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元日本IBM専務・大学学長・ベンチャー社長…理系女性リーダーの条件を考える

元日本IBM専務・大学学長・ベンチャー社長…理系女性リーダーの条件を考える

研修で後進の指導に力を入れる内永理事長(J―Win提供)

ダイバーシティー(多様性)は創造性が求められる理科系(自然科学系、技術系)でも重要だ。ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク(J―Win)の内永ゆか子理事長は、理系女性自体がまれな時代に、日本IBM常務などとして活躍した。お茶の水女子大学の室伏きみ子学長は性差医学にも注目する。大学発ベンチャーのセルシードの橋本せつ子社長は国内外で大学と企業とを行き来してきた。リーダーを目指す理系女性に向けて、実績のある3人が熱い励ましを送る。(聞き手=編集委員・山本佳世子)

J―Win理事長・内永ゆか子氏 学びで鍛えられる「論理」

企業の女性活躍推進を支援するNPO法人で設立から13年間、理事長を務めてきた。管理職手前、部課長職、役員と3層別の研修で、19年度のメンバーは600人ほど。理系(技術系)女性役員増に向けた「内永技術塾」も主宰している。

グローバル社会のリーダーを考える時、理系は文系(事務系)より活躍の可能性が高いのではないかと思う。国も文化も価値観も違う多様な人が集まる場で、理系の学びで鍛えられる「論理」だけが共通のもの、コモンランゲージだからだ。

私が学んだ物理学では現象がすべてで、必要なのは現象を説明する正しい論理だ。「私はこう思う」「著名なあの人がこういっている」では議論にならない。リーダーは論理的思考に基づき、全体像を把握し、業務の流れなど“見える化”して、単一でない人々をまとめ上げるものだ。

企業では理系の昇進は特許やプロジェクトの実績が重視され、公平な基準でキャリアアップする土台がある。社内人脈や「あの人ならやってくれるだろう」との期待が大きく影響する文系と違う面がある。技術者、研究者の経歴を生かしたリーダーになってほしい。

女性活躍の壁となっているのは「オールド・ボーイズ・ネットワーク」だ。これは伝統的な男性社会で築かれた、組織の仕事のやり方や作法などのルールだ。あうんの呼吸が組織の少数派である女性にはわからず、結果的に昇進機会から排除される。

私は若い頃、会議で「その意見に反対です。理由は…」と論理的に意見を述べていたが、無視されて「女性だからか」と悩んだ。しかし周囲を観察し、意見より前に相手をほめるというポイントに気づいたら、受け入れられた。男性同士なら「あのやり方はマズイよ」と教え合うのに、少数派の女性は放置されてしまうのだ。

日本企業には男性間だけの暗黙知が山ほどある。しかし多様化の時代には、だれにでも理解できる形のコミュニケーションが必要だと気づいてほしい。

J―Win理事長・内永ゆか子氏
【略歴】うちなが・ゆかこ 71年(昭46)東大理卒、同年日本IBM入社。95年取締役、00年常務。07年J―Win理事長(現職)。08年ベネッセ コーポレーション副会長、ベルリッツ コーポレーション会長兼社長。香川県出身、74歳。

お茶の水女子大学学長・室伏きみ子氏 男女の違いに配慮する視点

女性が研究・開発の現場で活躍することは、男女の違いに配慮する視点を導入する意味でも重要だ。よく知られているのは成人男性の体形に合わせたシートベルト開発の例だ。妊娠中の女性が使うには危険だったり、乳がん患者は手術後の痛みで装着できなかったり。一つの価値観ではわからないことが社会には多々ある。さまざまなユーザーの事情を、多様性のある開発現場が想像することで、高い製品価値が生まれてくる。

近年は生物学的な性の違いに基づく性差医療、性差医学も注目されている。医薬品開発に使う動物実験は従来、月経周期がなく一定条件でデータを収集できるオスを使ってきた。私の学生時代からそうだ。しかし薬の効き方や副作用の出方に、オス・メスや男女の差があるケースがいくつも出てきている。

女子大トップとして教育・研究環境に配慮する(室伏学長提供)

逆に女性に多い骨粗しょう症の通常の診断法では、男性患者を見逃してしまう。大腸がんや心疾患の検査でも、男女の発症の場所や形態が違う。例えば血管の狭窄(きょうさく)は男性だと部分的に発生するが、若い女性は全体に起こる。こういった違いはホルモンの影響が大きいが、これからは遺伝子レベルでの研究も必要だと感じている。

