「リーダーが抜けて困るという事態は、リーダーが抜けることで解決する」
前回までのあらすじ
この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。
コンサルタントの近藤と耕造、拓摩の3名で始まった工場診断。材料倉庫の工場診断を通して、耕造と拓摩の意識が工場改革に向かい始めた。
近藤と耕造、そして拓摩の3名は、製造の第一工程であるプレス工程に来た。ストーン、ストーン……。一定の間隔でプレス機がプレスする音が鳴り響く中、近藤はしばらく現場の様子を観察した。そして、少し大きな声で近藤は質問を始めた。
「このプレス工程のリーダーはどなたですか?」
耕造が近藤の質問に答えた。
「リーダーと言えるほどではないですが、第1製造課の伊藤が一応まとめ役になっています」
梅原技研の工場組織は、工場長である藤原がトップにおり、その下に製造部と品質管理課がある。また、製造部は第1製造課、第2製造課、第3製造課に分かれているが、それぞれの課に課長という明確なリーダーはおらず、連絡事項や報告先として“まとめ役”がいる。
第1製造課では、主にプレス機を使ったプレス工程であり、第2製造課は第1製造課でプレスした部品の仕上げや組立作業を行っている。そして、第3製造課ではプレス機に使用する金型の修理および製造をしている。
近藤は耕造から組織体制の説明を受け、第1製造課の伊藤周平を呼ぶようにお願いした。3分ほどで伊藤が現れた。
「こんにちは、製造の伊藤です。何か御用でしょうか?」
「忙しいところすみませんね、伊藤さん。私は近藤と言いまして、今日は工場診断として工場の状況を確認しに来ました。第1製造課のプレス工程について、日々どのように仕事をしているか教えてもらえますか?」
伊藤は第1製造課と自分自身の仕事について近藤に説明した。第1製造課では、各プレス機に担当作業者がついており、生産管理課から発行される作業指示書に従って作業を進めている。第1製造課で加工した部品を第2製造課が仕上げ・組立して出荷することになる。
作業指示書には、出荷日から逆算して第1製造課がいつ加工すればよいかが明記されている。しかし、実際はその日付通りには進まず、結局は各プレス担当者が急ぎのものから順次加工していた。伊藤は第1製造課で何かトラブルがあると対応したり、納期遅れが切迫してくると手伝いをするが、基本的には毎日、ほかのプレス担当者と同じように作業指示書に従ってプレス作業をしている。
一通りの説明を受けた後、近藤は伊藤にお礼を言い、作業に戻ってもらった。そして、近藤は耕造と拓摩に第1製造課の改善ポイントについて説明を始めた。
「伊藤さんの話を聞く限り、第一の改善ポイントは製造課のリーダーを育成していくことです。ここでいうリーダーとは、プレス機を動かす作業者に対して毎日作業指示を出すことです。そして、そのために必要なことは、実作業をやめて時間をつくることです」
耕造は、近藤の話を聞いて質問を投げかけた。
「伊藤くんが実作業をしないといろいろと問題が出てくるように思います。主要製品のプレス作業を伊藤くんがずっとやってますので他の人ではできないでしょうし、納期が迫ってくると伊藤くんもフル回転しないと間に合わなくなってしまいますが、その辺りの影響はないでしょうか?」
拓摩は耕造の質問に対して、近藤がどう答えるのか気になり、近藤の顔を見つめた。
「会長、その指摘はごもっともです。実際、多くの工場で同じ質問を受けます。しかし、リーダーが抜けて困るという事態は、リーダーが抜けることで解決するんです」
耕造も拓摩も近藤の回答に少し戸惑っていた。そこで近藤は詳しい説明をした。リーダーが抜けることで困ることは2つある。リーダーにしかできない作業があること、そして納期遅れになってしまうことである。リーダーにしかできない作業があるなら、リーダーはほかの誰かに作業を教えなければならない。そのためにはリーダーが実作業から離れて教育する時間をつくる必要がある。
また、納期遅れになってしまうのは、各作業者の日々の仕事の進捗状況を正しく把握していないために起こる。つまり、各作業者に作業の進捗を任せてしまい、納期遅れが切迫してから気づくので納期遅れを回避するためにリーダーが実作業を手伝うはめになるのだ。リーダーは作業者の進捗を正しく把握する必要があり、そのためには実作業から離れて管理する時間をつくる必要がある。
この逆説的ともいえる説明を聞き、耕造はまだピンときていなかったが、拓摩はこの論理を正しく理解したようで納得している様子であった。耕造は拓摩の表情を見て、近藤と拓摩の相性が良いと実感していた。近藤は拓摩が納得した様子を見て話を続けた。
「今日は工場診断ですので、このくらいで十分です。この工場がまずやるべきことは製造課のリーダーの育成です。そのために工場全体の改革プロジェクトとして活動を進めるのがよいでしょう。実は、このリーダー育成には工場のあらゆる部門が関連してきますので、工場全体の改革が必要なんです。会長、思い切ってやってみますか?」
耕造は近藤の定期訪問を受け、工場改革に挑戦してみることにした。拓摩も賛成し、近藤が次回訪問までの準備について説明した。
「では、まず活動メンバーを選定しておいてください。営業も含めた主要部門から選んでください。また、会長はオブザーバーとして参加してください。そして、この活動のリーダーは拓摩社長にお願いします。このプロジェクトをぜひ拓摩社長に任せたいです。あと、工場長の藤原さんにも参加するよう声をかけてみてください」
工場診断を終えて近藤は梅原技研を後にした。
耕造は工場長の藤原を呼び出した。そして、拓摩が中心となって工場改革を進めていくことを説明し一応了承を得た。ただ、藤原は納得している様子ではなく、耕造の不安は続いていくのである。(続く)
近江 良和(おうみ よしかず)
近江技術士事務所 主任コンサルタント
日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。
近江技術士事務所
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