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コロナ禍でも深く交流できる。不器用が生んだ「絵手紙」の力

はがきに手書きした絵に文字を添える「絵手紙」は、「ヘタでいい ヘタがいい」をキャッチフレーズに1980年代から普及し始め、今や愛好家は全国に200万人いると言われる。発祥の地である東京都狛江市では小・中学校が授業に取り入れており、9月には市制施行50周年企画として全国から募った絵手紙の展示会を開く。絵手紙の創始者である小池邦夫さんは、手書きだからこそ送り手に伝わると力説し、新型コロナウイルスの感染拡大によって密閉・密集・密接の「3密」を避けなくてはいけない中で、会わなくても相手と深くつながる方法として薦める。小池さんに絵手紙の魅力や書き方などを聞いた。(聞き手・葭本隆太)

会わなくても深くつながる

-「絵手紙」の魅力を教えてください。
 僕自身、自分の文章と絵を手書きで書いて自分の好きな人に送ることが喜びです。書くことで充実感が得られます。そして、それを(手書きだからこそ)大事にしてくれる人が出てくる。手紙は古くさくて面倒くさいけれど、人と人をつなぐ強い力があるのではないでしょうか。32歳の時だったか、詩人の堀口大学さんに(縁あって絵手紙で)お礼状を出したのですが、彼はそれを軸装して書斎に飾ってくれたんです。僕はそれがとても嬉しくて、年齢は大分違うけれど友人になれた気がしました。

絵手紙の主役は言葉です。自分に向けられた気持ちの入った手書きの一言って嬉しいでしょう。(その中で)絵は手紙の中に咲いている書き手らしさの「花」。これがあると(受け手は)一層嬉しいのではないでしょうか。

コロナ禍によって「3密」を避けなくてはいけない中で、絵手紙は直接会わなくても相手と深くつながれる手段だと感じます。今の時代だからこそ絵手紙の良さに気づく人がいるかもしれませんね。

小池邦夫さんによる「絵手紙」の作品

-小池さんは携帯電話のメールなどはお使いにならず、文字による伝達手段としては絵手紙にこだわってらっしゃるとお聞きしました。
 妻にガラケーを持たされた時期も2年ほどあるのですが、一度も使いませんでした。僕は1枚でも多く手書きのものを誰かに送りたい。何かを伝えるなら手書き(という手段)にまっしぐらでいたいのです。

-手書きだからこそ伝えられるものがあるということですね。
 特に手紙においては、上手に書いたりきれいに書いたりするのではなく、思い切って飾らずに書くことが相手に伝わるコツだと感じます。不器用だとよりいい。そこを鍛えれば味が出ます。きれいに整っているよりも、自分らしさが出ている方が美しい。僕は中学の同級生だった正岡千年さんに19歳から今も毎日手紙を送っていますが、彼がその手紙を褒めてくれてことで(そのコツに)自分なりに気づいていきました。

-その正岡さん宛ての手紙が「絵手紙」が生まれるきっかけと伺いました。なぜ手紙を書き始めたのですか。
 正岡さんは僕の恥ずかしいことや嫌だったことを何でもさらけ出して伝えられる相手でした。僕は引っ込み思案だし、手先も不器用で字が下手だったけれど、何かを表現したい気持ちがありました。その中で、彼宛ての手紙であればそれができたんです。

それで毎日、彼に手紙を書いていると、自分では「失敗した」と思うような手紙の文字を彼は「よい」と言ってくれて。その理由を聞くと「お前の手紙は飾らないで書いている。それが心を打つ」と。何度も読み返して細かい部分の良さを伝えてくれて、それが嬉しかった。彼がキャッチャーでなければ、手紙書きにはなっていなかったと思います。

-当初は「絵」はなかったようですが、どうして絵を入れるようになったのですか。
 絵がつくようになったのは25歳の頃からですね。字が下手くそだから、ましてや絵なんて(描けない)と思っていました。それでも描きたかった。それで25歳の頃に不器用で力強い作風が好きだった画家の中川一正先生に絵の描き方を直接教わりに行きました。

すると、中川先生は庭の落ち葉を拾って目の前に置いて「はがきにこの葉っぱを一枚だけ書け」と言うのです。画用紙では大きすぎて埋めるのが大変だから手のひらサイズのはがきがよいと。そして実物を見ながらであれば書けると。それから実物より大きく書くと絵に迫力が出ると。早速、家に帰って書いてみると、下手ではあるけれど目で見た葉っぱが本当に書けたんです。その喜びが大きくて、それから野菜などの身の回りにあるモノを手紙に書いて正岡さんに送るようになりました。

1年で6万枚書いたら世の中が変わった

-「絵手紙」はなぜ世の中から注目されるようになったのでしょうか。
 1年で6万枚、1日200通を書いたことですね。38歳の頃で、絵手紙の個展を出版社の画廊で開いた時に見に来てくれた雑誌『銀花』の編集長の企画でした。「大変だけど1年に6万枚書いて世の中を動かさないか」と。私は絵手紙で生活していけると思っていたのですが、その考えは甘く、当時は誰にも相手にされていませんでした。その中で、世の中に出る最後のチャンスだと思って引き受けました。

