政府が旗振る「生産性革命」とは
ものづくり企業の経営者と考える
安倍晋三政権が掲げる“新三本の矢”のキーワードの一つ「生産性革命」。政府は「技術や人材を含め『未来への投資』を決断し、攻めの経営に踏み出してもらう」と説明する。どうやら能力増強や更新投資だけを指しているわけではないらしいが、具体像がみえない。すでに国際的にも高い競争力を発揮する日本のモノづくり企業に何を期待しているのか。これまでの現場改善や生産性向上とどこがどう異なるのか。独自技術で成長を遂げる2社の経営者と、「未来志向」の投資とは何かを考える。
政府が13日に開いた日本経済再生本部―。安倍晋三首相は「国内総生産(GDP)600兆円を実現するため、『生産性革命』に取り組む」とし、将来を見据えた設備や技術、人材への投資を促す必要性を強調した。「これは未来への投資だ」(安倍首相)。
「企業の設備投資の長期停滞とイノベーション不足こそ、潜在成長率が低下する日本にとって本質的な問題」。こう指摘するのは日本総合研究所の湯元健治副理事長。1990年代に平均2・2%だった潜在成長率が08年以降、同0・5%まで低下した要因をみてみると、労働投入量のマイナス寄与は大きく変化していない一方、資本ストックが押し下げ要因になっているという。その意味で、今夏まとめられた政府の成長戦略が「生産性革命に焦点を当てていることは正鵠を射ている」と話す。
問題は、どう企業に設備投資に踏み出してもらうかだ。大手企業は過去最高水準の好業績を上げる一方で設備投資の水準は政府が期待するほど上向かず、足元の景気が足踏みする要因となっている。
「企業が行動を起こさなければ成長の足かせとなる」(甘利明経済再生担当相)といら立つ政府は月内にも「官民対話」の場を設け、産業界に設備投資を要請する構えだ。だが、投資は企業自身が、市場や事業に将来展望を見いだせてこそ。それを伴わなければ「生産性革命」や「未来投資」といった言葉はむなしく響くだけ。「笛吹けども踊らず」になりかねない。
新市場開拓の原動力
生産性革命は、新たな市場を切り開くほどのインパクトがある。当社の主力事業は、自動車のエンジン周りや排気系に用いられる金属パイプ部品の製造。金型を用いたプレス加工で複雑形状の中空部品を一体成形できる技術を世界で初めて確立できた背景には、工法から生産設備を含め独自開発する姿勢と、その設備を最大限活用し、低コストでいかに効率的に生産するかを追求してきた積み重ねがある。
そもそも、プレス加工によるパイプ加工技術は既存設備から生まれたものだ。取引先の2輪メーカーの海外移転で受注が激減し、自動車分野への参入を目指す過程で求められたのがパイプの曲げ。ところが当社には、パイプの端をつかんで角度をつける「ベンダー曲げ機」の設備がない。
やむなく、既存のプレス機で試行錯誤を重ねるなか、複雑な曲げと拡管、あるいは縮管といった加工技術を開発し、自動車部品の一体加工化に成功。大幅な軽量化やコストダウンに加え、設計の自由度も高まることが自動車メーカーから評価され、採用車種が拡大し企業成長の原動力となっている。つまり私にとっての生産性革命は創造性の発揮と、高付加価値へのあくなき追求を通じて「小さくても強くたくましい企業」を実現することに尽きる。
生産性向上への取り組みは早かったと自負している。70年の創業直後には当時は珍しかった生産管理ソフトを導入。溶接ロボットの導入も浜松地域で最も早かったと聞く。プレスのロボット化も含め現在、100台以上のロボットが稼働している。
究極の目標は無人化。今秋、プレスから溶接、梱包までの15工程を1人で担う自動化ラインが完成したばかりだが、作業時間の短縮にも挑む。このラインの部品1個当たりの作業時間が15秒程度だが、10秒まで短縮できれば、新興国との価格競争にも打ち勝てる。
もちろん、「設備導入イコール生産性向上で」だけではない。その設備を通じて何を目指すのか明確にした上で、とことん使いこなす発想や実行力が問われる。ライン上の金型を載せ替える装置も自前で開発したが、将来は金型交換も自動化することを考えている。(談)
