「透明マント」現実に!憧れのテクノロジーが実現する日は遠くない

人工物質「メタマテリアル」、3次元構造で光操る

  • 0
  • 0
米デューク大が開発したマイクロ波領域のメタマテリアル(米デューク大提供)
 100年以上前に書かれたH・G・ウェルズの小説『透明人間』から、体に巻くだけで透明人間になれる映画『ハリー・ポッター』の“透明マント”まで、自らを透明にするという魔法はたびたびサイエンスフィクション(SF)に登場してきた。人類が昔から空想し、憧れてきたこのテクノロジーが今、まさに実現されようとしている。最先端科学が実現した、光を自在に操る人工物質「メタマテリアル」がその魔法を解き明かす。
 
 【負の屈折率】
 メタマテリアルは日本語で「超越した物質」の意味を持つ。光を人工的に操り、自然界には存在しない特性を持たせた物質のことをいう。例えば、屈折率が「負」になる物質だ。屈折率は誘電率と透磁率で決まり、光がある物質中を進む時の抵抗の大きさを表す。空気を1とすると、水は1・33、ガラスは1・50前後。物質によって値は異なるが、自然界の物質はすべて正の屈折率を持つ。

 だが、メタマテリアルを使って誘電率と透磁率を操ると、負の屈折率も実現できる。仮に屈折率が負の液体があったとすると、そこでは光が「逆戻り」するという奇妙な現象が起こる。

 そんな光の常識を打ち破る物質が近年、実際に開発されつつある。2000年ごろから、負の屈折率を持つ物質の可能性を示す論文が欧米で発表され始めた。「透明マントが実現できるかもしれない」と世界を驚かせたのが、英インペリアル・カレッジ・ロンドンのジョン・ペンドリー教授らが06年に米サイエンス誌に発表した理論だ。「特殊な屈折率を持つメタマテリアルで物体を覆えば、その物体は透明になったように見える」。メタマテリアルを使って、物体の背後から来る光をその物体で遮られないように迂回(うかい)させれば、我々の目には物体が存在しないように映るというのだ。

 その後、米デューク大学などがマイクロ波(マイクロは100万分の1)を迂回させるメタマテリアルを開発。米カリフォルニア大学のグループは、可視光と近赤外線で負の屈折率を示すメタマテリアルを作製した。しかし、これらのメタマテリアルは2次元構造を積み重ねてコイル状にしているため、特定の方向にしか光を曲げられない。3次元構造のメタマテリアルが実現すれば、光をあらゆる方向に曲げられるようになる。
 
 【形の加工が重要】
 これを可能にしたのが、理化学研究所の田中拓男准主任研究員らのグループだ。田中氏はもともと光学顕微鏡の専門家で、光を操るエキスパートだった。09年、田中氏らは光を使って金属をナノメートル寸法(ナノは10億分の1)の3次元構造に加工することに成功。3次元構造のメタマテリアルを世界に先駆けて作製した。同グループはそれまでも、可視光域で負の屈折率を持つ材料や、光を全く反射しない材料など、特徴あるメタマテリアルを開発してきた。光を使った3次元加工の実現により、光学の新たな可能性が切り開かれることになった。

 ある物質に自然界には存在しない特徴的な光学特性を持たせるには、材料選びよりも形の加工が重要だ。既存の微細加工技術は平面状の加工しかできない。しかし、金属をナノ寸法で自在に3次元加工できるようになれば、半導体デバイスの3次元配線や、心臓血管の狭窄(きょうさく)部を支えるステントなどの産業応用が開ける。最近、田中氏は3次元構造の金属を大量に作製する技術を開発した。電子ビームでトップダウン的に作る従来の微細加工技術に、自発的に構造を形成する物質の「自己組織化」の性質を利用したボトムアップ製法を組み合わせた。「3次元加工を早く大量に行えるため、工業製品に応用できる」と期待する。

 「透明マントの実現」という話題性で注目を集めたメタマテリアル研究。「新しい物性を探す基礎研究から、『どう実用化するか』という応用段階に入ってきた」と田中氏は言う。田中氏はDVDの100万倍以上の容量を持つペタバイト級(ペタは1000兆)の大容量光メモリーの開発なども進める。そのほか、原子を観察する光学顕微鏡や伝送ロスの少ない光ファイバー、極薄のメガネレンズ、高感度センサーや高効率太陽電池への応用も見込む。
 
 【夢物語ではない】
 メタマテリアルは光からマイクロ波までの領域で実現可能な人工物質だ。光に比べ、マイクロ波やテラヘルツ波(テラは1兆)領域は構造を設計しやすく、比較的実用化が近い。山口大学の真田篤志教授らは豊田中央研究所と共同で、マイクロ波デバイスとなるメタマテリアルを開発。広角度のビーム走査が可能な安価な車載用の衝突防止レーダーとして実用化を目指す。大阪大学の萩行正憲教授らは、「金属だけでなく、誘電体や半導体、超電導体など多様な物質を利用できる」という特徴を持つ、テラヘルツ波領域のメタマテリアルを現在開発中だ。

 デバイスメーカーもメタマテリアルに着目する。NECは特定の周波数帯のノイズを遮り、電磁干渉を減らす電磁バンドギャップ(EBG)構造の回路基板を開発。世界で初めてEBG構造を実用化し、小型かつ高速なWi―Fiホームルーターとして製品化した。EBG構造はメタマテリアルの一種とされ、微細なその構成でノイズの伝播を抑える新たな手法として、近年、産業界で注目されていた。OKIなどもEBG構造の開発を進めている。
 
 『透明マントの設計法』と題した論文も出版している真田教授は、「実際に透明マントを作ることはすでに可能だ。我々はマイクロ波帯でその動作を実験的に確認している」と話す。研究は今後、マイクロ波領域から光領域へ進み、「透明マントだけでなく、透明カーペットやイリュージョンマントなどにまず応用されるだろう」と展望する。昔から人類が思い描いてきた透明マント。もはや“夢物語”ではなくなっている。

日刊工業新聞2014年08月12日 科学技術・大学面

COMMENT

栗下直也
デジタルメディア局
編集委員

文系脳の私には難しい世界ですが、ワクワクする話です。犯罪には使わないように。

関連する記事はこちら

特集