ニュースイッチ

『こだま』を『のぞみ』にはできないが、発着本数を増やすことはできる

連載小説「ぼくらの工場革命」EPISODE6工場革命が始動
前回までのあらすじ
 この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。
 コンサルタントの近藤を迎えて始まった工場診断がやっと終わり、耕造は不安を抱えながらも近藤の支援を受けながら工場の改革を決意した。

耕造は近藤から言われた活動メンバーの選定に頭を悩ませていた。梅原技研の組織は、営業部、生産管理課、製造1課、2課、3課、品質管理課から構成されている。営業部と生産管理課は社長の拓摩、製造課と品質管理課は工場長の藤原がまとめている。拓摩をリーダーとして活動を進めていくとなると、営業部と生産管理課は問題ないにしても、製造課と品質管理課を誰にすべきか迷っていた。製造のことがわかっているベテラン社員を選ぶべきだろうが、そうなると藤原と同様に拓摩と衝突してしまう可能性が高い。かといって、若い社員を選んでも製造経験がなければ、活動は難しいと考えていたのである。そこで、耕造は近藤に電話をして相談することにした。

「近藤先生、相談なのですが、製造部門の活動メンバーはどのように選べばよいですか?」
「梅原会長、製造の経験が浅くても構いませんので、30代から40代の若い社員から選んでください。そして、10年後の将来を踏まえ、工場の中心となってほしい人を選んでください」

耕造は、悩んでいるポイントを見透かされたように感じた。製造経験を重視したベテラン社員か、拓摩に合わせた若い社員か、具体的な相談をしたわけではないのに近藤はズバリ答えたのだ。耕造は、近藤のアドバイスを踏まえて活動メンバーを選定した。営業部の杉山正人(30歳)はちょっとおっちょこちょいでミスも多いが、明るく頑張り屋である。生産管理課からは花村優子(32歳)。数字に強く、しっかりもので拓摩の信頼も厚い。製造課からは伊藤周平(38歳)。仕事一筋、まじめである。品質管理課からは佐々木元彦(40歳)。おとなしい性格で口数は少ないが、ていねいに仕事をしてくれる。耕造は拓摩を呼び、活動メンバーについて相談をした。拓摩は静かに声を発した。

「活動メンバーはいいと思いますが、藤原工場長はどうされるのですか?」

耕造は藤原に参加するように依頼したことを拓摩に伝えたが、藤原が快く思っていないことは伏せておいた。近藤は藤原を参加させるように言っていたが、果たしてうまくいくのだろうかと不安は残っていた。

近藤の初回訪問日の朝を迎えた。耕造は玄関に来た近藤を出迎えた。そこへ拓摩も来て会議室へ移動した。近藤が拓摩に話しかける。

「拓摩社長、これからリーダーとして活動を引っ張っていってください。この活動を通してたくさんのことを学び、成長していけるはずです。もちろん、困ったときは私がサポートしますので安心してください」
「わかりました。よろしくお願いします」

近藤は活動メンバーを呼ぶように拓摩に依頼した。そして、耕造には活動のオブザーバーとして参加し、なるべく口を出さないと依頼をした。耕造は不安を抱きながらも、一方で、これから拓摩がリーダーとしてどのような考え方でどう行動をとっていくのか興味を抱いた。
 拓摩が内線で活動メンバーを呼び出した。そして、直接藤原へ連絡して会議室へ来るように依頼した。活動メンバーそして藤原が会議室に揃い、近藤が話を始めた。

「皆さん、今日から工場改革としていろいろな活動を行っていきます。私はさまざまな業種の製造工場を指導してきましたが、プレス加工の専門家ではありませんので、皆さんの力も貸していただきたいと思っています。これから一緒に工場を良くしていきましょう」

これを聞いてさっそく藤原が口を開いた。

「近藤さん、あなたはプレスの経験や技術もないのに、どうやってプレス工場を良くしていけるのですか?プレスのことがわからなければ効率化もできないでしょう」

近藤はすぐさま答える。

「藤原工場長、いい指摘ですね。確かに私はプレスのことは詳しくわかりません。しかし、工場の生産性を上げることはできるんです。たとえば東海道新幹線には、『こだま』『ひかり』『のぞみ』という3種類あります。『こだま』は速度が最も遅く、『のぞみ』は速度が最も速いです。私には、『こだま』を『のぞみ』のような速度に上げる技術はありません。しかし、1日の新幹線の発着本数を増やすことはできるんです。つまり、プレスの技術的な改善をしなくても、プレスしたモノの流れを速くすることはできるんです」

藤原は近藤の話を聞いても納得できない様子だったが、反論はしなかった。拓摩は近藤の例えに感銘を受けた。拓摩は製造現場経験があまりないため、工場の製造部門の管理をどうすればよいか少し不安も抱えていた。しかし、近藤の話を聞き、確かに製造現場のことが詳しくわからなくても工場改善を行うことができる視点を学んだ。
 場が凍りつくように沈黙が流れ、耕造はそれを立て直そうと声を上げようとしたが、オブザーバーという立場を思い出し、口を閉じた。
 そして代わりに拓摩が静かに口を開いた。

「工場長、どういう形になるかはまだはっきりとわかりませんが、近藤先生の言われるようにまずやってみましょう」

藤原は黙ったままだったが、拓摩の言葉に少し理解を示したようだった。
 近藤は皆に席に座るように言った。近藤が前方ホワイトボードの前に座り、向かい合うように活動メンバーと拓摩が座り、その後ろに耕造、そして藤原が座った。近藤は1人ひとりに簡単に自己紹介をするように言った。杉山、花村、伊藤、佐々木、拓摩、そして藤原の順番で自己紹介をした。
 一通り自己紹介が終わると、近藤が話し始めた。

「工場診断のとき少しアドバイスしましたが、改めて材料倉庫から全員で診ていきましょう」

近藤と拓摩、藤原、活動メンバー、そして耕造は材料倉庫へ向かった。(続く)

近江 良和(おうみ よしかず)
近江技術士事務所 主任コンサルタント
日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。
近江技術士事務所
工場管理 2019年6月号  Vol.65 No.7
【特集】従業員・顧客・社会の三方良し!魅せる工場づくり
 製造業において主に働く拠点となる工場は、従業員が働きやすく、働きがいを得られる職場であることが理想の姿。つまり魅力のある、“魅せる工場”でありたい。魅せる工場づくりを推進する目的は、従業員の満足度向上や業務効率化を図るだけではない。5Sの行き届いた工場を披露することで顧客の信頼を得ることにもつながる。そして働きたいと意欲を掻き立てられる工場になることで人材採用を促進する。つまり、従業員・顧客・社会への“三方良し”の意義がある。特集では、工場のあるべき姿を具体化し、魅せる工場を実現するための方法を、目で見る管理「VM(Visual Management)」手法に基づいて解説。“見える化”に魅了する意図を加えた“魅せる化”に深化させるポイントを指南する。

雑誌名:工場管理 2019年6月号
判型:B5判
税込み価格:1,446円

販売サイトへ

Amazon
 Yahoo!ショッピング
 日刊工業新聞ブックストア

編集部のおすすめ