VWとの提携解消―スズキ“3つの誤算”と修会長のこれからの勝算
約40年に及ぶ経営者人生最大級の決断に
スズキと独フォルクスワーゲン(VW)の約4年にわたる仲裁裁判が決着した。スズキは希望通り株の買い戻しに成功したが、VW側も株売却による利益を得る。さらにスズキ側の一部契約違反に対する損害賠償請求も可能とあり、両社”痛み分け“になった格好だ。スズキの誤算はどこにあったのか。”VW後“はどこへ向かうのか。
「いろいろ異質な企業がある。まだ経験不足だった」。30日に都内で開いた会見で鈴木修会長は率直に反省を口にした。数々の修羅場をくぐり抜けてきたカリスマ経営者だが、VWとの提携では三つの誤算があった。
●TOBの危機にさらされる出資比率
一つ目はVWの出資比率だ。自らの”持論“を曲げ、VWの出資比率を19・9%とした。この比率は相手が敵対した場合、TOB(株式公開買い付け)の危機にさらされる。
「株の持ち合いは名刺代わりの数%か、過半数持って子会社化するかどちらか」。鈴木会長は米ゼネラル・モーターズ(GM)が経営難でスズキ株を放出した時、こう”持論“を展開していた。
しかし、VWとの提携ではこのセオリーを踏襲しなかった。「GMから買い戻した株とほぼ同数で、連結対象の20%を避けた」(鈴木会長)結果が19・9%。結果的にこの出資比率が関係をこじらせ、解消を難航させた。
●VWの提携への姿勢
二つ目はVWの提携にかける姿勢だ。GMとの提携では鈴木会長とリック・ワゴナー前CEO(最高経営責任者)が家族ぐるみで付き合い、人間関係を築いた。約20年にわたる提携で大きな成果はなかったが関係者は「それこそが会長の狙いであり外交手腕」という。スズキは資本的にGM傘下で後ろ盾を得ながら、経営の独自性を貫くことを許された。
一方、VWはもっと現実的だった。提携が進まない中、両社はリスクの少ないインドでのOEM(相手先ブランド)供給など妥協点を探った時期もあった。しかしVWが11年春に出した年次報告書で「(スズキは)財務上、経営に重大な影響を与えることができる会社」と表記すると「イコールパートナー」を強調していた鈴木会長が激怒。社内にも「このままではVWに乗っ取られる」と不信感が広がった。
同時期にスズキは伊フィアット(現フィアットクライスラー)からディーゼルエンジンを調達する方針を決定。両社の溝は一層、深まった。
●裁判で時間がかかり買い戻し価格上昇
誤算の三つ目は仲裁裁判に想定外の時間がかかったこと。スズキを一代で世界的自動車メーカーに育て上げた鈴木会長も85歳。VW問題に決着をつけてから、長男の俊宏氏に社長を譲る予定だった。しかし申し立てから3年半が過ぎた6月末に、「これ以上待てない」(鈴木会長)と社長交代を発表した。
裁判に時間がかかったことで結果的にスズキ株が上昇し”離婚“の代償は高くついた。譲渡時の2倍以上の額で買い戻すことになり、その額は5000億円規模の見込みだ。
今回の仲裁判断で、”VW支配“の懸念は遠ざかった。と同時に今後、スズキが自動車業界再編の台風の目となりそうだ。スズキは成長市場のインドで圧倒的なシェアを占めるが、米国など安定市場から撤退しており、他の自動車メーカーと比べ新興国リスクが高い。巨額の投資が必要な環境技術や、自動運転などの先端技術開発を単独でやっていけるかという懸念も残る。
鈴木会長は会見で「自立して生きていくことが前提」と述べたが”名刺代わり“の緩やかな提携に動く可能性はある。スズキには以前からフィアット(現FCA)が秋波を送る。「弱い者が集まってもダメ」(同)との持論から、創業家同士のつながりもあるトヨタ自動車との連携のうわさも絶えない。VW問題が決着し、鈴木会長が投じる次の一手が、約40年に及ぶ経営者人生最大級の決断となりそうだ。
≪合従連衡がトレンド、スズキの小型車は魅力?≫
合従連衡は今や自動車業界のトレンドだ。「グローバルで競争するには特定の技術や市場や商品を省くわけにはいかない。特に中小規模メーカーは(どこかと組まざるを得ない)ニーズがある」。カルロス・ゴーン日産自動車社長は合従連衡の背景をこう指摘する。
トヨタ自動車とマツダが提携拡大を5月に発表し、ホンダも米ゼネラル・モーターズ(GM)と燃料電池車(FCV)の開発で提携。日産は仏ルノー、独ダイムラーと3社間で協業を拡大している。
環境技術、安全技術、新興国攻略を軸に自動車業界のグローバル競争は激しさを増す。研究開発費は増加傾向にあり、1社単独でまかなうのは困難だ。
スズキはとりあえず自立の道を選択した。しかし、トヨタやVWが年間販売1000万台規模で競り合う中、スズキの世界販売は同300万台程度。スズキも合従連衡の流れに逆らうことは難しい。
