<社説この一選!6月編>新造船の受注低迷−差別化に向けた絵姿を描け
「無人貨物船構想」の日本版や、人材育成などの重要課題を的確に指摘
ニュースイッチが独断で選ぶ6月の社説この一選は、新造船低迷の打開策を指摘した内容。ロールス・ロイスが進める「無人貨物船構想」の日本版や、人材育成など重要な課題が書かれている。中堅造船所などのオピニオンでもあるマリタイムイノベーションジャパンの信原眞人社長のインタビュー(2014年8月)も合わせて掲載します。
<社説=6月11日付>
新造船の受注が低迷している。日本船舶輸出組合がまとめた輸出船契約実績(一般鋼船)は4月で10カ月連続マイナス。2015年の輸出は前年比で3割以上も減少し「1000万総トンに達しないだろう」(日本造船工業会の佃和夫会長)と見る向きがある。2―3年分の手持ち工事を抱えている今こそ、造船各社は差別化を指向し、末永く成長するための絵姿を描かなければならない。
受注低迷の原因は、世界的な必要船腹量と新造船建造能力の2倍とも言われる需給ギャップだ。リーマン・ショック後の中国の造船能力を急拡大で、船舶の過剰感が顕在化した。海運市況の指標となるばら積み運搬船の運賃指数「バルチック海運指数」は、ようやく底打ちしつつある。しかし、いまだ低水準には違いない。結果として「船価がまったく回復していない」(同)のが実情だ。
しかし嘆いてばかりもいられない。造船は日本の基盤産業のひとつ。「30年の世界の海上荷動きは10年比で2倍になるといわれる。その意味で造船、海運は成長産業だ」とマリタイムイノベーションジャパン(MIJAC、東京都品川区)の信原眞人社長は力を込める。
MIJACは中堅造船所や舶用機器メーカー、海運会社、船級協会などが出資し、設立3年目を迎えた造船関連の技術開発会社だ。海洋にかかわるさまざまなステークホルダーと接しているだけに危機感は強い。「若い人に(造船は)将来性があり、魅力のある産業だと伝えなければならない」という。
造船はエンジンをはじめ多くの舶用機械を調達し、組み立てる産業構造を持つ。これまで日本の造船会社は船体構造の工夫や生産技術などで燃費が良くて安全な船を造り、世界から評価されてきた。しかし韓国や中国の追い上げにより、その優位性は相対的に薄れている。
今後は、価格競争から抜け出す新たな事業モデルを模索するべきだ。欧州にはコンサルティングや基本設計、マーケティングの専業会社が存在し、造船所はこれを活用するのが一般的。多様化により発想も広がる。
英ロールス・ロイスがEUの支援を受けて進める「MUNIN」プロジェクトは、陸上から操縦士が目的地まで舵(かじ)取りする無人貨物船構想だ。いわば自動運転車やドローン(飛行ロボット)の船舶版。こうした技術は造船所だけでは完結できない。
わが国の造船所が改革を進めるには、大学や研究所などとの外部連携に乗り出すのが早道だ。日本が得意とする材料開発力やエンジニアリング力に加え、多様な価値観、判断基準を取り入れるための人材の多国籍化も必要になろう。各社の変革への取り組みを期待したい。
中堅造船所や舶用機器メーカー、海運会社、船級協会などが出資する造船関連技術の研究開発会社であるマリタイムイノベーションジャパン(MIJAC、東京都品川区)。設立から1年超が経過し、参加企業は当初の6社から16社へと膨らみ、オールジャパン体制は着々と構築されつつある。円高是正で造船受注環境は改善されたが、環境規制や騒音規制などへの対応は待ったなし。信原眞人MIJAC社長に成果や見通しを聞いた。
―2013年度の成果と14年度の研究開発の規模は。
