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日本初の女性機長が歩む道「コックピットもUV対策を」

JAL・藤有里さん エアバスの女性エンジニアと意見交換(後編)
日本初の女性機長が歩む道「コックピットもUV対策を」

A380のシミュレーターで説明を受けるJALの藤機長=6月19日

 日本航空(JAL)の藤有里(あり)機長は、2010年7月に国内の航空会社では初めて機長に昇格した。現在はボーイング737-800型機に男性パイロットと同じシフトで乗務し、国内線や国際線を運航している。

 約5000人のパイロットが国内の航空会社で働いているが、そのうち女性は1%の約50人。航空会社といえば、客室乗務員や空港旅客係員といった職種を見ると、日本では圧倒的に女性が多い。一方、パイロットや整備士は徐々に女性が増えているものの、男性が大半を占めている。藤さんは、日本国内の航空会社に5人いる女性機長のひとりだ。

 日本の女性パイロットのパイオニアである藤さんは、6月のパリ航空ショーで開かれたIAWA(国際航空女性協会)のレセプションに招待された。世界各国の航空業界で働く女性を前に、日本のパイロット事情を自身の経験談を交えて紹介した。

 藤さんが機長昇格後、男性と女性どちらの副操縦士とも乗務して感じたことは、能力に男女差はないこと。そして、権利と責任もまた、男女同じだということだった。藤さんはレセプションでの講演の翌日、仏トゥールーズにあるエアバスで、同社の女性フライト・テスト・エンジニア、サンドラ・ブール=シェファーさんと意見交換した。また、総2階建ての超大型機A380のシミュレーターを体験し、JALが導入するA350 XWBの最終組立工場なども見学した。

 エアバスのシェファーさんとの懇談や、A380のシミュレーター体験などで、藤さんはどのようなことを感じたのだろうか。

 男社会だけど、困難感じたことはない

 シェファーさんは1998年、流体力学リサーチ・エンジニアとしてフランスのエンジンメーカー、スネクマに入社。3年後にエアバスへ移り、エンジンテストを担当した。エアバスに在籍しながらフランスのテストパイロット学校でフライト・テスト・エンジニアの資格を取得し、2004年から2007年までは、A380のエンジンである英ロールス・ロイス製トレント900の飛行試験や、型式証明取得に従事した。

 2011年からはA319やA320、A321の翼端に取り付けて燃費を向上させる「シャークレット」のプロジェクトに参加。シャークレットを装備したA320とA321の初飛行や、A320のエンジン換装型A320neoの初飛行では、フライト・テスト・エンジニアとして搭乗している。

 一方、藤さんは大学卒業後、パイロットライセンスを米国で取得。高校時代からパイロットを目指そうとするが、国の航空大学校を受験しようにも、受験時の身長制限に8センチ足りずに受けられなかったからだ。帰国後は、会社員として働きながら日本のライセンスを取得して、チャンスを待った。

 1999年5月、パイロットを募集したJALグループのジャルエクスプレス(JEX、現在はJALに統合)に入社。訓練を経て、2000年4月から副操縦士として10年間乗務し、日本初の女性機長になった。毎年3月3日のひな祭りに恒例となった、運航業務のほとんどを女性スタッフが行う、JALの「ひなまつりフライト」にも、機長として参加している。

 藤さんと懇談したシェファーさんは、欧州で試験飛行に女性が携わる状況を「確かに男性社会だけれども、困難を感じたことはないです」と振り返る。「さまざまな視点で物事を考えるのは良いことだし、男性と女性お互いが付加価値を作り出すこともあります」(シェファーさん)と、近年企業経営で話題となるダイバーシティ(多様性)のメリットを指摘した。

 逆差別はダメ

 日本初の女性機長として、フロントランナーの藤さんが歩んできた道のりは、機長昇格後も「国内航空会社初の女性機長」など、どうしても「女性」として注目されることが多い。藤さんは、注目されていることで気をつけていること、気にしていることをシェファーさんに尋ねた。

 「エアバスには現在、2人の女性テストパイロットと、5人の女性フライト・テスト・エンジニアがいます。仕事を完璧にこなさなければならない期待がありますね。でも、仕事というものは適切にこなさなければならず、当たり前のことではあるのですが、スポットライトを浴びてしまうことがありますね」(シェファーさん)と応じ、おおむね日本と似たようなことが起きているようだった。

 藤さんも、「注目を浴びること自体が、まだまだ男性社会だと実感しています。これから女性が増えて、なくなることを期待したいです」と、笑顔を交えて現状を話した。

 「自分自身では、男女に仕事をする上で違いはないと思っていて、全うすれば良いと思います。男性と女性良いところを組み合わせて、良いものを作り上げられればいいですね」(藤さん)と、男性と女性の良さを引き出し合えれば、よい仕事が出来ると話した。

 「男性社会とは言っても、もともと男性と女性で出来ている社会なので、一緒に何かを出来る社会を目指せば良いのではないでしょうか」(藤さん)と、性差での区別ではなく、共に前進できる環境作りの大切さを指摘した。

 女性機長誕生で身長制限緩和?

