半導体に50兆円つぎ込む韓国…日本は「製造業回帰」政策を抜本的に刷新せよ
コロナ禍が行政を中心とした異様なまでのデジタル化劣後を暴露し、企業へのサイバー攻撃もあって日本ではシステムへの関心が高まっている。だが世界の関心はむしろ製造業に回帰している。製造業を等閑(なおざり)視すれば、そのツケはあまりにも大きくなるだろう。世界的な製造業への関心回帰は(1)米中の覇権競争(2)コロナ禍によるグローバル・サプライチェーン(供給網)寸断の記憶(3)デジタル化の進展などによる輸出環境激変を背景としている。
関心は一様ではない。米国にはいわゆるラストベルトの雇用創出と半導体など戦略産業の国内回帰といった一石二鳥意図があり、欧州は環境原理主義を国際ルール設定力に転換して競争力確保を目指す。他方、アジアでは製造業輸出の競争力確保は伝統命題で、技術覇権を狙う中国も同様だ。だが、以前の自由貿易復活をナイーブに夢見る国はもう、あるまい。
(1)から(3)の変化は相乗効果を持ちつつ、構造変化を起こしている。端的にはまだら状の国境の復活だ。マスクから自動車用半導体まで、サプライチェーンでは従来の効率性に加え、安定性や柔軟性といった別の価値が重みを増した。
経済専門家の大半は効率性と柔軟性の両立を支持するが、政治ポピュリズムは国内<供給=安定性の価値に引きずられがちだ。かつてエネルギーや食糧だけが対象だった経
済安全保障の対象は恣意(しい)的に拡大されやすく、覇権競争やデジタル情報のルール不在が加わると、サプライチェーンを「信頼できる相手」に限定する動きが生じる。安定供給志向は補助金合戦を生む。半導体に米国が投じる補助金は2021年10月からの5会計年度で4兆2000億円、欧州連合(EU)も半導体の世界シェア2割を目指し、超微細工程を持つ半導体企業に投資金額の2―4割を補助する。
メモリー分野を制した韓国は先の文在寅大統領訪米で半導体やリチウム電池投資に4兆円余りの対米投資を約束したが、国内でも30年までに51兆円程度の非メモリー分野やファウンドリーへの累積事業投資を包括支援する「K-半導体戦略」が始動した。
財に比べて国境の低い専門人材獲得競争は熾烈(しれつ)化している。専門人材の量・質で米中に劣る欧州や台湾、韓国では大学などを通じてその集中的育成に必死だ。韓国は10年で3万6000人ほどの育成計画だが、技術セキュリティー管理の専門家も上積みする。
日韓間の半導体サプライチェーンは日本側の安全保障を理由とした輸出規制が韓国の国産化推進をあおった。包括支援が進むなら虎の子の日本の関連企業がさらに吸い寄せられる懸念もあろう。
6月に発表予定の日本の成長戦略は半導体の研究開発誘致を含むが、とりあえずのファンドは2000億円程度という。単純比較は無意味だが、規模感は文字通りケタ違いに世界から遠く見える。限られた資源は結局、素早い決断と思い切った選択と集中でしか結果を出すことができない。
産業政策といえばかつては米国にやっかまれ、中国や韓国の範となる日本のお家芸だった。その抜本的な刷新がなければ製造業は枯死するしかあるまい。今こそ、製造業は新時代の産業政策を必要としている。
(文=深川由起子<早稲田大学政治経済学術院副学術院長>)