日産の誤算…幹部が唇かむ「ルノーに不正を分かってもらえてない」
後任会長の選出見送り、駆け引き激しさ増す
仏ルノー支配からの脱却を目指す日産自動車のシナリオが揺らいでいる。カルロス・ゴーン容疑者の処遇をめぐり両社の溝は埋まらず、ルノーのけん制で日産は17日に予定していたゴーン容疑者の後任となる暫定会長の選任を見送った。日産はゴーン容疑者の不正を契機にコーポレートガバナンス(企業統治)改革や、ルノー優位の資本関係の見直しを進めたい考えだが、ルノーが「ゴーン不正」を認めなければ主導権を握れない。
日産はゴーン容疑者の後任について、現在の日本人取締役の中から選び、17日の取締役会で決める計画だった。日産の会長は取締役会を招集し、議長を務める権限がある。日産は、ゴーン容疑者が君臨していたこのトップの椅子を逮捕から1カ月足らずで奪取し、日産主導で「ポスト・ゴーン」の新体制を築くための布石とするつもりだったとみられる。
日産は内部調査の結果、ゴーン容疑者による報酬の過少記載、投資資金・経費の私的利用という不正を確認した。西川広人日産社長兼最高経営責任者(CEO)は不正の原因について、「長期にわたる(ゴーン容疑者への)権力の一極集中」と説明していた。
ルノーが日産に43・4%出資するのに対し、日産のルノーへの出資は15%に留まり、議決権もない。こうしたアンバランスな資本関係がゴーン不正の遠因になったとの見方が日産社内では根強い。西川社長は、「日産が極端に個人に依存した形から脱却するにはいい機会になる」と経営立て直しに向けた決意を語っていた。
不正を契機にゴーン体制を完全否定して一気にガバナンス改革を進め、最終的にルノー優位の資本関係を見直し、“独立”を勝ち取る―。日産のこれまでの言動からはこんなシナリオが透ける。
ではなぜ日産は当初のシナリオを翻し、新会長選任を見送ったのか。「(17日設置した)ガバナンス改善特別委員会での議論を踏まえて決めるべきだ」(西川社長)と考えたことが一点。もう一つ見逃せないのは、ルノーの動きだ。
「(ルノーにはゴーン容疑者の)虚偽記載について十分に説明したが、分かってもらえていないようだ」。日産経営幹部は唇をかむ。
ルノーは13日の取締役会でゴーン容疑者の会長兼CEOの解任を11月に続き再び見送った。ルノーはゴーン容疑者の不正に関する日産の内部調査情報を確認したが、ゴーン容疑者の反論を聞いていないことや、ルノー社内での不正は確認できなかったとして見送りを決めた。
もともと両社の間には、ルノーが日産に最高執行責任者(COO)以上の役員を送り込めるとの協定があり、ルノーは今回の会長人事に介入する姿勢を隠さなかった。
日産は11月22日の取締役会で、ゴーン容疑者の会長職と代表取締役の解任を全会一致で決めた。ルノー出身の取締役2人を説得し、全会一致で決議できるかが焦点だった。
日産はこの第一関門を突破し、いったんは賭けに勝った。このため「(解任しなければ)コントラスト(対比)になるので、ルノーも同じ結論を出す」(関係者)と期待していた。
日産がルノーとの資本関係見直しをゴールとする一連の改革を主導するには、ルノーがゴーン容疑者の不正を認めることが出発点だ。そうでなければ、日産のガバナンス改善やルノーとの資本関係見直しが必要という理屈が成り立ちはしない。
関係者は「『日産がゴーン容疑者を解任したことの意味』をルノーが理解すれば、特殊な状況の中で、今後どうしていくかを(ルノーでなく)日産に任せるだろう」と日産側の期待を述べていた。しかし両社の溝は埋まらず、日産主導のシナリオは狂い始めた。
ルノーとしては、両社の資本関係見直しまで含めた改革を日産主導で進めることを簡単には容認できない事情がある。99年の資本提携当時はルノーが日産を救済したが、現在の状況は様変わりした。