女子大学である本学には、人の一生を生化学や遺伝学、栄養・食品化学などから見る「ヒューマンライフイノベーション研究所」がある。付属の保育園から大学院まで1キャンパスにそろう中で、研究には自然に女性の視点が入っているのが強みだ。

大学の女性研究者は研究と教育に生きがいを感じ、経営に対する関心は男性より低いかもしれない。少ない女性学長のうち、理系出身者はさらに一握りだ。しかし本学の場合は全学の教員も執行部も、ほぼ半分が女性で、「女性は理系が苦手」といったバイアスはない。多様なモデルを大学教育の現場で示すことで、若い人の活躍を後押ししていく。

お茶の水女子大学学長・室伏きみ子氏
【略歴】むろふし・きみこ 72年(昭47)お茶の水女子大院理学研究科修士修了、76年東大院医学系研究科博士修了。同年鶴見大歯学部助手。83年お茶の水女子大理学部助手。96年教授。04年理事・副学長。15年学長。埼玉県出身、73歳。

セルシード社長・橋本せつ子氏 怖さに立ち向かう勇気

研究者や技術営業職など転職を重ねたが、どの組織でも未経験の活動の展開を担当し、「サイエンティストが会社を経営する事例を増やすべきだ」と思っていた。そのため再生医療のセルシードの立て直しで呼ばれた時も迷わなかった。周囲はリスクを心配したが、「やってみたい」という自分の心の声を信じて踏み切った。

学生時代は70年代後半、バイオインフォマティクスなど生物分野の境界領域が急発展していた。学生結婚の相手に合わせ、米独で計6年間を過ごす中で出産もし、学位を取得した。

最初の職はドイツ系のヘキストジャパンの研究員だった。社員2000人ほどの大企業、合弁企業で日本の伝統的な女性観も根強かった。

男性でも理系出身の役員が少ない時代。「理系かつ女性、今のままでは実験助手で終わってしまう」と考え直した。

スウェーデン系のファルマシアバイオテクへの転職は驚かれた。研究試薬を販売する会社で、研究開発企業より一段下のイメージがあるためだ。しかしサイエンスの知識を生かしたマーケティングはおもしろかった。

技術とビジネスのセンスを生かす(セルシード提供)

さらにグループの技術ベンチャー、ビアコアの販売担当に移籍した。新しもの好きの研究者に「この技術をあなたの研究にこんなふうに応用すると、新たな発展ができますよ」と持ちかける。

研究が成功すれば論文となり、それがセールスツールになる。顧客の悩みやクレームが次のビジネスになった。

業績好調で同社が買収されたのを機に、技術経営(MOT)の大学院に入った。最先端技術のビジネスを、社会科学的な手法も組み合わせて分析した。その後の大使館の仕事でセルシード創業者とつながりが深まり、社長となった。

上場企業だけに厳しい批判にもさらされるが、怖さに立ち向かう勇気は大切だ。個人的にはMOT学生の時期に、銀行残高が減っていく不安を味わった。しかしあれこれ経験してみれば、いずれも「なんとかなる」と自信がつく。女性は自分でリミットを設ける面があるが、チャンスを逃さずにしっかりつかまえてほしい。

セルシード社長・橋本せつ子氏
【略歴】はしもと・せつこ 79年(昭54)九大院理学研究科修士修了。84年ヘキストジャパン入社。86年独ハイデルベルク大博士修了。91年ファルマシアバイオテク入社。98年にビアコアに移籍。09年スウェーデン大使館投資部首席投資官。14年セルシード社長。福岡県出身、67歳。

身近なロールモデル パワフルな先輩の話、悩み解決の一助に

理系女性の活躍推進をテーマに取材する中で、以前から気になっていたのは、学生らが「身近なロールモデルがいない」と悩むケースが多いことだった。活動範囲がまだ狭いためだろうが、広く目を向けてみれば、今回話を聞いた3人のように、先達は決して少なくない。だからこそ、小さな悩みは跳ね飛ばせると自信を持ってほしい。

産業界に目を転じると、大学の学術分野と同様に業種による差がネックだ。2020年度の日刊工業新聞社の研究開発(R&D)アンケートでもそのことは明白だ。大手企業200社超のうち、研究職の女性比率を「1割以下」としたのは58%と過半数だった。一方で「約5割」としたのは4%。業種は「医薬・トイレタリー」に集中しており、23社中8社が「約5割」だった。

しかし機械系など女性が少ない業種でも相当数が、本アンケートで「研究職の女性採用増を意識している」と回答した。業界団体や学会でも多くが、ダイバーシティー推進の部署を置いている。露骨な男女差別に直面せずにすむ若い世代には、自然体で活躍の幅を広げてほしい。

さらに50代などキャリアの総括を考える世代にとって、今回のパワフルな70歳前後の女性の話は別の刺激がある。人生100年時代。在籍組織の一員として区切りを付けた後に、社会貢献を考える一助にきっとなるだろう。

出典:日刊工業新聞2020年8月20日

【独自アンケート】コロナ禍で変わる企業の研究開発、女性採用は?

