再生エネ、集中豪雨、温暖化...SDGs時代のメディアの役割とは?
気候変動や海洋プラスチック問題など多様で複雑な課題解決と経済成長はSDGs時代に本当に可能となるのか。ドキュメンタリー番組制作で世界の動きの発信とともに日本の取り組み遅れに警笛を鳴らし続けるNHKエンタープライズの堅達(げんだつ)京子氏、災害現場のレポートから再生可能エネルギー社会に注目し、その最前線に切り込むテレビ朝日アナウンサーの山口豊氏が、日刊工業新聞社の松木喬記者とともに語り合った。
山口 3年前、堅達さんが手がけたNHKスペシャル『脱炭素革命の衝撃』をみて、僕自身ものすごいインパクトを受け、この分野の取材活動へと突き動かされました。本当に素晴らしい番組でした。あの番組に影響を受けたメディアの人って、多いと思います。環境と経済がこんなに結びついてくるというのを明確にした日本で初めての番組だと思います。
堅達 涙がでそうなほど、嬉しいです。日本の大半のビジネス界の方々は、あの時点ではグローバル企業を中心とした脱炭素革命へのスピード感に気づいていなかった。そのため放送後の反響も大きいものでした。NHK内でも、最初はなかなか番組の狙いを理解してもえず、企画を通すのが大変だったという苦労があり、まずはNHKワールドの英語版から始めたのです。そのとき、ロックフェラーとか、ビジネス界の象徴的な人が石炭から再エネにシフトしているというファクトを映像でお伝えして、お金の動きを表現しました。
山口 COP23の現場を取材されていましたが、会議に参加されていた日本の建設会社の方が、泣かれていましたよね。すごく印象的な場面を撮られているなあと。大手企業の男性のあの涙、これは本物だと。
堅達 あれは自分が構えていた小さいカメラで映したんです。
松木 あのシーンは、日本企業は優れた環境技術を持っていると自負していたのに、日本に石炭火力発電の増設計画があるため、バッシングを受けていました。エンジニアとしての悔しさを感じさせた涙で、大変、印象的なシーンでした。ところで、山口さんが環境分野の取材をするようになったきっかけは何でしょうか。
山口 2013年、当時は報道ステーションのリポーターでした。小泉純一郎元首相がドイツのバイオマス発電の視察や、放射性廃棄物の最終処分場、フィンランドのオンカロに行ったのを追いかけて特集を放送しました。その後、3・11が起きた後に、福島県のエネルギー自給率アップのための取り組みなど、各地の取材をしましたが、現地に行ってみるととても興味深かったんですね。地域が人口減少で苦しみ、消滅しかかっている。その中で、地域の方々が追い詰められ悩み抜いた最後に、そこには自然資源があるじゃないかと気づく。例えば福島の土湯温泉での地熱バイナリー発電、岐阜県石徹白(いとしろ)集落での小水力発電です。それから日本の林業は衰退し森は荒れていますが、本当は宝の山です。
先日は、岡山県西粟倉村に行きました。村では、荒廃していた森を手入れし、捨てられていた間伐材を活用し、木質チップボイラーで熱利用。村に若い移住者が集まり、森を利用したベンチャー企業が次々と立ち上がり年商15億円です。村が元気になったんですね。太陽光、風力、地熱、小水力、バイオマスと日本はまだまだこれからいろいろな再エネを利用できる。温暖化対策も、循環型・分散型社会の実現ももっとできる素地があるんです。2020年代の日本は社会構造が変わっていくのではないかと思っています。
堅達 福島は都道府県で唯一、脱原発を宣言していますね。あれだけの事故が起きて、ふるさとを汚染された人々が、もう一回ふるさとが持つ力に注目し、地域からエネルギーの地産地消に挑戦する、このことでコミュニティーも良くなります。循環型社会に変わるということは、地域のポテンシャルを最大限に引き出し、これまで捨てていたものをうまく巡るように変えるチャレンジです。そういう経済、社会に変えていくことは、お金も生み、暮らしも良くしていくことにつながります。環境投資は、一見かさむように見えて、結局、戻ってくるのです。番組や本で取り上げた脱プラスチックも、目の前の環境をきれいにし、生態系を保全するためですが、新規ビジネスチャンスの宝庫でもあるんです。このあたりをぜひ伝えたい。
山口 先日、ノーベル化学賞をとられた吉野彰さんは「エネルギーと環境の革命が始まっていると確信している」とおっしゃっています。環境と経済と便利さ、この三つのバランスって今までなかなか上手くいかず、いずれかを我慢しないと成立しなかった。これが成立する時代が来るという指摘です。一つはリチウムイオン電池の普及。蓄電池の容量アップと電池の値段が下がってくると世の中は大きく変わってきます。また、2030年には、自動運転を担う人工知能(AI)を搭載した電気自動車(EV)=「AIEV」がタクシーのように使われると。人も物も運ぶのですが、重要なのが、電気を運ぶとおっしゃっていることです。電気が足らない場所にはたくさんのAIEVが集まって電気を運び、車がまるで巨大な蓄電池のように使われると。