企業風土をも変える
生産性の向上を追求することは、企業文化そのものを見つめ直すことでもある―。この1年あまり、工程ごとの時間管理を徹底し生産効率を高める仕組みづくりを模索するなかでの実感だ。直接の狙いは生産性向上による原価低減だが、もちろん将来の人手不足への備えもある。
当社は半導体フォトマスク基板用のガラスやウエハーの研磨加工が主力。用途に適した材料が取引先から供給されるため、「モノの不良在庫」は発生しないが半面、材料の供給状況によって生産変動が大きく、「人の不良在庫」が発生しやすいことが課題。それぞれの工程のマンパワーを最大化できれば、より少ない体制で同じ仕事量がこなせるのでは。取り組みの原点はそこにある。まず工程ごとの標準作業時間を把握した上で、それに対する達成度合いを日次管理できるようにした。
手応えは感じている。「今日は何となく忙しかった」という感覚が定量的に捉えられるようになったことで、現場の従業員が生産工程全体を強く意識するようになった。
「隣の工程に人を融通したが効率は落ちなかった」といった会話が日常的に交わされる変化が何より大きく、他工程に案外無関心だったリーダーがいま抱えている人員をなんとか有効に使おうということを真剣に考え出すなど、従業員130人規模のグループ全体に一体感が醸成されつつある。
工程ごとに生産性を把握することは、人材育成においても効果的。これまでは「この工程ができる人が少ないから増えたら便利だな」といった感覚で多能工化を進めてきたが、どの領域の技術習熟度を高めればいいかが明確になり戦略的に取り組める。
設備投資そのものについては、能力増強より仕事の幅を広げることを重視している。研磨の前後の連続した工程を取り込むことはそのひとつ。研磨の前に用いられる面取り装置や管理用の番号をレーザーで刻印する装置への投資を近く計画している。これによって顧客にとって、手離れがよく付加価値向上が実現できる―。そんな存在でありたい。(談)
(文=神崎明子)
政府が13日に開いた日本経済再生本部―。安倍晋三首相は「国内総生産(GDP)600兆円を実現するため、『生産性革命』に取り組む」とし、将来を見据えた設備や技術、人材への投資を促す必要性を強調した。「これは未来への投資だ」(安倍首相)。
「企業の設備投資の長期停滞とイノベーション不足こそ、潜在成長率が低下する日本にとって本質的な問題」。こう指摘するのは日本総合研究所の湯元健治副理事長。1990年代に平均2・2%だった潜在成長率が08年以降、同0・5%まで低下した要因をみてみると、労働投入量のマイナス寄与は大きく変化していない一方、資本ストックが押し下げ要因になっているという。その意味で、今夏まとめられた政府の成長戦略が「生産性革命に焦点を当てていることは正鵠を射ている」と話す。
問題は、どう企業に設備投資に踏み出してもらうかだ。大手企業は過去最高水準の好業績を上げる一方で設備投資の水準は政府が期待するほど上向かず、足元の景気が足踏みする要因となっている。
「企業が行動を起こさなければ成長の足かせとなる」(甘利明経済再生担当相)といら立つ政府は月内にも「官民対話」の場を設け、産業界に設備投資を要請する構えだ。だが、投資は企業自身が、市場や事業に将来展望を見いだせてこそ。それを伴わなければ「生産性革命」や「未来投資」といった言葉はむなしく響くだけ。「笛吹けども踊らず」になりかねない。
国本工業(浜松市東区)國本幸孝社長
新市場開拓の原動力
生産性革命は、新たな市場を切り開くほどのインパクトがある。当社の主力事業は、自動車のエンジン周りや排気系に用いられる金属パイプ部品の製造。金型を用いたプレス加工で複雑形状の中空部品を一体成形できる技術を世界で初めて確立できた背景には、工法から生産設備を含め独自開発する姿勢と、その設備を最大限活用し、低コストでいかに効率的に生産するかを追求してきた積み重ねがある。