日産は米中という自動車の二大市場で足場を着実に築き、17年の世界販売台数は581万台。それに対しルノーは376万台にとどまる。17年は当期利益の約4割を日産からの持ち分法利益や配当収入が占めており、日産がルノーの経営を下支えしている。
日産は技術面でも電気自動車(EV)分野などでリードしており、「実力としては上」と自負する。「連合が瓦解したら両社にマイナスだが、そのショック度はルノーの方が上回る」(SBI証券の遠藤功治企業調査部長)。仮に日産が独立性を高めれば、ルノーは経営が立ちゆかなくなるリスクも生じる。
ルノーに15%を出資する大株主の仏政府は最低でも連合の現体制の維持を狙う。フランスでは失業率が10%前後で高止まりのうえ、マクロン政権は大規模デモの頻発で求心力が一段と落ちている。
さらに足元では米フォード・モーターの仏国内工場の閉鎖計画に対し、ルメール経済・財務相が非難し、計画変更を求めている。雇用吸収力の高い自動車は政府の産業政策の要なだけに、日産の独立性を高めるような大胆な決断は期待しにくい。
ルノーがゴーン容疑者の解任を見送る結論を出した13日の取締役会。その2日前から日産にとって嫌な予兆はあった。日産は不正の内部調査結果をルノー取締役に直接説明する方針だったが、ルノー側の意向で同社弁護士を通じての提供となった。
「不正の生々しい部分はルノーの取締役の一人ひとりに届いていない。日産と同じレベルで理解してもらえるよう、説明の機会をもらえるよう継続して努力する。ルノーにも聞く姿勢を持ってもらいたい」と西川社長は17日の会見で話した。
ただ、ルノーが経営体制の見直しで主導権を握るため、日産に対して臨時株主総会の早期招集を要求しているとの情報もあり、駆け引きは激しさを増している。
日産は「経営トップ人事」「ガバナンス改革」「資本関係見直し」のいずれのテーマでも大株主であるルノーの意向を無視できない。三菱自動車を含む3社連合の発展という共通ゴールを見据え、まず「ゴーン不正」という基本認識で一致し、ルノーと出発点をそろえられるか。日産経営陣の交渉力、説得力が試される局面が続く。
(文=後藤信之、渡辺光太)
主導権握れず、狂ったシナリオ
日産はゴーン容疑者の後任について、現在の日本人取締役の中から選び、17日の取締役会で決める計画だった。日産の会長は取締役会を招集し、議長を務める権限がある。日産は、ゴーン容疑者が君臨していたこのトップの椅子を逮捕から1カ月足らずで奪取し、日産主導で「ポスト・ゴーン」の新体制を築くための布石とするつもりだったとみられる。
日産は内部調査の結果、ゴーン容疑者による報酬の過少記載、投資資金・経費の私的利用という不正を確認した。西川広人日産社長兼最高経営責任者(CEO)は不正の原因について、「長期にわたる(ゴーン容疑者への)権力の一極集中」と説明していた。
ルノーが日産に43・4%出資するのに対し、日産のルノーへの出資は15%に留まり、議決権もない。こうしたアンバランスな資本関係がゴーン不正の遠因になったとの見方が日産社内では根強い。西川社長は、「日産が極端に個人に依存した形から脱却するにはいい機会になる」と経営立て直しに向けた決意を語っていた。
不正を契機にゴーン体制を完全否定して一気にガバナンス改革を進め、最終的にルノー優位の資本関係を見直し、“独立”を勝ち取る―。日産のこれまでの言動からはこんなシナリオが透ける。
ではなぜ日産は当初のシナリオを翻し、新会長選任を見送ったのか。「(17日設置した)ガバナンス改善特別委員会での議論を踏まえて決めるべきだ」(西川社長)と考えたことが一点。もう一つ見逃せないのは、ルノーの動きだ。
「(ルノーにはゴーン容疑者の)虚偽記載について十分に説明したが、分かってもらえていないようだ」。日産経営幹部は唇をかむ。
ルノーはゴーン会長残留
