日本の買収王「強盗慶太」が挑んだ街づくりビジネス

東急グループを築いた機関車型経営者

  • 0
  • 0
 「西の小林、東の五島」。東京急行電鉄を中核とする東急グループを作り上げたのが五島慶太。阪急電鉄を率いた小林一三を西の横綱に例えれば、東の横綱が五島。時として手段を選ばない大胆な手法で次々に買収を仕掛け、鉄道大国を築いた。強力なリーダーシップを発揮した「機関車型経営者」と言える。

 五島は「強盗慶太」との異名を持つ。「白昼札片を切って堂々と強盗を働く」と豪語していた通り、買収した企業は100社を超える。強引な手法とは裏腹に「知恵」に長(た)けた経営者でもある。

 一つが長期的視野に立った「まちづくり」をビジネスに持ち込んだこと。小林に倣い、東急電鉄沿線に百貨店や娯楽施設、大学などを誘致、東急沿線の付加価値を高めた。渋谷には東急百貨店を開業したほか、所有していた日吉駅前のおよそ7万2000坪の土地を無償で慶応大に寄付、日吉キャンパス誘致に成功した。学園都市というイメージを高めただけでなく、通学客という固定客を自ら作り出した功績は大きい。

 もうひとつが、わが国で初めて予算に基づく企業経営を実現した点だ。「予算即決主義」と呼ばれ、各部課に収支の見通しを出させ、予算案を作り上げた。当時としては画期的な経営手法だった。

 「強盗慶太」という恐ろしい異名だが、意外にも本人は気に入っていたそうだ。もっともニックネームで呼ばれることは、政治家や財界人にとって一流の証(あかし)である。
(敬称略)

※日刊工業新聞で「近代日本の産業人」を連載中

日刊工業新聞2015年09月11日 4面

COMMENT

明豊
執行役員デジタルメディア局長 DX担当

長年、東急沿線に住む一人として東急に対するシンパシーがあるのと同時に歯がゆさもある。最近は相互乗り入れも増え、かつてに比べ「TOKYU」のブランドも毀損したように感じる。彼なら今の渋谷再開発でどのような手腕を発揮しただろうか。

関連する記事はこちら

特集