桐の米びつを人気商品にした“ひと工夫”

留河、桐たんす需要減で活路模索

 桐(きり)たんすは「嫁入り道具」の必需品という時代がかつてあった。しかし核家族化やライフスタイルの変化とともに、桐たんすの需要は減る傾向にある。1912年(大正元年)創業の留河(大阪府岸和田市、072・445・0775)は、桐だけでできた1合計量米びつを開発。桐の特性と職人の技術を生かした製品に活路を求めている。

 留河は桐たんすを100年以上つくり続ける。4代目の留河昇社長は「昭和のおわりごろが一番忙しそうだった」と自身の少年時代を振り返る。だがその後、桐たんすの需要は右肩下がりとなった。

 若い人が桐を知らない現実にも出くわした。「桐たんす」と言ってもピンとこない。「霧」「ダンス」と混同される。危機感を抱き、桐たんすだけでなく桐を使った製品も手がけるようになった。

 米びつは2006年から販売。湿度を一定に保つ、虫がつきにくく腐りにくいなどの桐の特性と、職人の技術で実現したふたの気密性の高さをアピールし、12年間で約3000個を売った。しかしさらなる使いやすさを求め、3年かけて新たな米びつを開発した。

 米びつの側面にある上のレバーを持ち、止まるまで引いてから押し戻すと、下の引き出しに1合の米がたまる仕組み。2合の場合は上のレバーを2回引く。米びつのふたを開けることなく、計量した米を下の引き出しから簡単に取り出せる。価格は消費税抜きで1万8000円(5キログラム用)から。17年春に販売を始め、すでに1000個以上売れた。

 留河はこのほかコーヒー豆入れ、薬入れ、弁当箱、まな板など桐を使ったさまざまな小物も手がける。現在は十数種類の製品を製造、販売するが、アイデアは50種類ぐらいあるという。今後、一つずつ試作し、製品の数をさらに増やす計画だ。

 桐たんすについても「デザインが現代的な桐たんすを提案していきたい」(留河社長)と新たな展開を模索する。桐たんすと桐を使った製品。留河は“二刀流”に賭けている。
米びつにかんなをかける留河社長

日刊工業新聞2018年9月14日

日刊工業新聞 記者

日刊工業新聞 記者
09月15日
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江戸時代に大阪でたんすの製造技術が確立。その後、堺を経て泉州地域に広がり、「大阪泉州桐箪笥(おおさかせんしゅうたんす)」の産地が形成された。大阪泉州桐箪笥は厚く良質な桐材を使い、重厚で上品な雰囲気を持つのが特徴。職人が伝統的技法を駆使し、時間をかけてていねいにつくり、仕上げることから「桐たんすの最高峰」と言われている。

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