定着したスタートアップ×大企業、「出口」への課題は?
スタートアップと大企業の連携が広がっている。スタートアップが技術やビジネスプランを売り込むピッチイベントは頻繁に開かれ、事業会社の投資額はベンチャーキャピタル(VC)を上回る。日本の大企業にとってスタートアップとの連携は一般的な事業活動として定着した。一方でイグジット(出口戦略)はM&A(合併・買収)が1割程度にとどまる。関係は深まっているはずが、出口にはまだつながっていない。課題を探った。(取材・小寺貴之)
課題解決 成長のチャンス
「事業会社は関係が深まるならと出資してくれる。回収期限のあるVCよりも柔軟に資金を使える」とプリファード・ネットワークス(PFN、東京都千代田区)の西川徹社長は目を細める。以前VCから強引なイグジットを求められ、PFNではVCの資金は遠慮してきた。トヨタ自動車やファナックなどの業界大手から出資を受け人工知能(AI)の技術開発に打ち込む。
JR東日本スタートアップ(東京都新宿区)の柴田裕社長は「投資でもうけたいわけではない。出資は我々の課題を解決する手段」と強調する。INCJ(旧産業革新機構)は事業会社と出資することで、投資額を増やしつつスタートアップの事業を広げる支援を展開する。志賀俊之会長は「ベンチャーエコシステム(協業の生態系)を育てる上で大企業との連携は重要なピース」と強調する。
INCJはリコーとスタートアップの社内展示会を開いた。INCJの投資先とリコーの現場課題を事前にすり合わせ、展示会スタイルで約300人のエンジニアにスタートアップの技術をみせる。INCJの土田誠行専務は「スタートアップの技術に大手の技術者が触れることが大切」。課題に即して具体的なソリューションを練れる。そして「業界の共通課題を解けばスタートアップが大きく育つチャンスになる」(土田専務)。参加したArchiTek(アーキテック、大阪市西区)の藤中達也取締役は「当然引き合いはいい。来年試作チップができたらすぐに届ける」と目を細める。
出会い ピッチ・セミ活発
出会いの機会は増えている。新生キャピタルパートナーズ(東京都港区)の栗原哲也パートナーは「毎週のように大企業とスタートアップを引き合わせるピッチやセミナーが開かれる。業界単位でまとめるなど、出会いの効率化も必要だ」と指摘する。近年、活発なのがテック系スタートアップとサービス系大企業の組み合わせだ。大企業のビジネスインフラを使って新しいサービスを試したり、新技術で既存サービスを効率化したりする。
例えば、三井不動産は東京大学などと「アジア・アントレプレナーシップ・アワード」(AEA)を開いている。2019年大会は敗血症検査のシンガポールのスタートアップが優勝した。千葉県柏市の柏の葉エリアを実証フィールドにして事業開発を進める。18年大会で入賞したヒラソル・エナジー(東京都文京区)は同地区で太陽光パネルの保守の試験運用を始める。三井不動産の西林加織主事は「AEAでもうけようとは考えていない。柏の葉にイノベーションが起こるエコシステムを作る」という。
三菱地所もロボットやAIなどのスタートアップと協業する。東京・丸の内エリアを実証フィールドとして提供。DX推進部の渋谷一太郎統括は「我々は不動産の価値向上を狙う。スタートアップは丸の内で実証すれば、日本のオフィス街に水平展開できる」と説明する。バイエル薬品はマッチングプログラム「G4Aディールメーカー」として協業を募る。19年度はハカルス(京都市中京区)など6社と共同プロジェクトが決まった。同社とはAIを用いたMRI画像診断支援ツールを開発する。ハカルスの藤原健真社長は「バイエルの医療画像データを活用できる点が大きい。我々は開発後の事業の利益配分まで提案する。経営のコミットが大切」と話す。
一方でスタートアップが大企業の細かな課題に注力し、自社製品やサービス開発が遅れると問題だ。あらゆる業界でAI活用やデジタル変革(DX)が叫ばれているものの、スタートアップが大企業の受託開発やDX代行に明け暮れると、次のプラットフォーマーやユニコーンにはなれないかもしれない。
世界市場へ共に
日本の大企業は大学の技術を共同研究という最も安い形で獲得してきた。テック系スタートアップと共同開発を進め、プロジェクトが終わると通常の調達や購買プロセスに乗せることが多い。営利組織として当然の判断だが、コストの小さな共同研究や共同開発として技術が獲得されている可能性がある。
東京大学の松尾豊教授は「大企業のDX支援は堅実に稼げる。巨大な社会課題に大きく投資して世界市場を目指すスタートアップが少ない」と指摘する。投資家の孫泰蔵氏は「日本はスタートアップにとって特殊な環境。日本に最適化されたビジネスは世界で通用しない。それを自覚し外に出て学ぶ必要がある」と説く。ある電機大手幹部は「中国のEMSより手厚い製造支援ができるわけではない。我々がEMSに頼っている」と明かす。日本の強みを見つめ直す必要がある。
試みはある。一つは製造業のサービスシフトだ。大手のSaaS(サービスとしてのソフトウエア)にスタートアップのサービスを載せると、初めから見込み顧客を確保できる。
リコーの本多正樹デジタルビジネス事業本部長は「サブスクリプション(定額制や従量課金)モデルは(顧客を囲い込む)ベースとなるサービスが必要。大手が提供すれば初期投資を抑えられる」と説明する。
バイエルと組む利点はグローバル展開だ。バイエル薬品オープンイノベーションセンターの高橋俊一センター長は「日本で実績を作り、モデルをグローバルに広げる。初めからグローバル市場に挑戦するのは大変。一緒にステップを重ねる」と力を込める。
スタートアップの提案の数を集める段階から、ともに大きくなる協業を示す段階にある。