「AI開発は誰でもできる」…電機大手を難局に陥れるオープン化の波
技術コンサルを生業としてきたAIベンチャーも価格競争に巻き込まれる可能性
IoT(モノのインターネット)が人工知能(AI)技術の主戦場になった。電子基板製造会社や組み込みソフト開発会社、システムインテグレーターなどがAIに参入している。オープンな開発環境が整い画像認識や人物検出は簡単にできるようになった。展示会のデモだけをみると、AI技術に投資してきた日本の大手に、中堅・中小企業が追いついたかのようだ。技術コンサルを生業としてきたAIベンチャーも価格競争に巻き込まれる可能性がある。
「技術がオープンな時代なので、みな同じ提案になる」とV―net AAEON(横浜市港北区)の伊勢友美執行役員は苦笑いする。同社は組み込み機器の電子基板を販売する。いわゆる“基板屋”だが、展示会ではAIによる人物認識や車両認識などを披露する。伊勢執行役員は「基板だけを紹介していても売れない。何ができるかAIのアプリを見せないと」と狙いを説明する。米NVIDIAのGPUモジュール「ジェットソン」や米インテルのAIチップ「インテルモビディアス・ミリアド」が載った基板を提案しながら、それぞれAIを動かして認識精度の高さを披露した。
だが他の展示ブースでも似たような展示が相次いだ。歩行者や車両の検出、顔から性別や年齢の推定など、画像処理AIがいくつも並ぶ。オープンソースなどの開発環境が整い、AI開発のハードルが下がったためだ。1―2年前に大手電機メーカーが披露していたデモとそっくりなデモが中堅・中小企業のブースに並んでいる。
V―net AAEONはインテルのAI開発環境「OpenVINO」(オープンビノ)を利用した。伊勢執行役員は「AI開発は誰でもできる。我々は電子基板を長期的に安定供給して産業用機器を支えていく」と力を込める。
産業用機器はパソコンなどの民生品と比べて使用期間が長い。一度設置されると5―10年は使われ、部品供給を止められない。周辺機器を含めてサポートしていく。
エイビット(東京都八王子市)はAI搭載の警報機を開発した。工事現場などでヘルメットのかぶり忘れや大型トラックを検出したら警報を鳴らす。AIチップはモビディアスを採用した。檜山竹生社長は「AI技術そのものはウリにならない。ユーザーが購入できる価格帯で、簡単に使える製品に仕上げないと」と指摘する。
同社はPHSなどの通信機器メーカーだ。省電力通信技術に画像認識AIを組み合わせて製品化した。
ソフトウエア開発会社も攻勢をかける。日本システムウエアは人物検出AIで自動交通量計測システムを開発。通過人数のカウントだけでなく、指定エリアの滞留人数や立ち入り禁止区域への侵入検出なども可能だ。画像処理AIを使った自動検品システムなど、AI開発のフィージビリティースタディー(事業化調査)は200万円からだ。Sky(大阪市淀川区)はオープンに提供されている「YOLO」や「ResNet」を利用し物体検出や画像分類などを提案する。会議室の室内カメラと人物検出AIを組み合わせ、会議室の利用管理システムを開発した。
富士ソフトはハードの選定を含めてAIシステムの受託開発を広げる。八木聡之執行役員は「AI開発事業は2018年は約4億円、19年度は10億円に引き上げる」と掲げる。最近はAIベンチャーからの仕事の依頼が増えた。ベンチャーにとってAIの学習済みモデルを開発した後の、周辺システムの構築や既存システムとの接続、保守サポートは小さな組織では対応し切れない。だが周辺部分の開発もAI技術に通じていないと難しいため、ベンチャーとの開発が増えている。