堅達 ヨーロッパや米国カリフォルニアはそういう時代を見越して仕組みや法律をつくっています。EVは送電網に接続できるよう設計するという、V to Grid (ビークル・トゥー・グリッド)が決まっている。日本はどうかというと、家庭にはつないでもいいけれど、送電網にはつないではいけないという決まりになっています。
松木 残念ながら、日本は世界のトレンドの逆なんですよね。
堅達 地域の方々にはやる気もあるしメリットもある、それを生かすための仕組みづくりをやっていかないと、世界から1周遅れ、2周遅れとなってしまいます。
山口 結局、世間の方々に、世の中を変えていこうと思っていただけるかどうかが、ポイントです。そこで大切なのが再エネのコストや経済性です。ブルームバーグNEFによると、例えば事業用太陽光の発電コストは急速に安くなり、5年後には原発よりも、化石燃料で最も安い新規の石炭火力発電所よりも安くなるという試算が出ています。つまり、最も安い純国産エネルギーが誕生するわけです。太陽光パネルは、数年後には自家消費が広まり、家庭やビル、マンションなどでもさらに多く普及するはずです。
堅達 3月1日に『再エネ100%をめざせ! ビジネス界が挑む気候危機』というBS1スペシャルを放送いたします。一つにはRE100に参加した、イオンやソニーなどの企業が、どう挑むのかを伝えます。もう一つが金融の動きです。気候変動対策を織り込んでいない企業には投融資せず、逆に再エネに積極的な企業にはどんどんお金を流しましょうという時代で、日本の機運の変化を取り上げます。ただ世界はさらに先をいっているのが現実。この10年でパラダイムシフトをおこさなければ、手遅れなんです。この危機感を考えたとき、日本は、予算も規制も法律も今、思い切って変えることが求められています。このままいったら、気温は1.5度目標どころか、パリ協定で約束しているものを積み上げても3度以上上昇してしまう。先日もオーストラリアで大規模な火災が発生し、コアラが被害を受けているのが報道されていますが、地球の危機は本当に深刻で、この非常事態にふさわしい政策をとらなければならないのです。
山口 僕らメディアの役割は、そういう意味で本当に大事です。専門家によれば、2018年の西日本豪雨と台風21号の経済的な影響は、保険支払い額を含めるとトータル2兆5000億円にも上り、そのうち保険でカバーできたのが半分強だといいます。残りはどうしているかといえば個人や行政が負担しているわけです。19年の台風19号の後、多摩川沿いで水につかってしまった後の家々を取材しましたが、新築の家など一見、きれいに見えますが、断熱材を伝って泥水が壁の中まで入り込み水浸しになっていました。その家は改修に1000万円かかると業者に見積もられたのに、保険会社に見てもらったら半分ほどしか払ってもらえないというのです。こうしたことが社会でいま実際に起きているんだと思います。つまり、自然災害の被害を保険でカバーできない社会がやってきている、それくらい環境がおかしくなってきている。
ただこういう気候危機の話をしても、例えば、自分の家が被害にあわない限りは、仕方ないじゃないかという意識がどうしても人間は働いてしまう気がします。でも救いなのは、今の若い世代が既成概念にとらわれないということです。僕などは最後のバブル世代で、大量生産大量消費の時代を社会の流れに乗って生きてきました。でも、今の若い世代は現実にちゃんと向き合って、環境や社会への意識も高いんです。自分が何をやったら社会に貢献できるか、何をやったら世の中を良い方向に変えられるか、そういうことにやりがいや喜びを見いだす若い世代が増えていて、中には、地方に移住して自然資源を再エネで生かして、地域を元気にしている人たちが出てきています。こういう取り組みが全国に広がれば、世の中ものすごく変わるのではないでしょうか。
堅達 番組で取り上げた、海洋プラスチックの回収に挑戦しているボイヤン・スラットさんは、「TED X」でのプレゼンで世界中から仲間とお金が集まって、太平洋のゴミベルトでの回収に取り組んでいます。一方で、回収作業にエネルギーがかかりすぎるとか、コストがかかりすぎだとかいう批判もあったのですが、そこであきらめることなく、海洋プラスチック問題をもとからたつために、アジアの川の河口でソーラーパネルで動く回収船を出して、プラスチックを集めるというプロジェクトもスタートしています。この若い世代の発想の豊かさは本当にすばらしいです。