ある日系大手自動車メーカー幹部は今回の提携解消を受けて「インドや小型車で強みを持つスズキは魅力的な会社」と話す。スズキを巡って業界の合従連衡が進展しそうだ。
(文=田中弥生、池田勝敏)
「いろいろ異質な企業がある。まだ経験不足だった」。30日に都内で開いた会見で鈴木修会長は率直に反省を口にした。数々の修羅場をくぐり抜けてきたカリスマ経営者だが、VWとの提携では三つの誤算があった。
●TOBの危機にさらされる出資比率
一つ目はVWの出資比率だ。自らの”持論“を曲げ、VWの出資比率を19・9%とした。この比率は相手が敵対した場合、TOB(株式公開買い付け)の危機にさらされる。
「株の持ち合いは名刺代わりの数%か、過半数持って子会社化するかどちらか」。鈴木会長は米ゼネラル・モーターズ(GM)が経営難でスズキ株を放出した時、こう”持論“を展開していた。
しかし、VWとの提携ではこのセオリーを踏襲しなかった。「GMから買い戻した株とほぼ同数で、連結対象の20%を避けた」(鈴木会長)結果が19・9%。結果的にこの出資比率が関係をこじらせ、解消を難航させた。
●VWの提携への姿勢
二つ目はVWの提携にかける姿勢だ。GMとの提携では鈴木会長とリック・ワゴナー前CEO(最高経営責任者)が家族ぐるみで付き合い、人間関係を築いた。約20年にわたる提携で大きな成果はなかったが関係者は「それこそが会長の狙いであり外交手腕」という。スズキは資本的にGM傘下で後ろ盾を得ながら、経営の独自性を貫くことを許された。
一方、VWはもっと現実的だった。提携が進まない中、両社はリスクの少ないインドでのOEM(相手先ブランド)供給など妥協点を探った時期もあった。しかしVWが11年春に出した年次報告書で「(スズキは)財務上、経営に重大な影響を与えることができる会社」と表記すると「イコールパートナー」を強調していた鈴木会長が激怒。社内にも「このままではVWに乗っ取られる」と不信感が広がった。
同時期にスズキは伊フィアット(現フィアットクライスラー)からディーゼルエンジンを調達する方針を決定。両社の溝は一層、深まった。
●裁判で時間がかかり買い戻し価格上昇
誤算の三つ目は仲裁裁判に想定外の時間がかかったこと。スズキを一代で世界的自動車メーカーに育て上げた鈴木会長も85歳。VW問題に決着をつけてから、長男の俊宏氏に社長を譲る予定だった。しかし申し立てから3年半が過ぎた6月末に、「これ以上待てない」(鈴木会長)と社長交代を発表した。
裁判に時間がかかったことで結果的にスズキ株が上昇し”離婚“の代償は高くついた。譲渡時の2倍以上の額で買い戻すことになり、その額は5000億円規模の見込みだ。
今回の仲裁判断で、”VW支配“の懸念は遠ざかった。と同時に今後、スズキが自動車業界再編の台風の目となりそうだ。スズキは成長市場のインドで圧倒的なシェアを占めるが、米国など安定市場から撤退しており、他の自動車メーカーと比べ新興国リスクが高い。巨額の投資が必要な環境技術や、自動運転などの先端技術開発を単独でやっていけるかという懸念も残る。
鈴木会長は会見で「自立して生きていくことが前提」と述べたが”名刺代わり“の緩やかな提携に動く可能性はある。スズキには以前からフィアット(現FCA)が秋波を送る。「弱い者が集まってもダメ」(同)との持論から、創業家同士のつながりもあるトヨタ自動車との連携のうわさも絶えない。VW問題が決着し、鈴木会長が投じる次の一手が、約40年に及ぶ経営者人生最大級の決断となりそうだ。
≪合従連衡がトレンド、スズキの小型車は魅力?≫
合従連衡は今や自動車業界のトレンドだ。「グローバルで競争するには特定の技術や市場や商品を省くわけにはいかない。特に中小規模メーカーは(どこかと組まざるを得ない)ニーズがある」。カルロス・ゴーン日産自動車社長は合従連衡の背景をこう指摘する。
トヨタ自動車とマツダが提携拡大を5月に発表し、ホンダも米ゼネラル・モーターズ(GM)と燃料電池車(FCV)の開発で提携。日産は仏ルノー、独ダイムラーと3社間で協業を拡大している。
環境技術、安全技術、新興国攻略を軸に自動車業界のグローバル競争は激しさを増す。研究開発費は増加傾向にあり、1社単独でまかなうのは困難だ。
スズキはとりあえず自立の道を選択した。しかし、トヨタやVWが年間販売1000万台規模で競り合う中、スズキの世界販売は同300万台程度。スズキも合従連衡の流れに逆らうことは難しい。
ある日系大手自動車メーカー幹部は今回の提携解消を受けて「インドや小型車で強みを持つスズキは魅力的な会社」と話す。スズキを巡って業界の合従連衡が進展しそうだ。
(文=田中弥生、池田勝敏)
日刊工業新聞2015年09月01日 自動車面