NVIDIAやインテル、グーグルなどから、AIチップや開発環境がオープンに提供されて技術の更新も速いが、その時々で「最もリーズナブルなものを選ぶ」(八木執行役員)方針だ。富士ソフトエンベデッドプロダクト事業推進部の薬師寺秀徳商品開発室長は「組み込み機器に載せる際に、結局CPUを選ぶ顧客が多い。次がGPU(画像処理半導体)で、FPGA(プログラム可能なLSI)はほぼいない」という。グーグルのAIチップ「TPU」は「性能は間違いない。制約次第」と指摘する。ハードは一通り吟味し、顧客が載せたいAIのサイズや処理速度に応じてハードの構成を変えて提案する。AIの開発環境からチップまで過当競争がおきかねない状況だ。薬師寺室長は「ハードは何でもいい世界になる。システム構築を含めてソリューションを提案できるかが勝負になる」という。
難しい局面に立つのがAI技術に投資してきた日本の電機大手や、技術コンサルを生業としてきたAIベンチャーだ。電機大手の担当者は「自社でAI人材を抱える小売り大手は、少し手伝えば自力で解決してしまう。独力ではできない顧客は技術を安く提供しないと買う力がない」と嘆く。高い授業料を払ってきた大手が独り立ちを始めている。
技術コンサルを生業としてきたAIベンチャーも転換点にある。ディープラーニングなどのAI技術は事前に性能を保証できないことが広く知られている。顧客もそれを理解していたため、受託開発の性能目標を満たせなくても後腐れがなかった。ソフト開発としては魅力が大きく参入が増えた。開発単価が下がりかねない環境で、これからAIを導入する企業は丸投げできる相手を求めている。
Ridge―i(リッジアイ、東京都千代田区)の柳原尚史社長は「19年は間違いなく淘汰(とうた)が始まる。じゃぶじゃぶな予算で成立してきた会社は倒れる」と予想する。経営者が東京大学のAI研究室出身であることをウリにした学生ベンチャーもある。そしてベンチャーも後発組も素人目には同じような技術を掲げている。柳原社長は「実績で評価するしかない。コンサルや開発を経て相手の製品に組み込まれ、ライセンス収入を採れているかが一つの指標になる」という。リッジアイは荏原製作所の製品に採用された。荏原事業開発推進部の杉谷周彦担当部長は「トップレベルのAI人材と一緒に開発するなら、あと5―10年は密に連携するのが現実策」とリッジアイへの出資を決めた。先端技術の優位性や受託開発の単価など、AI市場は不安定性を抱えた状態で淘汰が始まる可能性がある。
(文=小寺貴之)
電子基板 周辺機器もサポート
「技術がオープンな時代なので、みな同じ提案になる」とV―net AAEON(横浜市港北区)の伊勢友美執行役員は苦笑いする。同社は組み込み機器の電子基板を販売する。いわゆる“基板屋”だが、展示会ではAIによる人物認識や車両認識などを披露する。伊勢執行役員は「基板だけを紹介していても売れない。何ができるかAIのアプリを見せないと」と狙いを説明する。米NVIDIAのGPUモジュール「ジェットソン」や米インテルのAIチップ「インテルモビディアス・ミリアド」が載った基板を提案しながら、それぞれAIを動かして認識精度の高さを披露した。
だが他の展示ブースでも似たような展示が相次いだ。歩行者や車両の検出、顔から性別や年齢の推定など、画像処理AIがいくつも並ぶ。オープンソースなどの開発環境が整い、AI開発のハードルが下がったためだ。1―2年前に大手電機メーカーが披露していたデモとそっくりなデモが中堅・中小企業のブースに並んでいる。
V―net AAEONはインテルのAI開発環境「OpenVINO」(オープンビノ)を利用した。伊勢執行役員は「AI開発は誰でもできる。我々は電子基板を長期的に安定供給して産業用機器を支えていく」と力を込める。
産業用機器はパソコンなどの民生品と比べて使用期間が長い。一度設置されると5―10年は使われ、部品供給を止められない。周辺機器を含めてサポートしていく。
エイビット(東京都八王子市)はAI搭載の警報機を開発した。工事現場などでヘルメットのかぶり忘れや大型トラックを検出したら警報を鳴らす。AIチップはモビディアスを採用した。檜山竹生社長は「AI技術そのものはウリにならない。ユーザーが購入できる価格帯で、簡単に使える製品に仕上げないと」と指摘する。
