「女性はやっぱりダメだね」とは言わせない―。ある理系女性の挑戦

私はこの職場に必要な戦力か?という危機感が仕事への姿勢を劇的に変えた

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生産したエンジンの前で
 キャタピラージャパン 油圧ショベル開発本部技術管理部技術管理課 石田あずささん
 
 「エンジニアになりたくて、うちの会社に入ったんでしょ?」

 実験部門に配属されて半年後、指導員の先輩に鋭く指摘された。新人研修でホイールローダーの振動について取り組んでいる時だった。漠然とした志のまま入社した私は、与えられたテーマについてきちんと理解し、探究する意欲を持ち合わせていなかった。

 入社2年目からはエンジンの担当になった。工場で生産されたエンジンを搬入するところから、テストベンチへの設置・運転・計測の実作業、さらには実験計画の策定・データ分析・報告書作成まで一連のスキルを身につける必要があった。

 当時の課長の口癖は、「我々はプロの集団」だった。純粋に“プロ”を目指したいと思ったし、男性ばかりの職場で“女性はやっぱりダメだね”と言われたくない気持ちも強かった。徐々にスキルを身につけ友人に悩みを聞いて貰いながらも、エンジンとともに充実した毎日を過ごすようになった。

 厳しく優しく導いてくれる上司に巡り合えたことは大きな転機になった。職人気質の多くの先輩方の仕事ぶりを意識するようになり、出産後復帰してからは“私はこの職場に必要な戦力か?”という危機感が仕事への姿勢を劇的に変えた。数年かかってようやく「エンジニア」としての自覚と目標を持てるようになった。

 その後は電装部品の設計担当として、時には生産ラインの現場の方から厳しい指導をいただくこともあった。サプライヤーの担当の方と協力して新しい機械に搭載する部品の改良を行ったり、お客さまの現場へ行き不具合の原因究明をさせてもらったり…と製造業で働く醍醐味(だいごみ)を味わう多くの貴重な経験ができた幸運に感謝している。現在は、油圧ショベルの開発支援業務を行っているが、自分の強みも弱みも考え方も嗜好(しこう)もすべて、入社後に経験してきたあらゆることが寄与していることを日々痛感している。

 昨年から社内ネットワークで後輩女性たちとともに、未来の「エンジニア」を増やすための種まき活動を行っている。建設機械とそれに係る仕事の魅力を伝えることで、“エンジニアになりたい!”と夢見る子どもたちを増やしていきたい。
 
〈プロフィル〉1992年東京農工大学農学部農業工学科卒、同年入社。相模事業所(旧相模開発センター)。12年より明石事業所油圧ショベル開発本部。「JWEF個人会員」


 企画協力・日本女性技術者フォーラム(JWEF)

日刊工業新聞2015年07月07日 4面「凛としていきる・理系女性の挑戦」より

COMMENT

村上毅
編集局ニュースセンター
デスク

仕事に対する試行錯誤。男性女性に関係なく、ストレートな思いに共感できる部分も多いのでは。

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