 シェファーさんはフランスでフライト・テスト・エンジニアの資格を取得しているが、藤さんは米国までパイロットライセンスを取得しに行かなければならなかった。「日本を離れて訓練を受けなければならなかったのですか?」と、藤さんに尋ねた。

 「女性だからだけではなく、航空大学校には身長制限で行けませんでした」と藤さんが明かすと、シェファーさんは少々驚いていた。シェファーさんは、「欧州では、女性がこの世界に入りやすくなりました。私の上司は性別ではなく、仕事が出来るかを判断基準にしていたのは大きかったです。エールフランス航空(AFR/AF)では、7%から8%が女性パイロットですが、かといって強制的に、無理矢理仕向けなければならないものではないです」と、欧州の実情や自身の経験を説明しながら、一方で女性を過度に優遇することも良くない、との考えだった。

 「逆差別はダメです。女性がやりたいならやれる、とならないと。男女だから違うということはないと思いますし、男性と男性を比べても特徴に個人差はあります」(シェファーさん)と、女性優遇が逆差別につながってはいけないと述べた。奇しくも、前日に藤さんが講演で述べた持論に近いものだった。

 シェファーさんは藤さんに、「航空大学校は、まだ身長制限があるんですか?」と尋ねた。藤さんが「私の想像ですが、私が機長昇格した翌年から、身長制限が緩和されました(笑)」と応じると、シェファーさんは環境の変化を喜んでいた。

 女性だからと注目されることが多々ある点について、藤さんはこう話した。「なくなれば、その時女性が増えたんだなと思うのでしょうね」

 次世代コックピットに望むもの

 藤さんはシェファーさんと懇談後、総2階建ての超大型機A380のシミュレーターを体験し、JALが導入するA350 XWBの最終組立工場なども見学した。A380のシミュレーターを体験した藤さんに、操縦した感想を聞いてみた。「難しかったです。でも、4発機の安心感がすごくありました。双発機はエンジンが1基止まってしまうと、もう1基で飛ばなければならないですからね」と、緊急事態が発生した際の余裕を評価していた。

 一方で、藤さんはボーイング737-800の現役機長。A380のコックピットについて、「モニターに色々情報が出てきて、慣れないと追いつけないかも。これはエアバスとボーイングの考え方の違いですね」と、両社の設計思想の違いも感じていた。

 両社のコックピットを比べると、ボーイングは従来からの操縦輪、エアバスはサイドスティックと違いは多々あるが、藤さんはパイロットへどのように情報を提供するかに関心が高かったようだ。こうしたコックピット内での情報の表示方法も、女性パイロットが増えれば、違った視点で改良が進みそうだ。

 今後の飛行機開発に期待することも聞いてみた。「コックピットは日焼けがひどいから、UV(紫外線)対策ですかね(笑)」。半分冗談と笑いながら応じる藤さんだったが、一番強い日焼け止めを愛用しているという。毎日乗務するパイロットにとっては、日焼けも健康に関係する切実なことだ。

 藤さんとシェファーさんの意見で共通していたのは、仕事の能力は男女差ではなく、個人差であること、女性を過度に優遇するのは逆差別になりよくないこと、男女が違った視点で意見を出し合えば、より良いものが作れること、という点だった。

 客室だけではなく、コックピットのUV対策が進めば、空のダイバーシティは前進したと言えるのかもしれない。
吉川忠行
吉川忠行 Yoshikawa Tadayuki Aviation Wire 編集長
日本初の航空会社に所属する女性機長となったJALの藤機長。特集後編では、6月にパリ航空ショーで開かれたレセプション翌日に行われた、エアバスの女性フライト・テスト・エンジニアとの懇談やA380のシミュレーター体験などを取り上げます。UV対策は半分冗談とおっしゃってましたが、切実な問題だと思います。

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