【連載】よくわかるCOP21(6)最終回

温暖化をめぐる議論の主導権は米中へ?

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地球温暖化問題をめぐる国際的な動き、議論の経緯
【補足】COP以外の温暖化をめぐる動き

 92年にブラジル・リオデジャネイロで開かれた地球サミットをきっかけにCOPでの温暖化交渉が始まった。地球サミットは国連の会議として最高の172カ国が代表者が参加。気候変動枠組み条約、生物多様性条約、アジェンダ21など、その後の世界の環境政策を決定づける重要事項が署名、採択された。

 97年に京都市で開かれたCOP3で京都議定書が採択。この年「21世紀に間に合いました」のコピーで世界初のハイブリッド車「プリウス」が発売。温室効果ガス、特に二酸化炭素への関心が高まり始めた。

 07年には気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が第4次報告書を発行し、温暖化を「人為的な温室効果ガスの放出が原因である確率が9割を超える」と報告した。この年、IPCCはノーベル平和賞を受賞している。

 IPCCは国連の機関として88年に設立。世界の研究者が科学的知見から温暖化による気候変動の影響分析、予測をする。あくまで政治から独立し、政策担当者に判断材料を提供する立場だが、温暖化政策に大きな影響を与えている。その象徴が「2度C目標」だ。19世紀末の工業化前と比べ気温上昇を2度C未満に抑える目標はIPCCが示した複数の予測シナリオの一つに過ぎなかったが、COP15で世界共有の目標となった。
 
 京都議定書の第一約束期間が始まった08年開催の洞爺湖サミットで、世界の排出量を50年までに半減する目標について認識が共有された。さらに09年のイタリアのラクイラサミットでは、先進国が50年までに8割以上削減する目標が合意された。世界経済危機の前だったこともあり、先進国が率先して温暖化対策に取り組み姿勢を示していた。

 09年-14年はCOP15、16、17、18、19、20が開催。
 また14年にはIPCCが第5次報告書をまとめた。「温暖化は疑う余地がない」「今世紀末の温度上昇は0・3から4・8度Cの可能性が高い」「温室効果ガスの排出を止めても、影響は残る」などと以前よりも強い警鐘を鳴らした。省エネ化や再生可能エネルギーの導入など温室効果ガスの排出を減らす「緩和策」の継続とともに、気候変動が引き起こす自然災害を被害を軽減する「適応策」の重要度が高まったと指摘した。


 振り返るとオバマ大統領がグリーンニューデール政策を打ち出した09年が、議論、関心ともピークだった。

14年はオバマ大統領が温暖化交渉の舞台に復帰し、中国もこれまでにない積極姿勢を示している。IPCCも第5次報告書で強い警告は発した。年末のCOP21は世界の関心が温暖化問題に戻るだけでなく、歴史的転換点ともなりそうだ。
(終わり)

「環境ソリューション企業総覧2015年度版」(10月14日発行、日刊工業出版プロダクション編)掲載記事を加筆・修正

COMMENT

松木喬
編集局第二産業部
編集委員

COP21で合意される新枠組みは経済・社会のあり方を変えます。温暖化をめぐる議論の主導権が欧州から米・中に移ろうしている点でも、COP21は歴史的な会議となります。日本の陰が薄いのが残念です。

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