タイプライターメーカーの倒産、日本の製造業がたどった軌跡と重なる

中島オールプリシジョン、時代の変化へ懸命に対応してきたが…

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 かつてタイプライターメーカーとして広く知られた中島オールプリシジョンは、1923年に創業した。第2次世界大戦期にはミシンの製造を営んでいたが、60年代中頃にタイプライター工場を長野に設立して以降、企業規模を拡大。80年代には北米に進出を果たし、販売を担う中島オール、不動産管理を行う太平日産とともに業績を伸長させ、プリシジョン社は84年12月期には年売上高約397億円をあげていた。

 90年代にはインドネシアにも拠点を設け、欧米各国や東南アジアなど約30カ国に販売代理店を展開し、40―50カ国語を扱うようになった。80年代中頃からはワープロやパソコンの普及で製造ノウハウを生かしたOA機器類のEMS事業(電子機器の受託生産)に活路を見いだす。高品質・高精度・低コストの生産体制で、評価を得ていた。

 しかし、リーマン・ショックを機に、主要大手顧客が生産拠点を海外へ移し、EMS事業の大型案件が徐々に減っていった。加えて、極端な円高により多額の為替差損が発生。金融機関から勧められたデリバティブ取引で、急激な円高から多額の損失を被り資金繰りが逼迫(ひっぱく)。2011年には金融機関に対しリスケジュールを要請する事態に発展した。

 その後もインドネシア子会社からの資金融通でなんとか事業を継続していたが、同子会社も人件費等の高騰が収益を圧縮し、昨年末には操業をいったん停止していた。今年1月25日以降の資金調達が困難となり、中島オールプリシジョンは、関係会社の中島オール、太平日産とともに31日に再生手続き開始決定を受けた。

 時代の変化へ懸命に対応を図り、全社一丸となって経営維持に努めてきたプリシジョン社の96年の歴史は、日本の製造業者がたどった軌跡に多く当てはまるだろう。
(文=帝国データバンク情報部)
<企業概要>
中島オールプリシジョン(株)
住所:東京都中央区日本橋箱崎町25―7
代表:後藤宏文氏
資本金:3000万円
年売上高:約16億8300万円(18年7月期)
負債:約11億3783万円(3社合計で約48億5298万円)

日刊工業新聞2019年5月28日

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