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アマゾンの「DeepRacer」日本大会、優勝は強化学習1カ月の“AI初心者”

DNPが表彰台独占、企業が教育の場に活用で想定以上の結果に
アマゾンの「DeepRacer」日本大会、優勝は強化学習1カ月の“AI初心者”

表彰台はDNPからの参加者が独占した

 米アマゾンウェブサービスの人工知能(AI)技術で自律型ラジコンを走らせる「AWSディープレーサーリーグ」の日本大会で大日本印刷(DNP)が1位から3位に入り、表彰台を独占した。世界のトップ5の内3人がDNPの人材になる。世界1位に輝いたのはAIを勉強し始めて1カ月の“AI初心者”だ。大企業が競技会を教育の場として活用し、想定以上の結果が出た。(取材・小寺貴之)

195人が参戦


 「日本大会でAIに力を入れていることを示せた。世界大会ではトップのAI人材と切磋琢磨してきてほしい」とDNP情報イノベーション事業部C&Iセンターの佐藤邦光センター長は顔をほころばせる。AWSディープレーサーリーグは大手通信や電機、ソフトウエア開発会社などから195人が参戦し、大人が本気でラジコンの自律走行AIを開発した。DNPは日本大会の表彰台を独占し、20人中7人が入った。

 世界ランキングでも1位と2位、4位はDNPの人材だ。外国の人がAIで急伸した企業としてDNPに注目し、社名を検索すると印刷の会社であることに驚くことになる。

 DNPは印刷物からソフトウエア、材料、電子部品まで、広義のインターフェースを作る会社だ。幅広く新事業開発を進めている。AWSディープレーサーはAIを学ぶ機会として捉え、社内で約80人の勉強会を運営してきた。

 DNPのC&Iセンターシステムプラットフォーム開発本部の河西正樹本部長は「新しい領域に出ていく上でAIは必須技術。勉強会では互いに教え合う。新しい技術をみなで学ぶチームができた」と振り返る。
             


世界記録を更新!


 結果は出た。世界1位に輝いたのはAIを始めて1カ月のAI初心者だ。DNPデジタルソリューションズの瀧下初香さんは「AWS自体さわったことがなかった。社内勉強会に参加したのが約3カ月前。AWSで強化学習をさわり始めたのが1カ月前。なぜか優勝してしまった」と振り返る。
 自律走行AIには安全運転を教え込んだ。強化学習ではコースの中心をできる限り走るように訓練した。瀧下さんは「コースアウトしないよう保守的なモデルを作った。素直な運転を学習させ、タイムを狙ってはいなかった」と説明する。それでも一周7・440秒と世界記録を更新した。

 DNPの躍進の裏にはチームの力がある。4月のシンガポール大会に2人を送り込み、レースで実践を重ねていた。日本大会で他の参加者が苦しんだのはシミュレーションと実機の差異だ。日本では実機のAWSディープレーサーが販売されておらず、ほとんどの参加者が会場で初めて実機にAIを実装した。シミュレーションで学習した通りには走れず、コースアウトが多発した。大阪から参戦したソフトウエア開発会社の一人は「スピードを上げると、どうしても車体が暴れる。本番前に実機があれば調整できたのに」と悔やんだ。

 DNPはシンガポール大会で実機の難しさを知り、共有し、強化学習に反映させていた。河西本部長は「実機の差異について把握しておいたことが大きかった」と振り返る。

優勝者はラスベガス大会に


 アマゾンウェブサービスジャパン技術統括本部の瀧澤与一本部長は「レースをきっかけにAIを学ぶ技術者が増えた。そして企業として人材育成に取り組むと効果がより大きくなる」と指摘する。AWSのユーザー企業でAI人材の育成が進み、AI開発やデータ処理の環境としてAWSが選ばれれば長期的にユーザーが増える。

 瀧下さんは日本代表として米ラスベガスの世界大会に招かれる。世界のAI人材と肩を並べてレースに参加する。瀧下さんは「まだまだ勉強し始めたばかりの私がAI人材といったら他の人に申し訳ない」と謙遜する。それでも世界大会ではトップ人材たちとのつながりを築き、DNPとAIベンチャーなどとのパートナーシップのきっかけをつくる役割が期待される。

 パートナーシップについて瀧下さんは「((世界記録で)注目されただけでもレース中は緊張で大変だったのに」ととまどう。それでも「ここまでチームでやってきた。助けてもらうことは多いと思うが、なんとか期待に応えていきたい」と気を引き締める
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小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 アマゾンはピッキングチャレンジやロボティクスチャレンジ、ディープレーサーなど競技会を上手に使う企業です。ロボット分野では競技会で優秀だったチームを自社に取り込みました。ディープレーサーはチーム戦ではなく個人戦にして参加のハードルを下げ、AI開発者のコミュニティーを広げています。なかなか日の当たらないエンジニアにとってはAIを学びつつ、世界に名を売るチャンスです。レースを通してAWSに親しめばアマゾンとしてはユーザーが増えます。  日本は職を持ったエンジニアが多く、個人の名を売るために参加する人が米国よりは多くありません。そこに大企業が人材育成の起爆剤にこのレースを活用しました。プラットフォーマーがユーザー企業の業態転換やデジタル変革を促す手段として競技会を機能させるのは面白い試みになります。そこに表彰台独占という結果がついてきたのは本当によかったなと思いました。

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