漁業の街・気仙沼が生んだ手編みセーターは、なぜ全国から注文が来るのか!?

糸井重里氏の秘蔵っ子が伝える「復興支援ではない」本当の価値とは

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編み手たちは購入者のために一着ずつ丁寧にニットを編む
 気仙沼ニッティングは漁業の町、宮城県気仙沼市で手編みのセーターやカーディガンなどニット製品を手がける編み物の会社だ。地元の女性たちが1着ずつ丹精込めて編み上げる。既製服があふれる時代に、手編みならではの味わいが深く人々を引きつける。社長の御手洗瑞子は「気仙沼を拠点に世界中の人々に長く愛されるブランドにしていきたい」と目標を掲げる。東日本大震災から3年。復興に向けて歩を進める気仙沼に、新しい産業が根を張ろうとしている。
 
 気仙沼ニッティングのカーディガン「MM01」は依頼者の体のサイズに合わせてオーダーメードで編み上げられる完全受注生産品。確かな腕と豊富な経験値が求められるため、編み手が限られる。1着約15万円もするものの、全国から購入を希望する人が後を絶たない、抽選販売の倍率はなんと9倍という。

 御手洗はきっぱりと言い切る。「被災地の人が作ったから買うという人は一人もいない」。一生着られるニットがほしい、大切な人に贈りたい―。購入の理由は、手作りやオリジナルの良さに価値を見いだす人ばかりだ。

 注文から完成まで約1カ月間。ニットを楽しみにしてくれている人たちの期待に応えようと黙々と編み続ける女性たち。途中、編み物の進み具合を手紙や写真で伝えるなど購入者側とやりとりすることも多い。指名買いや、手元に届いたニットを着て編み手に会いに気仙沼を訪れる人もいるという。
 
 「購入者の存在を実感できるから、編み手さんたちは誇りをもって仕事に臨める。喜ぶ顔が見たくてもっとうまくなろうと頑張ることができる」と御手洗。好循環が生まれている現状に手応えをつかんでいるようだ。

 外資系コンサルティング会社勤務を経て、ブータンの首相フェローとして観光振興施策の策定に尽力した。とてもやわらかい口調はニットと同じように人を包み込むように感じるが、主張は理路整然としている。自治体で復興戦略の策定に携わっていたが、周りから出てくるアイデアは補助金による現実感のない街づくりばかりで、もどかしさを感じていた。
 
 そんな時に声をかけてくれたのが、知人でコピーライターの糸井重里である。「気仙沼で手編みのニット会社を立ち上げたいけど、社長をやってくれないか」という糸井の打診に御手洗は即決。すぐ気仙沼に住み込み始めた。

 漁業がさかんな気仙沼は、世界各国の船が港に訪れ、もともと他の地域の人や考えを自然と受け入れる土壌がある。震災後、さすがにふさぎ込む人も多かったが、ニット事業を始めようとしていた彼女に、「東京から来た若い人がおもしろそうなことを言っている」と前向きになってくれた。編み物が得意な人を選ぶため一人ひとりと対面していく中で、毛糸と編み棒を渡すと一心不乱に編み出す姿にただただ圧倒され、同時に事業を興せる確信も得た。

 「私がいなくなっても、継続して成長していける会社にしていかなければならない」。御手洗の当面の目標は気仙沼ニッティングを稼げる会社に育て気仙沼に残すこと。いまはその土台作り。
 会社設立から6月で1年。当初4人だった編み手は36人に増えた。100着を超えるニットを販売し1年目から黒字を達成し納税できたことがうれしいという。

 今年には日本政策投資銀行主催の「女性新ビジネスプランコンペティション」で震災復興賞を受賞。編み物を学ぶ「編み会」が開かれ、地元の若い人も加わり始め、一歩ずつだが着実に目標に近づいている。(敬称略)

日刊工業新聞2014年09月22日 モノづくり面

COMMENT

明豊
執行役員デジタルメディア事業担当 DX統括

新聞掲載は去年の9月。まだ残暑厳しい時に御手洗さんに初めてお会いした。経歴だけをみると少し身構えしてしまいそうだが、実際に話すと清涼剤のような人。最近、糸井さんが言ってた言葉が妙に腑に落ちた。「夢は小さくていい。なぜなら本気になれるから。大事なのは本気になること」―。まさに気仙沼ニッティングに当てはまる。久しぶりに御手洗さんに会って近況を聞きたくなった。

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