同社はPHSなどの通信機器メーカーだ。省電力通信技術に画像認識AIを組み合わせて製品化した。
組み込みソフト ソリューション提案カギ
ソフトウエア開発会社も攻勢をかける。日本システムウエアは人物検出AIで自動交通量計測システムを開発。通過人数のカウントだけでなく、指定エリアの滞留人数や立ち入り禁止区域への侵入検出なども可能だ。画像処理AIを使った自動検品システムなど、AI開発のフィージビリティースタディー(事業化調査)は200万円からだ。Sky(大阪市淀川区)はオープンに提供されている「YOLO」や「ResNet」を利用し物体検出や画像分類などを提案する。会議室の室内カメラと人物検出AIを組み合わせ、会議室の利用管理システムを開発した。
富士ソフトはハードの選定を含めてAIシステムの受託開発を広げる。八木聡之執行役員は「AI開発事業は2018年は約4億円、19年度は10億円に引き上げる」と掲げる。最近はAIベンチャーからの仕事の依頼が増えた。ベンチャーにとってAIの学習済みモデルを開発した後の、周辺システムの構築や既存システムとの接続、保守サポートは小さな組織では対応し切れない。だが周辺部分の開発もAI技術に通じていないと難しいため、ベンチャーとの開発が増えている。
NVIDIAやインテル、グーグルなどから、AIチップや開発環境がオープンに提供されて技術の更新も速いが、その時々で「最もリーズナブルなものを選ぶ」(八木執行役員)方針だ。富士ソフトエンベデッドプロダクト事業推進部の薬師寺秀徳商品開発室長は「組み込み機器に載せる際に、結局CPUを選ぶ顧客が多い。次がGPU(画像処理半導体)で、FPGA(プログラム可能なLSI)はほぼいない」という。グーグルのAIチップ「TPU」は「性能は間違いない。制約次第」と指摘する。ハードは一通り吟味し、顧客が載せたいAIのサイズや処理速度に応じてハードの構成を変えて提案する。AIの開発環境からチップまで過当競争がおきかねない状況だ。薬師寺室長は「ハードは何でもいい世界になる。システム構築を含めてソリューションを提案できるかが勝負になる」という。
電機大手 “独り立ち”相次ぐ/VB 受託開発の単価懸念
難しい局面に立つのがAI技術に投資してきた日本の電機大手や、技術コンサルを生業としてきたAIベンチャーだ。電機大手の担当者は「自社でAI人材を抱える小売り大手は、少し手伝えば自力で解決してしまう。独力ではできない顧客は技術を安く提供しないと買う力がない」と嘆く。高い授業料を払ってきた大手が独り立ちを始めている。
技術コンサルを生業としてきたAIベンチャーも転換点にある。ディープラーニングなどのAI技術は事前に性能を保証できないことが広く知られている。顧客もそれを理解していたため、受託開発の性能目標を満たせなくても後腐れがなかった。ソフト開発としては魅力が大きく参入が増えた。開発単価が下がりかねない環境で、これからAIを導入する企業は丸投げできる相手を求めている。
Ridge―i(リッジアイ、東京都千代田区)の柳原尚史社長は「19年は間違いなく淘汰(とうた)が始まる。じゃぶじゃぶな予算で成立してきた会社は倒れる」と予想する。経営者が東京大学のAI研究室出身であることをウリにした学生ベンチャーもある。そしてベンチャーも後発組も素人目には同じような技術を掲げている。柳原社長は「実績で評価するしかない。コンサルや開発を経て相手の製品に組み込まれ、ライセンス収入を採れているかが一つの指標になる」という。リッジアイは荏原製作所の製品に採用された。荏原事業開発推進部の杉谷周彦担当部長は「トップレベルのAI人材と一緒に開発するなら、あと5―10年は密に連携するのが現実策」とリッジアイへの出資を決めた。先端技術の優位性や受託開発の単価など、AI市場は不安定性を抱えた状態で淘汰が始まる可能性がある。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2019年5月