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ノーベル化学賞の「リチウム電池」は生活をどう変えたか

ノーベル化学賞の「リチウム電池」は生活をどう変えたか

電池走行中のN700S確認試験車(JR東海)

 旭化成の吉野彰名誉フェローがリチウムイオン二次電池(LiB)の実用化への貢献でノーベル化学賞の受賞が決まった。吉野名誉フェローが1983年に原型を創出したLiBは、モバイル機器や電動車などの中核技術として社会を大きく変えてきた。公共交通や住宅、電力といった分野での活用も広がっており、私たちの「生活」を支えるインフラとして定着している。

鉄道 環境に優しく、災害に強く


 鉄道分野では、材料開発に伴う電池容量の増加に加え、低損失のパワー半導体など周辺技術の革新、コスト低減で採用する効果が高くなっているため、LiBの普及が進んでいる。メンテナンス軽減や電化条件を問わない柔軟な運行を実現。環境に優しく、災害に強い鉄道への進化を下支えしている。

 蓄電池で駆動する電車はJR東日本の烏山線(栃木県)、男鹿線(秋田県)、JR九州の筑豊線・香椎線(福岡県)で運行中。気動車に比べて環境性能が優れ、電車とも部品が共通化できるため、メンテナンス性も良い。

 気動車に蓄電池を組み合わせたハイブリッド車も広がる。JR東の仙石東北ライン(宮城県)では主力。電化・非電化を問わず走行でき、出発時に煙を出さないことから、クルーズトレインや観光用列車に採用される。

 非常用電源として電車搭載も始まった。東京メトロが地下鉄・銀座線や丸ノ内線で搭載車両を拡大。JR東海・東海道新幹線の次世代車両「N700S」や、JR東・横須賀・総武線の次期車両「E235系」でも搭載を予定。大規模災害で停電が発生して駅間で列車が停車しても、次の駅まで自力走行して乗客の速やかな避難、安全確保を実現できる。

 電力設備でも蓄電池を使った回生電力貯蔵装置の設置が増えている。電車減速時に発生した回生電力を一時的にためて、加速しようとする近くの電車に供給して消費電力量を抑える。回生電力の有効活用とともに、停電時には駅間で停車している列車に電力を送り、近くの駅まで走行させることも可能だ。

住宅 エネルギー自給自足実現


 LiBは住宅の蓄電用途にも広がる。セキスイハイムを手がける積水化学工業は、太陽光発電とエネルギー管理、蓄電の3システムを「エネルギー自給自足の暮らし」を実現する柱に据える。再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(FIT)の適用を外れ自宅での利用に切り替える例に加え、レジリエンス(復元力)強化の仕組みとしても注目だ。

積水化学工業のレジリエンス機能を強化したスマートハイム

 2018年夏に発生した地震や台風は、全国で停電被害をもたらした。復旧に最大120時間を要した地域があった一方、停電地域で“3点セット”を搭載した住宅は約8%の約1390戸で蓄電システムが稼働。定置型蓄電池で最大3日、電気自動車と住宅で電力を相互供給する「V2Hシステム」では13時間にわたり空調や給湯器まで使えたという。

 同社の担当者は「蓄電システムを備えた住まいの有用性を証明できた」と自信を示す。同社では平時・災害時とも電気を有効活用できる強みを訴求。20年3月までに、蓄電池システムで使うフィルム型LiBの生産能力を約1万棟分に高める。

電力 分散型システムに不可欠


 LiBは、太陽光発電など再生可能エネルギーの普及に欠かせない。火力や原子力など発電所から届く電力だけに頼るのではなく、住宅や企業が太陽光などで発電した電力を蓄電池や電気自動車(EV)にためて活用する分散型システムは、LiBがあってこそ成り立つ。

 太陽光は時間帯や気象で発電量が変動するため、発電した電力をLiB内蔵の蓄電池やEVにためる。住宅や企業が消費するだけでなく、余った電力を電力網に送り、電力が足りない場所で使ってもらう。この仕組みをバーチャルパワープラント(VPP)と呼ぶ。

 現在、全国各地で実証実験が進んでおり、東京電力ホールディングス(HD)は三菱自動車などとEVなど59台を活用して実証中。関西電力、東北電力など、電力各社がこぞって取り組んでいる。太陽光発電やEVが本格普及とともにVPPが実用化すれば、発電所に依存しない分散型システムを構築。災害に強い電力システムにつながる。
日刊工業新聞2019年10月11日

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