そもそも、プレス加工によるパイプ加工技術は既存設備から生まれたものだ。取引先の2輪メーカーの海外移転で受注が激減し、自動車分野への参入を目指す過程で求められたのがパイプの曲げ。ところが当社には、パイプの端をつかんで角度をつける「ベンダー曲げ機」の設備がない。
やむなく、既存のプレス機で試行錯誤を重ねるなか、複雑な曲げと拡管、あるいは縮管といった加工技術を開発し、自動車部品の一体加工化に成功。大幅な軽量化やコストダウンに加え、設計の自由度も高まることが自動車メーカーから評価され、採用車種が拡大し企業成長の原動力となっている。つまり私にとっての生産性革命は創造性の発揮と、高付加価値へのあくなき追求を通じて「小さくても強くたくましい企業」を実現することに尽きる。
生産性向上への取り組みは早かったと自負している。70年の創業直後には当時は珍しかった生産管理ソフトを導入。溶接ロボットの導入も浜松地域で最も早かったと聞く。プレスのロボット化も含め現在、100台以上のロボットが稼働している。
究極の目標は無人化。今秋、プレスから溶接、梱包までの15工程を1人で担う自動化ラインが完成したばかりだが、作業時間の短縮にも挑む。このラインの部品1個当たりの作業時間が15秒程度だが、10秒まで短縮できれば、新興国との価格競争にも打ち勝てる。
もちろん、「設備導入イコール生産性向上で」だけではない。その設備を通じて何を目指すのか明確にした上で、とことん使いこなす発想や実行力が問われる。ライン上の金型を載せ替える装置も自前で開発したが、将来は金型交換も自動化することを考えている。(談)
国本工業 70年(昭45)設立。資本金2000万円、従業員は約90人。01年に世界初のプレス金型による極小曲げ工法開発に成功した。
秩父電子(埼玉県秩父市)強谷隆彦社長
企業風土をも変える
生産性の向上を追求することは、企業文化そのものを見つめ直すことでもある―。この1年あまり、工程ごとの時間管理を徹底し生産効率を高める仕組みづくりを模索するなかでの実感だ。直接の狙いは生産性向上による原価低減だが、もちろん将来の人手不足への備えもある。
当社は半導体フォトマスク基板用のガラスやウエハーの研磨加工が主力。用途に適した材料が取引先から供給されるため、「モノの不良在庫」は発生しないが半面、材料の供給状況によって生産変動が大きく、「人の不良在庫」が発生しやすいことが課題。それぞれの工程のマンパワーを最大化できれば、より少ない体制で同じ仕事量がこなせるのでは。取り組みの原点はそこにある。まず工程ごとの標準作業時間を把握した上で、それに対する達成度合いを日次管理できるようにした。
手応えは感じている。「今日は何となく忙しかった」という感覚が定量的に捉えられるようになったことで、現場の従業員が生産工程全体を強く意識するようになった。
「隣の工程に人を融通したが効率は落ちなかった」といった会話が日常的に交わされる変化が何より大きく、他工程に案外無関心だったリーダーがいま抱えている人員をなんとか有効に使おうということを真剣に考え出すなど、従業員130人規模のグループ全体に一体感が醸成されつつある。
工程ごとに生産性を把握することは、人材育成においても効果的。これまでは「この工程ができる人が少ないから増えたら便利だな」といった感覚で多能工化を進めてきたが、どの領域の技術習熟度を高めればいいかが明確になり戦略的に取り組める。
設備投資そのものについては、能力増強より仕事の幅を広げることを重視している。研磨の前後の連続した工程を取り込むことはそのひとつ。研磨の前に用いられる面取り装置や管理用の番号をレーザーで刻印する装置への投資を近く計画している。これによって顧客にとって、手離れがよく付加価値向上が実現できる―。そんな存在でありたい。(談)
秩父電子 67年(昭42)設立。資本金8000万円、従業員は約80人。高集積半導体の生命線であるガラス基板の研磨で世界最高水準の加工精度を誇る。
(文=神崎明子)
日刊工業新聞10月15日付深層断面