山口 東京でも、「みんな電力」という電力小売事業者を通せば、ブロックチェーン技術で地方発の電気を買えるようになりました。地方には地域の世帯数を上回る再エネの供給力があるんです。都会の消費者が地方発の再エネ由来の電気を買えば、お金がその電気を生んだ地方に流れます。日本が2018年度に化石燃料の輸入に払ったお金は19兆円にも上ります。その年の所得税の総額が19.9兆円ですから、ほぼ匹敵する金額です。これまでの化石燃料を使う火力発電では、皆さんが電気代として払ったお金は最終的には中東など海外に流れてしまっている。これを少しでも地方発の再エネ由来の電気を利用することで、地方にお金が流れ、疲弊した地域を支援することにつながると思うんです。
堅達 国が野心的な目標をもつということですよね。再エネ目標もCO2削減目標も低すぎる。とうとう大きな経済団体に先駆けて、RE100のメンバーや、ビジネス界側から国の目標をもっと高くしてくれという動きも出てきています。山口さんがおっしゃっていたように本来、国のビジョンにとってもいいことで、少子高齢化、防災・減災など、さまざまな社会課題を解決する、トータルソリューションともいいますが、要は一石二鳥、三鳥という話なんです。それを目指せる仕組みを作った方がよくて、再エネはその動力源です。新しい地方自治、新しい地方経済を考えていかないと。
山口 歴史って本当に長いスパンでとらえる必要があります。日本がなぜこんなに豊かなのかというと、地理的に恵まれ自然が豊かだからです。温暖湿潤で雨が降り水が豊富、太陽光も十分に降り注ぎ農作物が育つ、人が豊かに生きられる素地があるから、こんな小さな島国でも昔から多くの人が自然のなかで養われてきた。ところで、江戸幕府がなぜつぶれたか、世界で産業革命がおきた時に、江戸幕府は世界の流れについていけなかった。このとき鹿児島、山口などには産業革命の影響が入ってきて、その力をテコにして、薩長連合は最終的に江戸幕府を倒しました。実は、いま同じようなことがおきていて、日本が世界のエネルギー革命の流れから取り残されつつあるのではないか。第四次産業革命が進行するなかで、新しいエネルギーの潮流に取り残されてしまうかもしれない。それぐらい、今は時代のターニングポイントにあると思っています。
堅達 番組をつくりながら、本を書いているのですが、ビジネス界は変化の動きがとにかく速いので、校了と思ったらすぐ状況が変わることもあります。本をつくるときも、格闘しながら書いてきました。でもいちばん驚いたのは、脱プラスチック規制は先進国の中でも日本は本当に遅れていて、実はケニアやインドよりも遅れていたりします。先日、ショックだったのは中国も規制に向けた大胆な取り組みを発表したこと。先手の打ち方は、圧倒的にアジアの他の国の方が早いんです。このまま日本はガラパゴスになっていくのか、注視しています。
松木 映像メディアで働きながら、本を執筆したのがお二人の共通点です。本を書こうと思った動機は。
堅達 映像で伝えられることと本で伝えられることって違っていて、映像はやはりそのインパクトで何かのきっかけを与えることにつながります。でも、より深く知りたい、背景を知りたいというとき、放送はダイジェストで凝縮してお伝えする訳で、ぜんぶ丸ごとお伝えすることはできない。ヨハン・ロックストローム博士というSDGsのベースにもなった考え方を提唱する科学者がいるんですが、本当に短くしかご紹介できない。でもサイエンスなので、短いと単純化しすぎて深く伝わりにくい時があります。本は自分のペースで読める、関心があったところを読み返して自分なりの読み方ができる。つまり、両方大事で、映像メディアは世界の人々や地域で活動している方々の生き生きしている表情、実感、悩みを映し出せますし、それを切り取ったうえで、本で詳しく勉強して知っていただければより深めていけると思います。
山口 この10年って結局、温暖化が進んだ10年で、私は毎年のように災害現場に取材に行っています。行く先々で皆さん同じ言葉をおっしゃいます。「こんな大雨、経験したことない」と。どの被災地に行ってもこの言葉が繰り返されて、大変な経験をされている皆さんのお話を聞くなかで、自分も社会のために何かをしなければならないのではないか、という思いが心の中に募ってきたのです。しかし、今、民放テレビ局はドキュメンタリー番組や特集を、時間をかけて放送するということが、少なくなっています。特集でも長くてせいぜい10分だとか。この10分のうち、報道で流せる主人公のインタビューは1分くらいです。実際は1時間くらいはその方に話を聞いているのに。もっといいインタビューの言葉などいっぱいあるのに、放送では使えず捨てられてしまう。本当に申し訳ない気持ちで、この言葉を伝える術はないかとずっと考えていたら、やはり本なんですよね。本って、いま売れないと言われますが、本当に貴重なメディア。テレビではお伝えできない、非常に深い内容を丁寧に時間をかけて理解していただける重要なツールです。
