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完全自動運転に立ちはだかる壁

ドライバーは楽なのに気を抜けない。人間よりも事故を起こさないという証明も
 完全自動運転の実現には二つの壁がある。運転を人工知能(AI)に任せていくと、人間はほとんど何もしなくてもいいのに、運転AIの監視は続けなくてはならない本末転倒の状況が生まれる。ドライバーは楽なのに気を抜けない「レベル3の壁」だ。もう一つは運転AIが人間よりも事故を起こしにくいことを示す「安全性証明の壁」だ。自家用車が起こす死亡事故は、走行距離1億キロメートル当たり0・38件。人間とAIの事故率で統計的な差を示すには100億キロメートル以上の試験走行が必要になる可能性がある。この巨大な壁に挑む技術開発を追った。
 

完全自動運転を唱えるのは新参者?


 「完全自動運転を唱えるのは新参者だけだ」―。古参の自動運転研究者らは口をそろえる。トヨタ自動車は完全自動運転の技術は開発するものの、無人で走る車を商品化する考えはない。自動車各社が目指すのは、あくまで人間が運転主体になる「レベル2」のシステムだ。AIが運転主体になる「レベル3」や完全自動運転の「レベル4」は課題が多い。
 
 自動運転の開発動機は死亡事故の低減だ。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)は、交通事故死者数で年間2500人以下を目指す。2014年度の死者数は4113人で、4割低減が目標だ。すでに富士重工業の運転支援システム「アイサイト2」が追突人身事故を6割減らした。完全自動運転車には、運転支援システムで守られた人間以上の安全性が求められる。
 
 産業技術総合研究所の津川定之客員研究員(元名城大学教授)は「運転AIに優良ドライバーと同等の安全性を求めると、途方もない距離を走っても差を検出できないだろう」と指摘する。100億キロメートルの走行試験は一企業ではほぼ不可能な距離だ。車1台を20万キロメートル走らせるなら5万台が必要になる。だが運転AIの安全性を評価しないまま市街地を走らせれば事故後の訴訟リスクが高い。安全評価の研究者は「あらゆる状況での安全性は評価できない」と明かす。
 
 そこで、既存の車の自動化レベルを段階的に上げていくルートが現実路線として選ばれている。追突や交差点など事故の多い場面に絞って運転支援システムを開発し、限られた条件で安全性向上を示す。人の運転で安全に走っている場面での比較優位を証明しなくても済むため、現実的な評価コストで開発できる。
 
 このルートに立ちはだかるのが「レベル3」の壁だ。レベル3では運転をAIに任せるものの、緊急時などはAIの要請に応じて運転を代わる。問題となるのは緊急時に本当に交代できるかどうかだ。例えば雑誌を読んでいると衝突6秒前に運転交代を要請され、3秒で状況を把握して2秒でハンドルをきる。一連の動作をパニックを起こさずに完遂しなければならない。
 

「監視」は「運転」よりもつらい


 筑波大学の稲垣敏之副学長・教授は「ドライバーが運転以外の作業に集中してしまうと緊急時の交代はかなり難しい」と説明する。「他のことができずに『運転』が『監視』になってしまえば、運転するよりもつらい仕事になる」と指摘する。
 
 そこでヒューマン・マシン・インターフェース(HMI)の研究に注目が集まっている。産総研は自動車ヒューマンファクター研究センターを4月に設立。認知心理や生理機能などの研究者をそろえた。人間の行動と脳活動、生理計測技術でドライバーの人間特性を解析する。北崎智之センター長は「AIに助けられることで新たに生まれるリスクを評価して事前に対策する」という。自動化率や快適性とリスクの兼ね合いを探る。
 
 ドライバーの潜在意識を刺激して、注意力を保たせる研究もある。青山学院大学の野澤昭雄准教授は単調な作業を繰り返す際に、作業者が気付かない程度に作業周期を揺らがせると疲れにくくなることを発見した。野澤准教授は「周期が一定だと飽きてしまい、周期の揺らぎが認識できるほど大きいと疲れてしまう」と説明する。
 
 運転中にハンドルを握った手は自然と揺らぎ、呼吸リズムと同期する。ハンドルの揺らぎを測ることでドライバーの生理状態を推定できる。反対にハンドルを人工的に揺らがせることでドライバーの心理や生理状態を制御するという試みだ。
 
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
自動運転もAIも同じであるが、生活の中に入ってくると、既存の法制度で今まで定性的に人間が納得していたものに、定量的にパラメーター設定されていくことが考えられる。完全まではいかない自動運転のパラメーターは誰が決めるのか。そこでは人間の根本的な倫理に立ち返らないといけないだろう。

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