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「はやぶさ2」地球帰還!試料には生命の起源?分析支えるフジキンの技術

「はやぶさ2」地球帰還!試料には生命の起源?分析支えるフジキンの技術

はやぶさ2のイメージ図(イラスト提供:池下彰裕氏)

JAXA「はやぶさ2」の国家プロジェクトを支える

株式会社フジキン(大阪市北区、野島新也社長、06・6372・7141)が、宇宙航空研究開発機構(JAXA)による太陽系誕生の秘密に迫る世紀のプロジェクトを縁の下で支えている。JAXAの小惑星探査機「はやぶさ2」が小惑星「リュウグウ」から持ち帰る試料の揮発性物質(ガス)を分析するガス採取装置に、清浄度を高く保ち流量計測も正確なフジキンの配管技術が採用された。半導体製造用ガスの流量を制御する超精密バルブでトップランナーのフジキン。独自の高度なモノづくりを生かし、宇宙開発事業にも寄与している。

宇宙の謎を解き明かす

はやぶさ2は2014年に打ち上げ後、19年に地球から3億kmのかなたにあるリュウグウに瞬間的に着地(タッチダウン)し、表面と表層下の試料を採取する困難なミッションを成し遂げたとみられる。20年12月6日に地球に帰還し、試料を搭載したカプセルを投下した。これからは試料分析の最終章のステージに移る。

宇宙線にさらされていない表層下の試料は今から46億年前に太陽系が生まれた当時の物質が残っている可能性がある。試料には有機物や水との化合物が存在する可能性があり、太陽系の誕生と進化、地球に生命が誕生した謎を解くカギにつながると期待される。

フジキンはこの試料に含まれるとみられる微量なガスを採取し、成分や量を正確に調べるためのガス採取装置の製造に協力した。JAXAから入札で2018年10月にガス採取装置の設計と製造を請け負ったのは、真空技術を強みとするアールデック(RDEC、茨城県つくば市、山口貴広社長、029・858・0211)。グループ会社で設計・製造を担うエイブイシー(AVC、同ひたちなか市、川村政美社長、029・272・4711)と、開発チームを結成した。協力会社として頼りにしたのが、配管や継手も含む高精度なバルブシステムを製造できるフジキンだった。

「リュウグウ」にタッチダウンするはやぶさ2のイメージ図(イラスト提供:池下彰裕氏)

RDEC営業部の飯泉匡芳氏は「技術的にもコスト的にも難しい開発だったが、国家プロジェクトなので大変な名誉。個人的にもぜひ挑戦したかった」と振り返る。ガス採取装置は試料の入ったカプセルからガスを採取し、漏れ(リーク)や外部の異物混入がまったくない超高真空の状態に保つ。ポンプやボンベ、真空の計測・分析器、ガスを流す配管や制御するバルブなどからなる。採取ガスを逃さないインターロック機構も備えている。

試料のガスにリークや混入があると、太陽系の謎を解き明かす夢のプロジェクトも水の泡となる。貴重なガスがバルブと配管の中に拡散される量を正確に計算するためには、清浄度や真空度だけでなく容積も厳密に管理する必要がある。開発チームはJAXAが求めるこれまでにない技術の壁と向かい合った。

それを克服できたのはリークと混入が生じやすい箇所の配管や継手などを確実にふさぐフジキンの自動溶接技術。難しい直角溶接なども正確にこなす。人手に頼らない高品質と安定した溶接で、超高真空でも密封性の高い配管を製作できた。

一方、配管の容積は指定から5%を上回ってはならない仕様であった。通常の真空装置では配管の口径を指定される程度。RDECは戸惑った。しかしそれも、溶接で配管が膨らむ現象などを自動溶接技術が抑制し、仕様通りの容積精度を達成した。精度を保証するフジキンの試験設備も寄与した。ガスの流量は圧力と温度を計測して算出する方式に決められている。配管の容積の信頼性が高いため、そこを流れるガスの流量計測の正確性も増した。