-それをやり遂げられたことで本当に世の中が変わったと。
 えぇ。NHKで話題になり、地元の狛江郵便局から展覧会や絵手紙教室をやらないかと声かけがありました。それから全国の郵便局などから(展覧会や絵手紙教室の開催を)依頼されるようになりました。

-1985年には絵手紙の普及啓発活動を担う「日本絵手紙協会」を立ち上げられます。
 絵手紙を書くことで得られる自分らしい表現ができる喜びが多くの人に広がればいいと思い、40歳の頃からは(絵手紙の魅力を)世の中に訴えてきました。

-今では全国に約200万人の愛好者がいると聞きます。絵手紙がこれほど受け入れられた理由はどこにあると思いますか。
 (郵便局で開いていた絵手紙教室には)絵は苦手だった、けれど描きたかったという人が多く参加してくれていましたね。

-「絵手紙」のキャッチフレーズ「ヘタでいい ヘタがいい」が表現したい人の心をつかんだのでしょうか。
 そうなのだと思います。

他者と違うマーケティングの手段に

-デジタルツールによるコミュニケーションが活発になっているからこそ、ビジネスパーソンは顧客と関係を深くする手段として絵手紙が使えそうです。
 営業の方などは他者とは違うマーケティング手法として取り入れるとよいと思いますよ。絵手紙を書いて気持ちを届けると、顧客の反応はいいはず。(商品自体がコモディティー化している)今の時代に顧客に選ばれる営業パーソンになれるかもしれません。ただ、男性は格好をつけて自分をさらけ出すのが苦手だから難しさもあります。絵手紙の愛好者はほとんどが中高年の女性ですからね。

-男性のビジネスパーソンが絵手紙を書こうとした場合、まずなにから取り組めば良いでしょうか。
 (恥ずかしさの)ハードルを下げるという意味では塗り絵の形式から入るのも一つの手かもしれませんね。ただ、私はあまり(塗り絵の形式は)好きではない。自分の絵は塗り絵では出せませんからね。やっぱり身近なものを自分の絵で描いてほしい。

-小池さんは下絵を描かないことにこだわっているとお聞きします。
 下絵がないと、書くときにドキドキしますからね。結局、相手にそのドキドキを送りたいのです。ドキドキした気持ちが絵に乗っていると、受け取る相手も嬉しいものでしょう。

取材日(7月24日)に正岡さんに送る絵手紙

-筆記用具としては筆をおすすめしていますね。
 筆で書くと書き手の揺れる感情が出てしまうから、オリジナルになりやすいです。今の時代は誰も使わないけれど、ぜひ薦めたいです。

最良の絵手紙はネクスト・ワン

-これまで数多くの絵手紙を書いてこられたと思いますが、人生で最良の絵手紙はありますか。
 特に思いつかないですね。正岡さんが特によいと言ってくれた過去の作品はあるけれど、僕は今の方が好き。やっぱりネクスト・ワンを期待したいですね。

-絵手紙作家として今後はどのような活動を展望していますか。
 2年前に毎日3枚書こうと決めました。10年書いたら1万点になりますから。あと8年で自分の絵手紙の世界を残したいですね。それにやっと今、自分の線が書け始めた気がしています。今までの字は横には揺れていたけれど、縦揺れがなかった。それがやっと出てきた。専門的で難しいかもしれないけれど、立体感を出せる奥に入っていく線が出始めたんです。これをもっと深めたくて毎日追いかけています。

-絵手紙はこれからどのように親しんでほしいと考えていますか。
 絵手紙を使って仲良くなってほしいです。絵手紙をもらって腹を立てる人はいない。人と人とがつながるには良い道具だと思います。あとは自分を育てる“育自”の手段として使ってほしい。絵手紙は絵と書と文で自分を表現できる。誰かに教わるのではなく、自分が自分の中に隠れていたものを引っ張り出すものです。だから自分を育てるために便利な手段だと思います。

★絵手紙の情報はこちら
【略歴】小池邦夫/絵手紙作家・日本絵手紙協会名誉会長。1941年愛媛県生まれ。東京学芸大学書道科に学び、絵手紙を創始。日本絵手紙協会設立後、NHKテレビ『趣味悠々』で絵手紙の講師を担当。全国的に絵手紙が広がる。近著(共著)に『新版 はじめての絵手紙百科』(主婦の友社)。
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葭本隆太
葭本隆太 Yoshimoto Ryuta デジタルメディア局DX編集部 ニュースイッチ編集長
取材3日後、小池さんが書いた下さった絵手紙が会社に届きました。今回の取材で初めてお会いし、共有した時間はわずか2時間ほどでしたが、その絵手紙を受け取ったことで、濃い関係が作れたような気がしました。手書きで文字を書いて伝える場面がほとんどなくなった今だからこそ、手書きの絵手紙には書き手の感情がのっている温かさのようなものを感じます。

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