「下手くそは絶望ではなく、チャンスだ」

サッカー・中澤佑二選手が著者インタビューで語った「夢をつかむ心構え」

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中澤佑二氏
 ―本書の中で「下手くそは絶望ではなく、チャンスだ」と主張しています。
 「僕がサッカーを始めたのは小学校6年生の時で、ほかの子と比べて“周回遅れ”のようなスタートだった。そのため『早く始めた子たちよりも自分は下手くそだ』と、常に自覚しながらプロ選手を目指して取り組んできた。下手くそであることは僕の中でエネルギーで、『もっと練習しよう』というモチベーションにもなっている。人はマイナス要素を抱えているとネガティブに考えがちだが、それをエネルギーに変えられれば夢をつかめる可能性は高まる」

 ―遅くにサッカーを始めたにもかかわらずプロを目指した理由は。また、その後サッカーへの向き合い方は変わりましたか。
 「サッカーが大好きだったことと、勉強などが苦手で気がついたら僕にはサッカーしかなかったので、自然とサッカー選手になる決意が固まっていた。その後、下手くそな僕がプロになるにはどうすればいいのかを自分なりに調べたり考えて、練習に対する姿勢から食事や生活習慣まで変えた」

 ―よほどストイックに取り組まれたんですね。
 「自ら行動したという感覚はなく、そうしないとプロになれないと思った。一般社会でも、入りたい企業があればそこに就職するため必要な行動をとるのと一緒で、夢をつかむため自分で考えて自分なりの道を作ることが重要。周りから『とりあえずやれ』と言われたからやるというレベルでは、運良く何かを得られても、それ以上のものを得ることは難しい」

 ―高校卒業後に留学したブラジルでの熾烈(しれつ)なポジション争いの経験から、仲間との競争意識の重要性にも触れられています。
 「夢をつかむため仲間との競争は必要だし、競争相手がいるから日々やるべきことをサボらずに実行することにつながる。『切磋琢磨(せっさたくま)』という言葉通り、自分のポジションをつかむため必死に努力することで、自分だけでなくチームや組織全体のレベル向上になる。競争から脱落する人も出るが、競争を経験することで別の場所で必ず切磋琢磨できるし、勝ち残れる」

 ―東日本大震災の被災地支援にも積極的に取り組んでいますね。
 「サッカー教室開催やがれき処理作業のサポートなどを継続的に行っている。初めて被災地を訪れた時、自分が当たり前のように生活できていることがどれほど恵まれているかを痛感し、震災の悲劇を風化させてはいけないと強く感じた。だからこそサッカー選手である僕が被災者の方々と触れ合い、その記事や写真を通じて人々の頭の片隅に残してもらえればと願っている。支援活動は、被災地の人々に『もう来なくても大丈夫です』と言われるまで続けたい」

 ―10月にJ1で500試合出場を果たしました。今後の目標は。
 「40歳までプレーを続けること。単に現役選手でいるのではなく、横浜F・マリノスのレギュラーを維持して数多くのタイトルを取る。2018年のロシアワールドカップにも、チャンスがあれば出たい気持ちもある」
(聞き手=土井俊)
【プロフィル】
中澤佑二(なかざわ・ゆうじ)
プロサッカー選手〈横浜F・マリノス所属〉
96年埼玉県立三郷工業技術高校卒業後、ブラジルに留学。97年に帰国し、99年にヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ)とプロ契約。02年に横浜F・マリノスへ移籍し、04年JリーグMVP受賞。日本代表として06年と10年のワールドカップに出場した。埼玉県出身、37歳。
※『下手くそ』(ダイヤモンド社刊)

日刊工業新聞2015年11月30日 books面

COMMENT

斉藤陽一
編集局第一産業部
デスク

3年後のロシアW杯、私も中澤選手がピッチに立つ姿を見てみたい。ちなみに取材・執筆を担当した記者は大のサッカーファン。今回の取材は「人生で一番緊張した」そうです。

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