ルノーは13日の取締役会でゴーン容疑者の会長兼CEOの解任を11月に続き再び見送った。ルノーはゴーン容疑者の不正に関する日産の内部調査情報を確認したが、ゴーン容疑者の反論を聞いていないことや、ルノー社内での不正は確認できなかったとして見送りを決めた。
もともと両社の間には、ルノーが日産に最高執行責任者(COO)以上の役員を送り込めるとの協定があり、ルノーは今回の会長人事に介入する姿勢を隠さなかった。
日産は11月22日の取締役会で、ゴーン容疑者の会長職と代表取締役の解任を全会一致で決めた。ルノー出身の取締役2人を説得し、全会一致で決議できるかが焦点だった。
日産はこの第一関門を突破し、いったんは賭けに勝った。このため「(解任しなければ)コントラスト(対比)になるので、ルノーも同じ結論を出す」(関係者)と期待していた。
日産がルノーとの資本関係見直しをゴールとする一連の改革を主導するには、ルノーがゴーン容疑者の不正を認めることが出発点だ。そうでなければ、日産のガバナンス改善やルノーとの資本関係見直しが必要という理屈が成り立ちはしない。
関係者は「『日産がゴーン容疑者を解任したことの意味』をルノーが理解すれば、特殊な状況の中で、今後どうしていくかを(ルノーでなく)日産に任せるだろう」と日産側の期待を述べていた。しかし両社の溝は埋まらず、日産主導のシナリオは狂い始めた。
日産が下支え…譲れないルノー
ルノーとしては、両社の資本関係見直しまで含めた改革を日産主導で進めることを簡単には容認できない事情がある。99年の資本提携当時はルノーが日産を救済したが、現在の状況は様変わりした。
日産は米中という自動車の二大市場で足場を着実に築き、17年の世界販売台数は581万台。それに対しルノーは376万台にとどまる。17年は当期利益の約4割を日産からの持ち分法利益や配当収入が占めており、日産がルノーの経営を下支えしている。
日産は技術面でも電気自動車(EV)分野などでリードしており、「実力としては上」と自負する。「連合が瓦解したら両社にマイナスだが、そのショック度はルノーの方が上回る」(SBI証券の遠藤功治企業調査部長)。仮に日産が独立性を高めれば、ルノーは経営が立ちゆかなくなるリスクも生じる。
ルノーに15%を出資する大株主の仏政府は最低でも連合の現体制の維持を狙う。フランスでは失業率が10%前後で高止まりのうえ、マクロン政権は大規模デモの頻発で求心力が一段と落ちている。
さらに足元では米フォード・モーターの仏国内工場の閉鎖計画に対し、ルメール経済・財務相が非難し、計画変更を求めている。雇用吸収力の高い自動車は政府の産業政策の要なだけに、日産の独立性を高めるような大胆な決断は期待しにくい。
2日前に嫌な予兆
ルノーがゴーン容疑者の解任を見送る結論を出した13日の取締役会。その2日前から日産にとって嫌な予兆はあった。日産は不正の内部調査結果をルノー取締役に直接説明する方針だったが、ルノー側の意向で同社弁護士を通じての提供となった。
「不正の生々しい部分はルノーの取締役の一人ひとりに届いていない。日産と同じレベルで理解してもらえるよう、説明の機会をもらえるよう継続して努力する。ルノーにも聞く姿勢を持ってもらいたい」と西川社長は17日の会見で話した。
ただ、ルノーが経営体制の見直しで主導権を握るため、日産に対して臨時株主総会の早期招集を要求しているとの情報もあり、駆け引きは激しさを増している。
日産は「経営トップ人事」「ガバナンス改革」「資本関係見直し」のいずれのテーマでも大株主であるルノーの意向を無視できない。三菱自動車を含む3社連合の発展という共通ゴールを見据え、まず「ゴーン不正」という基本認識で一致し、ルノーと出発点をそろえられるか。日産経営陣の交渉力、説得力が試される局面が続く。
(文=後藤信之、渡辺光太)
日刊工業新聞2018年12月18日掲載