工場診断における“物申す”と“者申す”の違いとは?
前回までのあらすじ
この物語は、若き経営者が試行錯誤を繰り返しながらも工場改革を実行し、経営者として成長していく奮闘記である。
コンサルタントの近藤が梅原技研に来社して工場診断が始まった。しかし、近藤と工場長の藤原が対立してしまい工場診断が頓挫してしまった。
「梅原会長、工場診断は続けましょう。工場診断を工場の人に事前に伝えないのは私が頼んだことですし、こういう状況になるのは想定内です」
近藤はなぜ工場診断のことを事前に伝えなかったか、そして工場診断の本当の狙いを耕造と拓摩に説明した。拓摩は近藤の説明を聞いて、なるほどと納得できた安心感、自分にはない気づきを与えてくれる期待感から近藤へ信頼感を持ち始めた。
一方で、耕造は近藤の考えを理解するも、藤原と拓摩の関係性を良くするための近藤の訪問が、逆に関係を悪化させてしまうのではないかという不安が募っていた。
近藤は耕造と拓摩とともに、倉庫に置かれた材料を確認し始めた。倉庫にはプレス加工に使用するコイル材がたくさん置かれていた。コイル材とは、見た目はトイレットペーパーのように、金属材料を巻いたもの。コイル材には、それぞれラベルが貼ってあり、材料メーカー名、材質や重量などの情報がわかるようになっている。
近藤は一般的に言われる5Sや整理・整頓とは異なる手法をとる。整理とは、要るものと要らないものを分けて要らないものを捨てること。整頓とは、要るものをいつでも取り出せる状態にすることである。しかし、材料は要らないものを捨てるという点で整理することのハードルが高い。材料発注担当者は、要るから(必要だから)購入したのであり、何十年も放置され錆びているような明らかな廃材は別として、基本的にすべて要るものなのである。だから、整理する(捨てる)という発想が薄い。そこで、近藤は整理・整頓の定義として、「今、ここに置かれているのが正常であるか、異常であるか判断できる状態」としている。
必要な材料(要るもの)であっても、正常であるかを判断できる仕組み構築が材料管理の柱であり、これを近藤は“物申す(ものもうす)”と呼んでいる。
近藤は、耕造と拓摩にこの物申すという考え方を説明した。これを聞いた拓摩は、正常と異常という切り口に共感し、さらに近藤に対する信頼を深めていった。拓摩が真剣に近藤の話を聞き、その学びを深めている様子を見て、耕造は工場診断を前向きにとらえ直した。確かに、藤原と対立してしまったが、拓摩が近藤の支援を受けながら今までとはまったく違う新たな工場管理を構築していけば、きっと藤原もその熱意や努力を理解してくれるだろう。関係改善のためには、話し合いをすることよりも、拓摩が中心となって行動を起こしていくことが大切なのだと耕造は思い始めた。
一通り説明を受けた後、拓摩が口を開く。
「近藤先生、物申すという手法については理解しました。ただ、具体的に正常とか異常というのはどう区別していけばよいのでしょうか?」
「拓摩社長、いい質問ですね。たとえば、この材料を見てください」
近藤は横に置かれているコイル材を指さした。
「このコイル材は、材質などのラベルが貼られていますが、大切なのは、いつ製造で使うのか、いつ出荷する製品の材料なのかということです。仮に、この材料を3月25日に製造で加工する計画だとしましょう。すると、3月26日の時点でまだここに置かれていたら異常なわけです」
そこへ耕造が横から口を挟む。
「近藤先生、材料発注担当者は、生産計画と材料在庫を考慮して発注しているので、材料発注担当者が正常と異常の区別ができればよいということでしょうか?」
これを聞いて、近藤が答える。
「梅原会長、さきほど藤原工場長もちらっと言っていましたが、材料発注担当者に聞いてわかるのは物申すとは言えません。同じ発音ですが、人に聞いてわかるのは“者申す”と呼びます」
近藤はノートに大きく「物申す…〇 者申す…×」と書いた。そして、さらに近藤は説明を続けた。
「担当者がわかっているという仕事のやり方は、周りから何をしているかわからず、改善するチャンスを失います。また、担当者が問題を隠してしまうという可能性も出てきます。だから、現地・現物、つまり揺るぎない事実を誰でも確認できる状態をつくることが改善の基礎となるのです」
近藤の説明を受け、耕造は今まで何度も見てきた倉庫内のコイル材を改めて眺めた。すると今までとは違う印象を受けるようになった。確かに、必要な材料と言えば必要だが、今月必要なものと来月以降に必要となるものに区別すると、現時点でのコイル材は確かに多すぎるのかもしれないと思い近藤に確認した。
「近藤先生、正常と異常の区別について、今月必要なコイル材、来月以降必要なコイル材という考え方もありますか?」
「梅原会長、さすが鋭いですね。その通りです。今月必要ない材料が置かれていたら異常なんです」
すると、拓摩が口をはさんだ。
「いくつかの材料は単価の関係上ある程度まとめて発注する場合もあります。その場合は、いつ使うかということが発注時点でははっきりしていないこともあります。こういうタイプの材料はどう考えますか?」
「拓摩社長も鋭いですね。材料発注には何らかの発注ルールがありますよね。その発注ルールに従って発注している材料は正常、ルールに従っていない材料は異常です。つまり、材料に発注ルールがわかるような表示をしていくのです。現時点では、恐らく発注ルールが発注担当者の頭の中にだけ入っています。そこを他の人からも見えるようにしていくことが必要です」
近藤の話を聞いて、耕造と拓摩はそれぞれの視点から改めて倉庫に置かれているコイル材を1つずつチェックし始めた。近藤はその様子をしばらく黙って見守った後、静かに声を発した。
「そろそろ製造工程に移動しましょう」
耕造と拓摩は、材料のことで頭がいっぱいになっていたが、いったん切り替え製造工程の建屋に移動した。製造工程の工場診断が始まる。(続く)
近江 良和(おうみ よしかず)
近江技術士事務所 主任コンサルタント
日本大学理工学部数学科卒業後、大手システム開発会社、翻訳サービス会社を経て、近江技術士事務所の主任コンサルタントとなり、工場の生産性向上指導や公的機関における経営支援やセミナー講演に従事する。「10カ月間で工場の生産性を25%アップさせる」という目標を掲げ、食品加工、板金加工、プラスチック成形などさまざまな業種の工場指導経験を持つ。主な著書は『稼働率神話が工場をダメにする』『モノの流れと位置の徹底管理法』(日刊工業新聞社)。
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