アマゾンエフェクトで出版取次は生き残れるのか。「電子書籍」と「直取引」が焦点に
アマゾンの荷物を乗せたトラックは、もはや街の風景の一部になった。新型コロナウィルスの感染拡大は、ネットショッピングを広く生活に浸透させた契機の一つとして、後世の歴史教科書に載ることになるのかもしれない。
アマゾンは、外出自粛などの影響でニーズが急拡大し、一時は物流が悲鳴をあげるほどだったという。そして先日、2020年下半期に、国内の物流拠点を4か所も新設することを発表した。日本におけるビジネスが、さらなる拡大局面にあることを物語っている。
事業分野は幅広く、書籍や文具等の小売だけでなくクラウドサービスなど、地球規模で影響を及ぼしている。それを総称して「アマゾンエフェクト」というが、今回は少し目を凝らして、日本の出版流通に与える影響について考察したい。
「取次」という存在がこれまでの日本の出版流通を担ってきたのは、ご存知の方も多いだろう。「取次」とは、約3000社ある出版社と1万軒以上ある書店をつなぐ存在である。日本出版販売(日販)、トーハンほか数社による、寡占状態が長らく続いてきた。
雑誌の不振が利益を蝕む
しかし近年、出版市場の変化に伴って中堅取次の破綻が相次ぎ、いまや二大取次ですら黒字を出すのが困難な時代に突入している。さて、取次を襲った市場変化のなかで、最も深刻な影響を与えたものは何だろうか。以下の3つの選択肢から、選んでみてほしい。
① 本が売れなくなった
② 雑誌が売れなくなった
③ ネット書店の売上が伸びた
選択肢③を選んだ方が意外と多いのではないだろうか。自分もネットで本を買うようになったため想起しやすく、かつ報道による刷り込みが強いからだ。実際、書店廃業を伝えるニュースで、「ネット書店の躍進」を理由にあげる紋切り型の報道が後を絶たない。
しかし経緯によく目を凝らせば、最も深刻な要因は②の「雑誌の販売不振」にあることがわかる。出版流通の利益構造においては、取次も書店もずっと雑誌に収益を支えられてきたのだ。雑誌という商材は、書籍よりも効率的で収益性が高いのである。
しかし、雑誌の販売額は、最盛期の1996年の1兆5633億円から2019年5637億円へと63.9%も減少した。ちなみに、書籍も同1兆931億円から同6723億円へと39.5%減少しているが、減少幅は書籍の方が小さく、2016年には書籍が雑誌を逆転している。
要するに、書籍と雑誌が逆転したことによって、書店も取次も儲からなくなったのだ。アマゾンが雑誌市場を壊滅させたわけではない。その原因は、もっと広くスマートフォン(スマホ)に代表されるIT革命そのものであることは、衆目の一致するところだろう。
憧れのファッションモデルの服をチェックするために買っていた雑誌が、インスタなどのSNSに置き換わった。趣味についての最新情報も雑誌を買わなくても、スマホに自動的に届くようになった。ITの発達によって、生活そのものが変わったのである。
その後、「dマガジン」のような雑誌サブスクの盛り上がりも市場縮小に拍車をかけたといわれている。しかし契約者の減少に伴い、電子雑誌市場は−16.7%(2019年前年比)、−17.8%(2020年上半期・前年同期比)と足元の数字は大幅に落ち込んでいる。
書店からの反発を受けながらコンテンツ提供に踏み切った出版社は、今ごろ後悔しているかもしれない。雑誌市場崩壊に自ら一役買った、という見方もできるからだ。20年余りで雑誌は約3の1、書籍は約3分の2に、全体の規模は約2.6兆円から約1.2兆円へと縮小した。
市場の縮小で物量が減っても、発売日が決まっており、配達回数は減らせない。結果的に、積載効率が悪化する。それ以外にも、高い返品率、ドライバーの高齢化、人件費の高騰などが取次を窮地に追い込んできた。それが、ここまでの経緯である。
「利益」と「便益」の視点で見極めを
アマゾンは「世界一の書店」として上陸した。一書店のままなら、取次を殺すことはない。事実彼らは、取次から商品を仕入れてきた。むしろ本格的に、取次がアマゾンエフェクトに苦しむのはこれからなのかもしれない。状況は、風雲急を告げている。
キーワードは「電子書籍」と「直取引」だ。黒船上陸といって、我々はすぐに身構えがちだが、アマゾンの目的は「日本の」「出版業界の」「取次を」殺すことではない。彼らが目指すのは、自社の「利益」と消費者の「便益」の追及である。
多数の事業分野をもつようになったアマゾンにとって、前述したような日本の出版市場の規模や利益構造は、果たしてどこまで魅力的に映るだろうか。彼らが、どこまで本気で攻めてくるのか、「利益」と「便益」の視点で見極める必要がある。
まずは「電子書籍」だが、いまスマホで読んでいる方は、KindlePaperWhiteをぜひ買って試してみてほしい。目も疲れず、じつに快適なインターフェイスである。在庫に関係なくいつでも購入できて、読み終わっても場所を取らない点は、紙の利便性を超えている。
また、電子書籍市場は、2019年が前年比+23.9%だったのに比べ、2020年上半期は前年同期比+28.4%と躍進中だ。コミックだけでなく書籍の伸びも大きい。外出自粛をきっかけに、新しい生活様式の一つとしてリピーターが急激に増える可能性がある。
いま、専用デバイスを安く売って市場を独占する戦術をとれば、より大きな利益が得られるかもしれない。数年前の「電子書籍元年」で高まった警戒感が薄れつつある今、アマゾンの出方次第では「電子書籍」が取次の大きな脅威になるリスクがある。
「直取引」はどうだろう。以前からアマゾンが進めてきた出版社からの「直仕入」だけでなく、2019年には書店への「直販」を発表した。「直仕入」して書店に売る。まさに取次ではないか。それはつまり、リアルの書店マーケットを睨んでいるということだ。
弁護するわけではないが、当初彼らは、日本の商慣習にのっとって取次から本を仕入れてきた。しかし、その納期の遅さと不確実性に痺れを切らし、リードタイム短縮と利益率向上をはかるため「直仕入」の比率をあげてきた経緯がある。
「直仕入」はすでに多くの出版社が参加しているが、交渉はかなりハードだという。もう何年も交渉を続けており、いわば「逆目」の闘いだ。それでも彼らが躍起になるのは重要経営指標(KPI)があるからだろう。傍目から見ると「電子書籍」の方がいまは「順目」にみえる。
「感謝と恩返し」にヒント
米国では、スーパーへの進出など書籍以外の話題が多くなってきたアマゾン。日本の出版市場に限界を感じれば、よりポテンシャルの高い事業への注力を本国は日本法人に指示するようになるかもしれない。そう考えると、ここが我慢のしどころである。
今こそ、前述の電子雑誌を教訓にすべきではないか。法人税問題や「優越的地位の濫用」問題など、アマゾンへのリーガル面での風当たりも強まってきている。各プレイヤーが「自分さえ良ければ、今さえ良ければ」をどこまで我慢できるかだ。
鎬を削ってきた二大取次も協業の検討を始め、書籍中心のビジネスモデルへの転換を急いでいる。しかし、そこには一定の時間がかかる。それが成果を収めるまで結束して耐えられるかどうか。その核となる志は、先人への「感謝と恩返し」なのかもしれない。※各種統計数値は『出版月報』(出版科学研究所)から引用
(文=出版ジャーナリスト・中原渚)