“学び、考えるコンピューター”は医療に変革をもたらすか

「ワトソン」で医師があらゆる情報考慮して診断

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コグニティブ・コンピューティング・システム「ワトソン」(IBM提供)
 検査を終えて診察室に入ると、いつもの主治医の隣にロボットが座っている。ロボットは、診療支援コンピューターの端末だ。医師がロボットから検査結果の説明を受け、ロボットは可能性の高い病名を医師に告げる。医師は、患者に問診を行い、患者の状態を確認、ロボットと会話、ロボットからの助言をもとに、最終的な診断を行う。そして、ロボットは、最新で、かつ最良の治療法や薬剤を伝え、医師は治療法を決定する。医師が診療支援コンピューターの助けを借りて診療を行う、そういう時代がもうすぐやってくる。

 そんな診療支援コンピューターとして、活躍を期待されているのがIBMの「ワトソン」だ。米国のクイズ番組、ジオパディーで人間のチャンピオンを打ち負かして一躍、有名になった。

 ワトソンは、いわゆる人工知能ではなく、人間のように考えることはできない。コグニティブ(認知)・コンピューティング・システムと呼ばれるものだ。膨大なデータを精査・集約し、仮説を作る。仮説に基づく処理を行うごとに、知識を取得、学習し、より賢くなっていく自己学習型コンピューターだ。

名医の知識共有


 がん治療は毎年200以上の学術専門誌から数万の学術論文が掲載され、多くの新薬や新治療法が登場する分野だ。それらの情報すべてを熟読し理解することは、もはや人間の限界を超える。ワトソンは現在、米国のメモリアル・スローン・ケタリングがん研究所の世界的な権威のもとで”トレーニング中“だ。

 そして、14の米国とカナダのがんセンターへの採用が決まっている。新たな権威の下で臨床経験を積み、さらに賢くなっていくだろう。ワトソンはタイのバムルンラード病院などの米国外の病院にも採用される予定であり、その活躍の場を世界に広げている。

 ワトソンにより、世界の名医の知識とノウハウが共有され、常に最新の情報が更新されるようになる。将来は、一般開業医でも、ワトソンの端末を持つことになるかもしれない。ワトソンは、情報を提供し、医師の判断を助ける機器であり、医師の仕事を奪うものではない。医師は、科学的情報だけでなく、患者の状態や背景など、あらゆる情報を考慮して診断を行う。
 
 診療支援コンピューターは診療のデファクトスタンダードを生むことになる。世界中どこでも、最高で最新の診療を受けられることは、患者にとって朗報だ。一方で、医薬・医療機器業界の研究・開発、マーケティング手法にも変革をもたらす可能性が高い。ワトソンが切り開く、未来の医療から目が離せない。
(文=旭リサーチセンター主幹研究員・毛利光伸)

日刊工業新聞2015年11月10日 ヘルスケア「医療機器新事情」より

COMMENT

明豊
執行役員 DX担当
デジタルメディア局長

IBMは「我々はワトソンをAIとは呼んでいない」という。ワトソンとは大まかにいえば「話し言葉を理解し、学習し、予測するシステム」と定義できる。IBMはこうした世界を「コグニティブ(認識的な)コンピューティング」と呼び、人間の知能そのものを持つ機械の実現を目指すAI研究とは一線を画している。ワトソンが得意なのは多様な情報を大量に扱う業務で、医療の診断支援は有力な分野だろう。

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