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「自由を保て!」ノーベル物理学者・アングレール氏

単独インタビュー「産業界は基礎研究をできる限り管理しようとしている」(アングレール氏)
「自由を保て!」ノーベル物理学者・アングレール氏

「自らの研究に興味と欲望を」と若い研究者にエールを送るアングレール氏

 二年連続で日本人がノーベル物理学賞を受賞した。ベルギー出身で、2013年に質量の起源とされる「ヒッグス粒子」の存在を明らかにしたことが評価され、物理学賞を受賞したブリュッセル自由大学名誉教授のフランソワ・アングレール氏(82)。来日したアングレール氏に、基礎物理学の現状などについて聞いた。

 ー以前に比べ基礎物理学の研究は活発になっていますか。
 「日本の状況は分からないが、欧州はあまりポジティブではない。一番の理由は基礎研究をできる限り管理しようとしているからだ。産業界などが短期で実用化したいというのは理解できるが、基礎研究は最初の目的と異なる利用のされ方をすることが多い」

 「もしさまざま制約がかかっていたら、ペニシリンや半導体は開発されなかっただろう。私はゼネラル・エレクトリックやIBMなど米国の企業とも一緒に仕事をしたが、自由が保証されていた。米国はその重要性をとてもよく理解している」

 ー自身の研究が社会に貢献しているか、意識されていますか。
 「基礎物理は、人間の理屈につながり、考え方になって、それが教育になる。文明として重要な柱だ。そして基礎物理は想像力が試される。想像力が飛んでいればいるほど、応用研究から自由を保たなければいけないし、長期的な企画でないといけない。結果的に社会の豊かさにつながると思っている」

 ー物理学者として大成するための素養は。
 「難しい質問だが、研究が自らにどのような影響を与えるのか、という興味と欲望がないといけない。私は高校生の時に文学と数学に興味があった。数学の先生に、『将来、豊かな人生を送りたいならエンジニアになりないさい』と薦められて、物理の世界に入った。そして理解する喜びが基礎物理にあることを知った。今、18歳前後の若者は、何をやりたいかが想像できている人は少ないだろう。あたり前だ。その年齢で自分の意思を決めることはあまりに悲しい。疑って試す権利がある」

 ー若い物理学者へメッセージを頂ければ。
 「40年前と現在では違いもある。できるだけ早く成功することへの社会からのプレッシャーも強い。選択できる独立性を持つことが重要で、本当に自分が好きで好きでどうしようもない研究をすることだ。そこから幸せが生まれてくる。基礎だろうが応用だろうが関係ない。私はできれば仕事をしたくない。仕事と感じるとつまらないので、ゲームのような気持ちでいる」

 【記者の目/「自由」の中に大切な「出会い」】
 アングレール氏は、今年亡くなった南部陽一郎氏とも深い絆で結ばれている。南部氏と最初に会ったのは30歳の時。それをきっかけに研究にも大きな影響があった。「人間的にも素晴らしい人だった」という。彼の大切にする「自由」の中に大切な「出会い」もある。
(聞き手=明豊)
日刊工業新聞2015年10月02日 国際面の記事に一部加筆
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
先日、インタビューさせてもらった。物理学者ということで、もっと小難しい方かと思ったらまったく正反対。良い意味で非常に俗っぽい人である。南部さんとのエピソードや若き研究者時代の話もたくさん伺ったが、それはまた機会があれば。

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