フジキンの配管技術が採用されたJAXAのガス採取装置

設計では何より配管の配置が優先された。バルブの配置を決めてから配管を設計する方が容易だが、その逆で、設計は難解なパズルを解くようでつらかった。配管と配管のずれを補う継手は一切禁止。配管を熱し合金内のガスを取り除く、困難なベーキング作業も要求仕様だった。AVC設計部の岡田弘氏は「フジキンの配管技術があったから、JAXAの要求通りに開発できた」と評価する。

ただ、ハードルは配管だけでなかった。配管を複数のエリアに分けるためのバルブを開閉する駆動は電動モーターを指定された。バルブの開閉は粉じんが生じにくい空圧方式の一般的な物で、RDECは経験がなかった。電動モーターはバルブを緊急停止できたり、多数のバルブを瞬時に同時に閉められたりする利点がある。それには、バルブを閉めるトルク(回転力)を正確に制御する技術も必要になる。RDECは試行錯誤し、電流を計測し閉めるトルク値を定める方法で実現した。

RDECとAVCはフジキンも加えた開発チーム一丸でハードルを乗り越え、19年4月にガス採取装置を完成した。よりよい開発のためJAXA、九州大学の技術者・研究者とも議論を重ねた。プロジェクトの協力者として得たものは大きい。RDECの飯泉氏とAVCの岡田氏は「できないことを乗り越えていく連続だった。コンパクトな設計やバルブ開閉の電動モーターのような技術も習得できた。顧客の相談に応じられる技術の幅が広がった」と自信を深める。

一方、フジキンはこれまでも宇宙ロケット燃料の充てん設備、国際宇宙ステーションの生命科学実験設備などでJAXAに協力してきた実績がある。今回のガス採取装置では開発の担当でなく、バルブも他社の認証品が採用された。

しかし、配管の製造を担った大阪工場柏原革新ユニット技術課主幹の峯一郎氏は「プロジェクトに参加し協力できたことを大変光栄に感じる」と喜ぶ。フジキンは半導体製造用ガスの流量制御バルブを世界最高水準のクラス1のクリーンルームで生産している。76年には業界に先駆けクリーンルームを導入し、宇宙ロケット用バルブを製造した。このためガス採取装置の配管に求められる清浄度も、クリアできる自信はあったという。RDECとAVCはフジキンを信頼し、ノウハウを全面的に受け入れた。

ただ「配管の容積の実測やガス流量を圧力と温度で計測するJAXAの指定は難しく、社内外から協力を得て解決した」(峯氏)と道のりは困難だった。

フジキンは半導体製造のモノづくりを広く展開できる技術力をあらためて示した。燃料電池自動車の高圧用継手や水素ステーションのバルブなどエネルギー分野でも、すでに用途を開拓している。「フジキンの半導体関連製品と超高圧製品は、異なる業界でも需要がある。分野を超える製品を創っていきたい」(峯氏)と意欲を示す。

太陽系の起源・進化や生命の原材料物質を解明へ

JAXAのプロジェクトチーム主任研究開発員の澤田弘崇氏(写真提供:JAXA)

JAXAの宇宙科学研究所はやぶさ2プロジェクトチーム主任研究開発員の澤田弘崇氏に、リュウグウの試料を分析する狙いや意義などを聞いた。

ーはやぶさ2の地球帰還が迫っています。

「小惑星からのサンプルリターン(採取試料の持ち帰り)は、太陽系が生まれた時代に空間で何が起きていたのかを解明するのが目的。日本は(ケイ素質の)S型小惑星イトカワからのサンプルリターンに成功し世界をリードする。はやぶさ2の新たな成果も世界中から注目されている」

