富士フイルムにスマートドライブ…「名は体をあらわさない」企業たちの理由
「名は体をあらわす」とはいうが、企業には当てはまらない場合が少なくない。多角化や事業の統廃合、インターネット時代ならではの中核事業の分野を超えた広がりの結果、社名が事業内容にそぐわなくなるケースが多いからだ。
社名変更のひとつの大きな波が訪れたのは1980年代から90年代半ばにかけてだ。コーポレートアイデンティティ(企業イメージの統一)活動の一つとして社名変更に踏み切る有力企業が相次いだ。
背景には事業の多角化、国際化への対応があった。同時に、事業に縛られない親しみやすさ、分かりやすさを求めた結果、カタカナや平仮名への切り替えが目立った。
例えば、90年代初頭に立石電機はオムロンに、久保田鉄工所はクボタに、三菱金属と三菱鉱業セメントは合併して三菱マテリアルに名前を変えた。東北電気工事はユアテック、太陽神戸三井銀行はさくら銀行(現三井住友銀行)になり、旧社名の匂いが完全に消えた。
比較的近年のカタカナへの切りかえでは2008年に松下電器産業からパナソニックが有名だろう。
また、東京電力、大阪ガスなど地域名を冠した会社は将来的に社名を変えるかもしれない。電力やガスの小売りが全面自由化され、地域の垣根を越えた競争が始まったからだ。実際、東京ガスは広瀬道明会長が社長在任時、事業エリアが縛られなくなることに伴う、社名変更の議論が社内であったことを認めている。
ただ、社名変更は諸刃の剣でもある。すでに定着したイメージを捨てることにつながりかねないため、大半の企業は社名変更に慎重でブランドの更なる浸透を重視する。
富士フイルムホールディングスは今や主力はフィルムでもカメラでもないが、同社の助野健児社長は「“富士フイルム”がブランドとなっている」と語っている。
創業間もないスタートアップにも「社名と事業」を考えさせられる事例はある。
「自動車関連スタートアップ」と紹介されることも多い「スマートドライブ」がその一社だろう。日本人には社名から自動車を想起させるが、この社名はもしかすると同社の今後の可能性からすると、企業価値を過小評価することにつながるかもしれない。
現在の売り上げの大半を稼ぎ出しているのは、全地球測位システム(GPS)や加速度センサーを内蔵した車載デバイスの開発と販売だ(非開示のため日刊工業新聞推定)。シガーソケットに取り付けたデバイスを通じ収集した自動車のビッグデータを解析し、走行データを「見える化」する。企業向けに販売しており、導入した企業はそれらのデータを管理することで、営業車の事故を減らせ、保険料の削減も実現できる。
走行データの収集解析については自動車関連業界での評判は高い。すでにデバイス販売とは別に、ノウハウを求める声は多い。ホンダや丸紅、出光などとそれぞれプロジェクトが始まっている。
だが、同社の対象は車だけではない。車も含めた「移動」が分析の対象だ。「移動に関するハードウェアやソフトウェアの開発企業」こそが真の姿といえる。
それを示すのが損保ジャパンと6月に結んだ業務提携だ。都市部に住む、車を持たない人を想定した保険の開発を共同で始めた。電車やバス、自転車、レンタカーなどを利用する人が乗り物を利用した際に生じた損害を補償する内容を検討する。スマートドライブの移動データの収集解析技術を活用し、車ではなく、人に紐付く保険の実用化を急ぐ。
社会全体での次世代移動サービス(MaaS)の整備や、消費者の「所有から利用」への意識の変化、若者のクルマ離れなど自動車を取り巻く環境は変わる。スマートドライブの北川烈社長は「株式上場は当然、視野に入れている」と語るが、果たしてその時、社名はどうなっているのだろうか。(文・栗下直也)