日刊工業新聞2020年8月11日

日刊工業新聞社が実施した研究開発(R&D)アンケート(有効回答238社)によると、2020年度の研究開発費計画額を回答した102社の合計は、19年度実績比1.9%増となり、微増ながら11年連続増加となった。新型コロナウイルス感染症拡大の状況下でも投資意欲は堅調だ。ただ、コロナの影響で本年度業績見通しを公表しない企業も多く、6割の企業が研究開発費計画を「未定」「非公表」などとして金額を示さなかった。一方、新型コロナ対策として研究開発部門にテレワーク(在宅勤務)を今回導入した企業は223社中約4割の89社。「以前から導入している」と回答した124社を含めると、95%以上の企業が研究開発部門でテレワークを活用したことが分かった。

研究職における女性の活躍推進を今回、初めて尋ねた。人材の多様性を高める上で、理系女性という切り口をどうとらえているかみるのが目的だ。まず「研究職の女性比率」がおよそどの程度か聞いた。有効回答208社のうち「1割以下」を選んだのが57・7%と過半数だった。「約3割」は38%、「約5割」が4・3%で、「6割以上」はなかった。「約5割」を選んだ企業は「医薬・トイレタリー」に集中し、この業種では23社中8社がそうだった。

次に研究職の女性採用増を意識しているかを聞いたところ、有効回答216社のうち「意識している」が63・9%。「意識していない」26・9%。「その他」9・3%だった。

二つの設問を合わせて、現状は「1割以下」だが、採用増を「意識している」と回答した企業が多い業種は、「家電・部品」「産業機械・造船・車両」「工作機械、その他機械」「自動車・部品」「鉄鋼・非鉄金属」などだった。

さらに全体の傾向に対して女性リーダーの存在を把握するため、「研究職または技術職から実現した最も高い女性の上級職のクラスは何か」と問いかけた。その結果、有効回答217社のうちクラスの高い順に「役員クラス」が18・4%で、「部長級」が45・6%。「課長級」は25・8%、「主任級」は6%となり、「上級職はいない」も4・2%であった。

女性の少ない理系でありながら、2割弱の企業に役員クラスがいるという結果は予想以上といえる。かなり意識して登用を進めているようだ。部長級も約半分の企業に存在する。部下を大勢抱えて組織を動かす立場でなくとも、具体的モデルがいることは、理系女子学生の入社志望にプラスに働きそうだ。

業種別で役員クラスが多いのは「総合電機・重電」で7社中3社、「精密機器、事務機」で12社中5社。機械系はいまだ女子学生比率が低い分野だが、総合電機は男女雇用機会均等法前からの研究者採用実績などが強みだ。「化学」は25社中4社、「医薬・トイレタリー」が24社中8社。「ビール・食品」になると6社中3社で半数だ。全社的にも理系でも比較的、女性が多い業種で、エグゼクティブが育ってきているようだ。

自由筆記の「活躍推進の工夫」は、全体として文系理系を問わない後押し策が多かった。その中で採用時の策は「技術系中心の女性社員からなる採用プロジェクト」「技術系女性特化の採用セミナー」などで、インターンシップ(就業体験)や育成基金もあった。社員に対しては「女性エンジニア限定交流会」「研究開発女性管理職のメンタリング」で応援し、「外部表彰の応募積極化」「社外の女性研究者支援」と自社の広報戦略と重ねる例もみられた。

「女性研究者と技術系役員の懇談会」といったポジティブアクションは限定的で、「性別にかかわらず」「男女の区別なく」との記述も目立つ。どこまで積極的に動くかは一律ではないようだ。

山本佳世子
山本佳世子 Yamamoto Kayoko 編集局科学技術部 論説委員兼編集委員
若い世代が未来のキャリアを思い描く時、具体的な憧れの像があるかどうかは、挑戦意欲に大きく影響するだろう。そのためトップリーダーとして、大企業元役員、大学学長、ベンチャー社長を、一度に紙面で取り上げたい、と思って記事を企画した。年の離れたガッツある先輩の話に、「私には真似できない…」と気後れするのではなく、「私たちは恵まれた世代なのだから、うじうじなんてしていられない!」と元気倍増になってもらいたい。

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