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レーサー兼日産独立社外取・井原慶子氏が刹那の大切さを学んだ本

「メンタル・タフネス」を語る

1999年にレースデビューを果たした私はとにかく無我夢中だった。レースクイーンという仕事からいきなり男性としての能力が求められる業界に飛び込んだ。車の開発や業界に関わる知識と能力の話だけではない。レースの加速度に耐えられる筋力や1000分の1秒単位での判断力、それらを長時間維持する持久力など強靱(きょうじん)な体と心が必要だった。そのため、『常に成長をしなければ』と焦燥感に駆られた。その不安を払拭(ふっしょく)するため、読書に没頭するようになった。

“逆算”された手法

そんな時に出会ったのが『メンタル・タフネス』だった。この本には食事や呼吸、睡眠など生活の基礎を見直し、体と心を整える方法が書かれていた。私は「プロとしてここまで綿密かつ丁寧に行わなければいけないのか」と愕然(がくぜん)とした。
例えば、緊張状態の中で「緊張しないように」と考え方を変えたり、場数を踏んだりすることは直接的に緊張と向き合う手法。しかし、この本ではそもそも緊張しないためにどのような食事をどの時期から摂取し、どう呼吸をするかなど“逆算”された手法を紹介していた。

ルーティンを意識している間は二流

この体と心を整える手法は試行錯誤が必要だ。自分のパフォーマンスを最大化するために生活を見直し、その中から答えを出す。つまり、実践と効果を繰り返し検証する作業。
それがうまくいったら、その経験を自然な形で生活に落とし込む。勝負の世界ではそこまでやってこそ一流のプロであり、ルーティンを意識している間は二流だと知った。

一瞬の価値が高まる現代

さらに現代ではその勝負が一瞬で決まる。世の中の流れが速く、一瞬の価値が高まったためとも言える。国際的な会合や重要な会議など重要な場所でその一瞬に全てを出せるかがカギを握る。逆に準備不足で千載一遇のチャンスを逃す可能性も高くなってきた。入念に準備をする必要性を訴えている本だが、私はそこから刹那の大切さも学んだ気がする。

日刊工業新聞2020年4月6日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
井原さんは限られたチャンスを入念な準備と高い瞬発力で乗り越えてきた。その力を日産自動車の会議でも発揮しており「最も目立った意見を言う」(関係者)。生活を目的に合わせて整えることがこつのようだ。ただ、取材時はそこまで細かく意識している様子はなくむしろおおらかで柔軟な人物に感じた。おそらく、それこそが自然な形まで落とし込んだ証左なのだろう

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