【最終回】顧客の困りごとをリストアップし受注につなげる
前回までのあらすじ
この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。
在庫管理の改善、発注システムの統合など拓磨を中心として試行錯誤を繰り返しながらひと通り形になり、直近のクレームへの対応も進んできた。
晴れた日の早朝、耕造は久しぶりに工場を訪れていた。まだ誰もいない静けさの中、ゆっくりと歩きながらプレス機械やコイル材を眺めた。そして、近藤と出会ってから拓摩を中心に工場改革を進めてくれたことに改めて感謝の気持ちが込み上げてくるとともに、自分は引退すべき時期が来たのではないかと考えていた。
「会長、こんな早くからどうしました?」
工場長の藤原が耕造を見つけ話しかけた。
「久しぶりに現場が見たくなってね。この間は、拓摩に付き合ってくれてありがとう。拓摩もだいぶ成長してきたようで、そろそろ引退かな、なんて考えていたんだ」
「引退だなんて」
藤原は少し驚いた顔で話した。
「覚えているかい、30年前創業した頃のこと。何もわからず、ただただがむしゃらにお互い夜中まで働いていたね。今じゃ正真正銘のブラック企業だな」
耕造は笑いながら当時のことを藤原と確認しあった。
「よし、決めた。私は引退するよ。拓摩に全権を預け隠居することにした。藤原工場長、後は頼んだよ」
何か吹っ切れたように耕造は引退を決めた。藤原は動揺を隠せなかったが、留める理由も見つからず、耕造の決断を受け入れ、自分が工場を守ると決意した。
そんなやり取りが行われている中、営業部門では杉山が大騒ぎしていた。
「あ~!どうすれば売上アップできるんだ!」
杉山は花村のアドバイスを受け、運送費と梱包材について調査し、運送ルートの効率化と梱包材の単価交渉により何とかコストダウンを実現していた。しかし、売上アップのアイデアで行き詰まっていた。そして、花村にまた頼ってきた。
「花村さん、売上げアップのヒントをくださいよ」
「はぁ?そんなの私がわかるわけないでしょ。それに、知ってても教えない」
「そんなぁ、今度お昼ご飯おごりますから!」
「ダメ、ダメダメ。拓摩社長に相談しなさい」
杉山は渋々拓摩に相談することにした。
「売上アップするには、顧客が困っていることに焦点を当てるんだ。まずは顧客からヒアリングして情報をまとめてみたらどうだ?」
「わかりました!やってみます!」
杉山は会社を飛び出していった。
この日の夕方、耕造は拓摩を呼び、引退して隠居することを伝えた。拓摩は冷静に受け止め、自分が真のリーダーとしてこれから梅原技研を引っ張っていく決意をした。そして、拓摩はその場で近藤へ電話して、耕造が引退することを伝え、引き続き近藤のアドバイスを受けたいと依頼した。近藤はしばらく考えてから、拓摩へ話しかけた。
「拓摩社長、もう私のアドバイスがなくても大丈夫。花村さんや他の改革メンバーとともに思い切って改革を進めてください」
近藤は拓摩と初めて出会ってからのことを拓摩に話した。藤原と衝突したこと、システム統合で挫折したこと、その後見積りミスやクレーム対応を通して、チームをまとめ上げたこと。近藤は最後に拓摩にエールを送って電話を切った。近藤と拓摩の話す様子を見ていた耕造は、近藤に感謝するとともに、いつまでも頼ってばかりではいけないとも思った。そして、これからは近藤のアドバイスを受けることなく自分たちでやってみようと拓摩に伝えた。
数日後、杉山は顧客から聞いた困りごとをリストアップして売上アップにつながるものはないか探した。そして、気になるものを発見した。
「これはもしかして…」
そこには『組立前の仕掛品の置場がなくて困っている』と書いてあった。組立作業をするための部品がたくさんあり、その部品在庫を保管しておくスペースが足りないというのだ。杉山は工場奥の倉庫へ向かった。そして、倉庫にはたくさんのものが置かれていたが、そのほとんどは廃棄してもよいものであった。そこで、この倉庫のスペースを活用して顧客の部品在庫置場にしたらどうかと考えた。
「拓摩社長、拓摩社長!見つけましたよ」
大声で拓摩のもとへ杉山が駆け寄ってきた。杉山は倉庫活用のアイデアを拓摩に説明した。
「やったじゃないか!それだよ、それ」
拓摩は杉山をほめた。拓摩にほめられた杉山はがぜんやる気になり、自分から率先して倉庫の整理整頓を行い、見事に顧客から倉庫レンタルを受注したのだ。
「よし、今日はお祝いだ!」
拓摩は、杉山の新規受注を祝してお祝い会をすることにした。照れる杉山を半ば強引に誘い、花村、伊藤、佐々木を誘って仕事終わりに居酒屋へ向かった。拓摩はお祝いという名目で、近藤の支援がなくなること、耕造が引退することを改革メンバーに伝えようと考えていた。
「では、杉山の新規受注を祝して乾杯!」
杉山は見積りミスから挽回した経緯を誇らしげに話した。そして、拓摩は近藤のこと、耕造のことを話し、これからはこのメンバーが中心となって梅原技研を引っ張っていく決意を伝えた。花村、伊藤、佐々木は拓摩の決意を聞いて、これまで以上にがんばってくれることを約束してくれた。
翌朝、耕造は全社員を食堂に呼び、引退すること、そして社員に対して感謝の言葉を伝えた。
最後に、拓摩が皆の前であいさつをした。
「まだ若輩者ですが、全力で梅原技研を守ります。どうかよろしくお願いします!」
最初は数名だった拍手が、徐々に全員の拍手となり食堂に大きく響き渡った。
梅原技研は創業してから30 年を経て、耕造から拓摩をリーダーとして新たなステージに向かって力強く歩き出した。(完)
新シーズンスタート!
連載小説「ぼくらの工場革命」の新シーズン「ぼくらの工場革命2」の連載が、雑誌『工場管理2020年1月号』(日刊工業新聞社)で開始しました。
舞台は、梅原拓摩が社長に就任してから3年後の梅原技研―。工場長の藤原剛が病に倒れ新しい工場長を迎えたが、そこで数々の問題に直面する。拓摩はコンサルタント・近藤健一の力を借り、工場改革を実現できるのか!?
生産管理を中心にストーリー展開した前シーズンに続き、新シーズンでは働き方改革にも目を向けます。
近江 良和(おうみ よしかず)
近江技術士事務所 主任コンサルタント
日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。
近江技術士事務所
【特集】Q&Aで学ぶ ロボット導入はじめの一歩
労働人口減少の影響が製造業界で深刻化する中、生産現場での人手不足対策として「産業用ロボット」の導入に活路を見出そうとする企業も少なくない。とはいえ、「そもそもどのように導入を進めればよいのかわからない」といった声がよく聞かれるように、多くの企業が最初の一歩でつまずいているのが現状だ。特集では、ロボット導入の手順や理解しておくべきポイント、最低限の知識をQ&Aで解説し、実際にロボットを運用している企業の事例を紹介する。また、ロボット導入前に不可欠となる現場の改善についても詳説。ロボット導入に向けた最初の一歩を踏み出すための後押しをする。
雑誌名:工場管理 2019年12月号
判型:B5判
税込み価格:1,540円
販売サイトへ