「経営者はラッキーな男でなければならない」経団連時代を作った気骨の人

企業の自主性や自律性を求めた石坂泰三。今の東芝をどう思う?

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石坂泰三氏
 ”財界総理“という呼称はこの男のために用意された。第2代経団連会長の石坂泰三である。東芝再建を手土産に1956年から実に12年間にわたり財界トップに君臨、経団連の時代を作り上げた。

 「経営者はラッキーな男でなければならない」―。石坂の口癖である。このセリフは石坂自身に当てはまる。

 官僚から第一生命保険への転身後は、近代経営や社内改革を次々に断行。業界12位に甘んじていた同社を日本生命保険に次ぐ2番手に引き上げた。公職追放令で、生保業界を追われた後には、大争議が吹き荒れる東芝に単身乗り込み、大リストラという荒療治で東芝を見事再生させた。

 両社における高い経営手腕は、石坂に幸運をもたらすことになる。初代会長・石川一郎の後を受け、経団連会長に就任。財界トップとして、政治に対しても毅然(きぜん)とした態度で臨んだ。

 代表的なエピソードが、56年の「鳩山一郎首相退陣要求」だろう。日本商工会議所の藤山愛一郎会頭とともに、時の首相に退陣を求めた。財界総理としての実力をいかんなく発揮して見せた。

 政府が民間企業に介入し、国家資本主義が広がっていたことに対し、石坂は”レッセフェール“(自由放任主義)の姿勢を貫き、国の援助を期待する企業経営者を叱咤(しった)激励した。財界の基礎を作り上げるだけでなく、民間企業の自主性や自律性を求めた気骨の経済人である。
(敬称略)

 ※日刊工業新聞で毎週金曜日に「近代日本の産業人」を連載中

日刊工業新聞2015年10月23日 4面

COMMENT

明豊
執行役員デジタルメディア局長 DX担当

東芝が「財界銘柄」と言われるようになったのも石坂氏の功績があったから。今回の不正会計で、当分、財界活動はできなくなった。室町社長が自身の出身母体である半導体部門から本格的なリストラに着手、旧経営陣へ損害賠償請求訴訟へ動き出す可能性も一部で報じられている。あえて火中の栗を拾った石坂氏のような気骨を少しでも見せてもらいたい。

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