松木 本は中身を見てから購入を決める方が多く、実際に読んでもらうことを考えると、一番ハードルの高いメディアかもしれません。私は本を書いたことで、企業のCSRの部門の方に限らず、営業部門の方など多分野から問い合わせをいただくことが増えました。どの会社にもどの組織にも、何かいいことやりたいって人たちいるんだなと実感しました。
山口 今回、本の執筆は初めての挑戦だったので、こんなに大変なのかと知りましたが、自分で書こうと取材や執筆作業を進めていくなかで、これまでと違う分野の人とのつながりが生まれました。堅達さんや松木さんもそうですが、同じような思いを持っていて、社会が進まないけれどおかしいな、どうしたら進められるんだろう、という同じ志を持ってらっしゃる。本を書く過程で、同志が日本中にたくさんいることを知りました。
堅達 SDGsのキーワードのいいところって、環境業界の人だけでなく、企業や自治体、NPOやNGO、学生、本当にいろんな立場の人が、関わってくる。根っこは同じテーマだけれども入り口が複数ある、ということが、とてもいいですよね。
松木 SDGsがテーマになると、所属や立場の垣根を越えて話ができ、そこから気づきがあります。例えば今日のこの会も、お仕事はメディアで共通ですが、局の垣根を取り払ってお話をうかがうことができました。しかもこんなに熱く環境問題について語ってもらいました(笑)。
山口 堅達さんがうらやましいなあと思うのは、民放は広告不況とも言われますが、高い視聴率が取りづらいとされる環境問題の番組やドキュメンタリーなどが少なくなっています。でも環境問題についても世の中には知りたいっていう要望が必ずあると思うのです。その思いに、これからのテレビ局が丁寧にお答えしていけるのか、悩む部分もあります。
堅達 同じ悩みありますよ。世界がこれだけドラスティックに動いている時代、NHKが扱わねばならないテーマも多様化している。そのときに、環境問題のプライオリティーがどれくらいあるのか。英語の情報量と日本語の情報量に著しい差が出てきており、特に世界の動きを知ることができないでいると、なかなか判断できません。メディアだけでなく日本の中間管理職は、一昔前の情報でものごとを決めがち。企画を通すのには、ものすごく苦労しています。
山口 新聞の存在は大きいですね。ESG投資の話など書いてもらうと、企業の経営者の方々にも影響しますよね。新聞はやはりいろんな所に影響力が大きいメディアですので、新聞の方々にはどんどん、書いてもらいたい。
松木 日刊工業新聞も、いま読んでもらっている産業界の方々が長続きしてもらわないと新聞を読んでもらえなくなる。テレビ局も同じだと思います。
山口 いまRE100に入っている企業のように環境への意識が高く元気なところはたくさんありますし、今後も環境問題の番組をつくっていくためには、垣根を越えて、自分で営業してでもスポンサーを獲得して、企画を出していけないかと思っています。
堅達 せっかく垣根を越えた機会が増えていますので、活字メディアと民放と公共放送と、横断的に何か一緒に取り組める仕掛けを、考えていきたいですね。発信力が世界に比べてまだまだ足りないので、高めていきたいです。
山口 ぜひやってみたいです!
松木 ぜひお願いします。本日はありがとうございました。
■プロフィール
◆堅達 京子氏 NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー
1988年NHK入局。報道番組のディレクターを経て、2006年よりプロデューサー。NHK環境キャンペーンの責任者を務め、気候変動をテーマに多くのドキュメンタリーを制作。日本環境ジャーナリストの会副会長。
【最新刊】堅達 京子著 BS1スペシャル取材班著
『脱プラスチックへの挑戦 持続可能な地球と世界ビジネスの潮流』
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◆山口 豊氏 テレビ朝日 アナウンサー
日本航空勤務を経て、1992年にテレビ朝日にアナウンサーとして入社。報道ステーションでは10年にわたり、日本全国や世界の災害や温暖化問題を取材。現在「スーパーJチャンネル土曜」「BS朝日 日曜スクープ」メインキャスター。
【最新刊】山口 豊著 スーパーJチャンネル土曜取材班著
『「再エネ大国 日本」への挑戦』