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誰が何をするのか不明確では、改善活動は進まない

連載小説「ぼくらの工場革命」EPISODE7 工場改革を支える社員
前回までのあらすじ
 この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。
 工場改革メンバーが決まり、コンサルタントの近藤を迎えて工場改革が始まった。社長の拓摩と工場長の藤原が対立する中で活動が動き出した。

材料倉庫に移動した近藤は、材料の置き方や表示方法などを一通り確認した。活動メンバーはその様子をじっと見つめ、材料倉庫で何をするのか期待と不安に包まれていた。近藤は前回工場診断の際に訪問したときと同じ状態であることを確認して、工場診断の際に説明した『物申す』という考え方を活動メンバーに説明した。耕造と拓摩は、改めて材料管理の重要性を認識し、材料倉庫から改革していく必要性を強く感じていた。近藤が活動メンバーに質問を投げかける。

「このコイル材ですが、毎月いくらくらい買っていると思いますか?」

活動メンバーは材料の金額など考えたこともなかったので近藤の質問に驚く中、生産管理の花村が静かに答える。
 
「4,500万ほどだと認識しています」

この回答に今度は近藤が驚いた。材料の在庫金額や購入金額を即答できる工場管理者はほとんどいない。しかも、概算とはいえ材料費全体を網羅した金額を把握していることに驚愕した。工場診断の際、材料購入費は月当たり4,000万円と聞いていた。しかし、この4,000万円というのは管理システム上の金額であり、システムに入っていない仕入先があるということであった。これが正しいとすると、4,000万円+αというのが材料費の合計金額となる。この+αが500万円であるのも不思議ではない。近藤は、工場改革を成功させるには花村の力が必須であると実感した。実務のことを把握しきれていない拓摩を支援できると考えたのだ。

「すごい!花村さん、お見事です」

そこへ水を差すように藤原が質問を投げる。

「近藤さん、前のときもそうでしたが、そんなに金額って大事ですか?」
「藤原工場長、そして活動メンバーの皆さんも聞いてください。会社というのは、赤字決算で倒産するのではなく、資金繰りができずに倒産します。黒字倒産という言葉があるように、利益が出ていても現金がなければ経営に行き詰ってしまうんです。現金、つまり入ってくるお金と出ていくお金のバランスがとれていなければなりません。そのためにも出ていくお金を正しく把握しておく必要があるのです」

藤原は近藤の説明を聞き、リーマンショックの際に経営が傾き、耕造が資金繰りに奔走していたことを思い出した。そして、藤原は耕造に目を向けると、耕造は藤原をじっと見つめお互い苦しい時期を乗り越えたことを無言で確認し合った。
 そこから今まで会社を立て直してきたことを思い出し、藤原は少し素直な気持ちになった。

「近藤さん、現金が大切なことはわかりました。今後はもう少し金額を把握するようにします」

そこへ拓摩が提案をする。

「現在の管理システムでは特定の仕入先情報が抜けています。これは従来の習慣的な理由から伝票処理を続けていますが、今後は管理システムに統合するようにします」

近藤は拓摩の提案に賛成する一方で、改善活動を進めていくためのポイントを説明しなくてはならないと考えていた。こういう状況で「何かをしましょう」といっても、結局、誰が何をするのか不明確で何も進まないケースをたくさん見てきた。
 近藤は何かやることを決めたら必ず誰がいつまでにやるのかをはっきりさせることにしている。いわゆる「3W」(Who、What、When)。誰が、何を、いつまでにやるかを決めてやる。小学生でもわかるシンプルなルールが意外と徹底されないケースが多いのも事実だ。「忙しい」「時間がない」「〇〇さんから返事が来ない」など、できなかった言い訳を説明する管理者が多いのが実態である。

近藤は拓摩にどうしても理解してほしいことがあった。それは拓摩が勤めてきた大企業と梅原技研のような中小企業では組織体制という視点で大きく異なる。おそらく拓摩の常識では、やるべきことはきっちりやるのが当たり前であろう。しかし、現実としてはそう思い通りにはならない。このギャップを理解して合わせていかなければ梅原技研の経営はできないであろう。創業者である耕造ならまだしも、途中から入ってきた拓摩なら、なおさら現場で働く社員の目線まで降りていく姿勢が必要である。近藤は、この改革のポイントは拓摩の意識改革であると考えていた。

近藤が拓摩に質問を投げかける。

「拓摩社長、伝票処理しているものを管理システムに統合するということですが、具体的にどう進めますか?できれば担当者と期限を決めましょう」

拓摩は少し困惑するように答える。

「後は伝票処理をしている担当と管理システムの担当がやるので今ここで決めなくても大丈夫だと思います。私から後で言っておきます」
「わかりました。では拓摩社長、この件お願いします。次回訪問した際に進捗を確認しますね」

近藤は材料倉庫の改革として、必要な材料か必要でないかを現場で目で見てわかる仕組み構築を行うと決めていた。工場診断の際に耕造や拓摩が気づいたように、必要な材料かどうかを判断できなくてはならない。そこで、近藤はそのテーマを花村に任せることにした。あえて詳しく説明せず、花村がどこまでできるかを確かめようと考えた。

「花村さん、生産管理として1つお願いなのですが、倉庫のコイル材に、いつ製造開始するのか製造開始予定日を書いておいてもらえますか?わからないものは不明と表記してください」

花村は少し考えた後静かに答えた。

「わかりました。やっておきます」

一同はいったん会議室に戻り、近藤が締めのあいさつをした。

「皆さん、今日はご苦労様でした。今日のポイントは金額を知るということです。次回は1カ月後に来ますので、製造工程を一緒に回っていきたいと思います」

近藤は梅原技研を後にした。(続く)

近江 良和(おうみ よしかず)
近江技術士事務所 主任コンサルタント
日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。
近江技術士事務所
工場管理 2019年7月特別増大号  Vol.65 No.8
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雑誌名:工場管理 2019年7月特別増大号
判型:B5判
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