優先順位が上がるかというと厳しい部分もある」

   

「また民間側から災害に備えるのは公的部門の役割と言うのはたやすい。ただ災害時には公的部門の職員も被災者なのだ。公助は機能しない。阪神・淡路大震災のときも、東日本大震災のときもそうだったが、自分の家族が、がれきの下に埋もれている状況で誰かを助ける余裕はない。では誰が助けるか。一般の人がやらないといけない。たくさんの人が支えていく必要がある」

「そして社会課題に対して、問題が顕在化して公的な制度が整うには数年かかるということはままある。よく起きる事象から公的な合意がとれ制度ができていく。これは自然災害に限らず温暖化対策もそうだ。たくさんの人が協力して汗をかかないといけない。自助と共助を高めていく必要がある。災害ロボの自助の面では平時に使える道具があれば、緊急時にも使える。ロボットのオペレーターを育てておけば、いざという時に出動できる。生産性向上と同時にレジリエンスを高めておくことができる。共助の面ではドローンは、ドローンの会社と自治体が災害協定を結ぶ例がある。豪雨災害や崖崩れの調査などで活躍している。例えば地域の土木工事の事業者が自主的に復旧工事しても後から請求できる制度がある。同じように、まず民間が動き、その出費を補償する仕組みが作れれば、ロボットを活用しやすくなるだろう」

-プラットフォーム(標準機)が共創的な開発や運用のコストを下げるカギになります。米DARPAの競技会でも米ボストン・ダイナミクスの四脚ロボ「スポット」が提供されていました。
 「米国はプラットフォームを握るという強い意思がある。そのため米ボストン・ダイナミクスなどを含めて連綿と投資し続けている。プラットフォームは企業から提供してもらう必要があり、日本にはこの分野で大企業が存在していないことが問題だ。ロボット1台1000万円として、機体を提供し技術サポートもするとなると、すぐ数億円サイズの予算が必要になる。これを継続することになる。できるとしたら石油メジャーくらいの体力が必要だ。日本企業は規模が小さい」

「我々が開発したクインスやスポットはいいロボットではあるが、まだまだ適用できる環境は限定的だ。できないことも多い。フィールドロボットは工場で使う産業用ロボットや家庭用ロボットと比べ、多様な環境に投入される。しかもユーザーも状況がわからない場面に投入する。そのため万能なプラットフォームはまだ出てきていない。ただプラットフォーム戦略は重要だ。WRSではトンネル事故災害対応・復旧競技で双腕の建設ロボットを提供している。同競技はシミュレーション開催のためコストがかからないからできた。他にもプラットフォームの候補として国産の産業用ドローンが開発されている。ACSL(東京都江戸川区)が国プロで開発した機体だ。研究室へ供給されれば、標準となる機体の上でさまざまなアプリケーション(応用ソフト)が開発されるだろう。国が支援することで成立する領域があれば共助の一つの形になる」

-ロボット研究者は自分で新しいロボットを作ることを好みます。アプリ開発は産業界の仕事という意見もあります。
 「研究者の価値観が変われば評価される研究も変わる。例えば95年当時は災害対応のロボットの論文はなかった。私が研究を始めたころは、『災害に役立てるのは大事なことだが、研究をしなきゃだめだよ』と諭された。当時は災害対応はロボットで解く問題だと認識されていなかった。医療・介護ロボットも、始めた当時の研究者は評価されていない。だがこうした研究がなければ、いまの手術ロボやリハビリロボはなかっただろう。評価する研究者の価値観が変われば、要素技術開発が研究者の本分で、アプリ開発は評価されない、などということはなくなる」

「例えば米電気電子学会(IEEE)のロボットの研究コミュニティーでは新しいロボットの提案が評価される。同じくIEEEのエネルギーの研究コミュニティーでは新規性以上にプラントのどこに役立つか問われる。または現在の環境問題に答えられるのか、多角的に分析される。学術的な意味が認められ、また社会から評価されれば価値観は変わっていく。そして本当の意味でのプラットフォームとはロボット研究者が押しつけるものではない。社会やユーザーに必要とされて育っていくものだ。プラントや災害対応のコミュニティーと設計し、社会としてリーズナブルに導入する道を作ることも共助の一つの形になる」

田所諭東北大学教授
日刊工業新聞2021年10月4日の記事に加筆

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