ウェブセミナーで基礎を教える、AIベンチャーの狙い

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エクサウィザーズのセミナー(同社提供)

コロナ禍で対面営業が滞り、代替策としてウェブセミナーが増えている。ビデオ会議ツールで受講者を募り、自社製品や技術を紹介する。そんな中、人工知能(AI)を基礎から教えるAIベンチャーが増えてきた。AIは大学などから優秀な人材が民間に流出した分野だ。学術志向の研究者や技術者が民間に多く在籍する。オンラインで学習の機会を広げ、具体化した開発案件はコンサル業務として受ける。教育と実践をシームレスにつなげる担い手として注目される。(取材=小寺貴之)

AIベンチャー、知識提供 顧客企業の人材育成

「AIの正しい共通理解や、顧客自身がAIを運用改善していくために必要な知識は無償で提供していく」と、Ridge―i(リッジアイ、東京都千代田区)の柳原尚史社長はウェブセミナーを始めた背景を説明する。同社はAIシステムのコンサルから開発、自走化までを一貫して手がける。システムを開発する前にAIとはどんな技術なのか、また実装後はどう使っていくか、という基本的な知識を講義にまとめ公開している。講座は1本10―20分ほどで全10回。プログラミングの知識がない人でもわかるように、AIや機械学習の全体像を数式を用いずに教える。

8月には有料のセミナー事業を始める計画だ。研究者が文献調査を請け負うような特定技術の専門講座と、企業ごとに作る特別講座を用意する。

顧客企業のAI人材育成を支えることで、開発したAIシステムが有効に使われ、次の開発受注につながる。柳原社長は「社内にAI専門部隊を抱える大企業はAIを体系的に学ぶ環境が整ってきた。これからは専門部隊のない企業や中堅・中小企業のサポートが重要になる」と指摘する。

HACARUS(ハカルス、京都市中京区)も経営層や新事業開発担当者などに向けて有料オンライン講座を展開する。特徴は医療データに特化した講座だ。医療従事者や製薬会社の研究者などに向けて医療統計の基礎から機械学習、医療画像のAI解析などを教える。クラスは10―20人。3日間の座学の後に、約2カ月間のプロジェクト演習を実施する。藤原健真社長は「(コロナ禍は)医療従事者が新しい技術を習得し活用するチャンス」と説明する。

リッジアイの無償AIセミナー(牛久CROの講義、同社提供)

ビデオ会議やチャットツールで受講生の質問に応え、演習の成果をレビューしてAI解析の方針を提案する。顧客がもつ実データの解析を、演習と同じ形式で講師がサポートすることも可能だ。教育プログラムから実プロジェクト解析まで一貫支援する。

コロナ禍で営業代替策に 現場ニーズに応える

コロナ禍でウェブセミナーを営業の代替策として展開する企業は増えている。その多くは自社の技術紹介だが、技術者の勉強や企業の人材育成に資するコンテンツも出てきている。大学も大規模公開オンライン講座(MOOC)などを提供してきたが、教育と実践が分かれていた。大学で各教員が教える講義と、研究者の研究は必ずしも同じではない。企業の課題が具体的になるほど、授業で教える一般化された内容では対応しきれず、共同研究形式や技術顧問などとしての伴走支援が必要になる。実践部分は有償でないと成り立たなかった。

AIベンチャーはオンライン教育とコンサルをつなぎ、一貫したサービスとして提供できる。そして大学より多くの現場課題に触れる。リッジアイの牛久祥孝最高研究責任者(CRO)は「ベンチャーはスピードが命。企業のニーズに基づいた講座をタイムリーに出せる」と説明する。

課題は顧客の基礎知識には顧客が自覚していない穴がある点だ。顧客がAIを身に付けたいと思っても、AI技術を支える数学やプログラミングなどが欠けている場合がある。受講生ごとに何が抜けているから理解できないのか、一人ひとり立ち戻る必要がある。大学でも一方向の授業では実現できていない。厚い指導体制はコストに直結する。

そして、この前提知識の穴が顧客企業の専門分野にある場合もある。数学やコンピューターサイエンスなどのAIを支える分野の知識ならば、AIの専門家は教えられる。だが建設や化学、医療などのAIを活用する分野に穴があるとAIベンチャーからはサポートが難しい。

ユーザーコミュニティー展開 共通課題・事例交換

そこでエクサウィザーズ(東京都港区)はAIユーザー企業のコミュニティー活動を展開する。19年4月に「エクサコミュニティ」を立ち上げた。アサヒビールやセガサミーホールディングス(HD)など120社が会員になって課題や事例を交換している。このコミュニティーにオンライン講座を提供し、共通課題や連携先を探す場として運用する。

木村直樹エクサコミュニティ統括責任者は「セミナーではAIチームの人選の仕方や決裁書の書き方を含め、会員が悩んでいるテーマを選んでいる」と説明する。AI技術の研究動向よりも、各業界での活用例を学ぶテーマを重視する。例えば課題の問題構造を整理して、他の業界でも似た課題がないか探す。業界は違っても、同じアプローチで解ける課題が浮かび上がる。同社の大植択真執行役員は「AIの技術解説は教材が無数にあり、今後も増えていく。我々はAIの活用とユーザー同士のつながりで差別化する」という。

石山洸エクサウィザーズ社長の講義

同社はコンサルティング会社出身者が30人在籍し、小売りや介護など各業界に強い人材を抱える。デジタル変革(DX)戦略とAIプロジェクトのすり合わせを得意とする。

AI業界では企業の依頼でコンサルタントが戦略やプロジェクトを作り、開発を別の会社が安く受託する例が少なくない。企画者と実施者が別れ、行き詰まるプロジェクトが散見されたという。大植執行役員は「AI開発の二段受注構造は弊害もある。コンサルタント時代に悔しい思いをしたメンバーが、開発も自分でやりたいとエクサに集まった」と振り返る。現在は、普及啓発から企画、開発まで自分たちの手で提供する。コミュニティー活動もあり、1年間で200以上の案件を獲得した。大植執行役員は「コミュニティー活動を始めて1年で投資を超える成果があった」と胸を張る。

規模はまだ大きくないがAIベンチャーがセミナーや教育事業に乗り出し、コロナ禍で競争は激しくなった。日本のAI人材を支える仕組みに育つか注目される。

日刊工業新聞2020年7月28日

COMMENT

小寺貴之
編集局中小企業部
記者

コンサルがいくら企画書つくっても成功しない。POCはやるけど事業にはならない。先生がいくら教えても実問題を解ける人材が育たない。こんな課題はどの業界にもあると思います。教わる知識・技術と、自分で積み上げていく知識・技術のギャップが、無償の講義と有償の伴走開発支援にもあると思います。AIは無償の教材もあふれ、有償の開発支援サービスもあふれました。ここがうまくつながると人材不足に一石を投じられると思います。単純にコンペを開くだけだと海外勢に見劣りしてしまいます。ビジネスモデルは簡単ではありませんが挑戦されています。

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