ー科学的な意義は何でしょうか。

「『我々はどこから来たか|太陽系の起源と進化、生命の原材料の探求』ということになる。地球本体、海水、生命を作っている物質は、惑星が生まれる前の原始太陽系円盤に存在し、太陽系初期には同じ母天体の中で互いに密接な関係を持っていた。この相互作用を現在も保つ始原天体(C型小惑星)であるリュウグウのサンプルを分析することで、太陽系の起源・進化や生命の原材料物質を解明する」

ーはやぶさ2プロジェクトのこれまでにない画期的な点は。

「C型小惑星から揮発性物質も含んだサンプルリターンと、小惑星上での衝突実験とその場観測を行った。小惑星由来の揮発性物質も持ち帰るために、サンプルを収納して密閉するメタルシール機構を開発し、揮発性物質を閉じ込めるだけでなく容器、機構そのものから発生する地球由来の物質を最小限にする設計とした。この容器から揮発性物質を直接取り出して分析する装置も対で開発し、地球帰還後に地球の環境でサンプルが汚れてしまうリスクを最小限にしている」

ーガス採取装置も完成しました。

「サンプルの入った容器に穴を開けガスを直接取り出す。サンプルを汚染させないためには地上の高性能分析装置と同等の清浄度が要求され、特殊な設計となった。宇宙空間に長時間さらされているサンプルから発生する揮発性物質はごく少量。このためわずかなリークも許さず、清浄度を維持したまま採取ボンベに導入するため、使用材料を限定し要所要所に自動で開閉できるバルブを設けている」

ーサンプルの分析で期待できることは。

「はやぶさ2は、有機物や含水鉱物を持つ可能性が高いリュウグウを探査し、原始惑星系円盤から小惑星に至る進化を物質変遷から明らかにし、惑星形成の主役である微小重力ラブルパイル天体の構造的な成り立ちと力学特性を解明することをめざす。その射程は小惑星の科学に閉じず、銀河の進化・太陽系の起源から地球・海洋・生命の起源まで広がる。サンプルはこれらの謎を解明するために非常に重要。宇宙空間に現存する物質を汚すことなく地球に持ち帰り分析することで、原始惑星系円盤から現在の小惑星に至る進化に伴う物質変遷を解明する鍵を手に入れる」

ーガス採取装置の開発では中小企業が尽力しました。宇宙開発プロジェクトに参画を希望する中小へのメッセージをお願いします。

「JAXAに協力する中小の技術は上がっていると思う。しかし研究者の求めるレベルも高くなり、『なぜこのような技術を求めるのか』と戸惑うかも知れない。さらに技術を蓄積し、JAXAのミッション(使命)に協力してもらえるとありがたい」

(当インタビューは20年5月12日に実施しました)

株式会社フジキンと宇宙開発の関わり

「はやぶさ2」小惑星「リュウグウ」サンプルリターンミッション成功、おめでとうございます。

フジキンは76年、宇宙開発事業団(現JAXA)から委託を受け宇宙開発用バルブの開発を始めました。液体燃料ロケットで推進剤に使われる液体水素の温度はマイナス253℃、酸化剤の液体酸素は同183℃。これらを制御するバルブは超低温への対応が求められました。発射設備では燃料蒸発を防ぐため短時間で充てんできる高圧への対応も不可欠。水素によってバルブ素材の強度が低下する難題もありました。

こうした数々の課題を克服し、78年には液体酸素・液体水素エンジンの供給系試験設備で宇宙開発用バルブ機器を国産化。以来、各地の燃焼試験設備や発射設備、ロケット本体に次々と採用されました。

この度の「はやぶさ2」のミッションにおいても、フジキンが長年に渡り培ってきた高い清浄度が求められる半導体製造装置向けの技術をガス採取装置の配管に採用して頂くなど、壮大なミッションの一助を担えたことを大変誇りに思います。

今回のガス採取装置の配管スペックをクリアするにあたり、大変難しく困難を極めましたが、なんとか社内外の協力を得て解決することができました。

今後もフジキンは、企業や様々な方と共創し宇宙開発に一層の貢献をして参ります。

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