「13年度は10テーマで2億円強の規模だったが、14年度は継続を含めて17テーマで5億―5億5000万円程度(前年度比2・5倍)に拡大する見通し。省エネ、環境対応がメーンだ。4―5年かかるテーマが多いが『30%省エネ船』の開発に向けた成果の一部を実用化した例はある」
―これから参加する企業・団体は。また、従業員数は増えましたか。
「スタンスはオープン。造船所を含めて数社と話を進めている。一方、船体工学やエンジンなどの専門家を中心に従業員数を2―3人増やした。研究規模が大きくなり、増員しないと遅れが生じる恐れがある。協業先も広げていく。造船会社からの出向者のモチベーションは極めて高い」
―将来、研究規模を10億円程度に引き上げる計画です。
「10年程度でその水準に引き上げたい。5―6年で7億―8億円になるだろう。その先は海洋や生産技術など新しい柱が必要になる。ブラジルや中国、インドなど市場は広がっていく。何もしなければ生き残れない」
―海洋開発についての取り組みは。
「潮流発電や洋上風力発電などの分野だ。実証試験を行う長崎県など地方自治体と具体的に話を進めており、事前準備などのコンサルティング業務を検討している。実証を想定した調査を行い、造船所が事業化を検討するための道筋をつける」
―円高是正で受注環境は改善しました。少しは余裕が出てきましたか。
「それはない。新造船の需要に対して供給力は約2倍。厳しい状況に変わりない。日本のエコシップ(低燃費船)の評判は良いが、2―3年たてば中国も追いついてくる。先行者メリットはあるが、断トツ有利になれるわけではない」
【記者の目/欠かせない研究開発力】
韓国、中国に抜かれ、世界3位の造船国家となった日本。斜陽産業と呼ぶ向きもある造船だが、わが国貿易量の99%超を海上輸送が担っている現状を鑑みれば、造船の重要性は今も昔も変わらない。魅力を取り戻し、優秀な人材を集めるには、造船各社が国際競争力を高め、安定して稼ぐ力を示していかねばならない。価格競争から抜け出すには、研究開発力が欠かせない。
(聞き手=鈴木真央)
<社説=6月11日付>
新造船の受注が低迷している。日本船舶輸出組合がまとめた輸出船契約実績(一般鋼船)は4月で10カ月連続マイナス。2015年の輸出は前年比で3割以上も減少し「1000万総トンに達しないだろう」(日本造船工業会の佃和夫会長)と見る向きがある。2―3年分の手持ち工事を抱えている今こそ、造船各社は差別化を指向し、末永く成長するための絵姿を描かなければならない。
受注低迷の原因は、世界的な必要船腹量と新造船建造能力の2倍とも言われる需給ギャップだ。リーマン・ショック後の中国の造船能力を急拡大で、船舶の過剰感が顕在化した。海運市況の指標となるばら積み運搬船の運賃指数「バルチック海運指数」は、ようやく底打ちしつつある。しかし、いまだ低水準には違いない。結果として「船価がまったく回復していない」(同)のが実情だ。
しかし嘆いてばかりもいられない。造船は日本の基盤産業のひとつ。「30年の世界の海上荷動きは10年比で2倍になるといわれる。その意味で造船、海運は成長産業だ」とマリタイムイノベーションジャパン(MIJAC、東京都品川区)の信原眞人社長は力を込める。
MIJACは中堅造船所や舶用機器メーカー、海運会社、船級協会などが出資し、設立3年目を迎えた造船関連の技術開発会社だ。海洋にかかわるさまざまなステークホルダーと接しているだけに危機感は強い。「若い人に(造船は)将来性があり、魅力のある産業だと伝えなければならない」という。
造船はエンジンをはじめ多くの舶用機械を調達し、組み立てる産業構造を持つ。これまで日本の造船会社は船体構造の工夫や生産技術などで燃費が良くて安全な船を造り、世界から評価されてきた。しかし韓国や中国の追い上げにより、その優位性は相対的に薄れている。
今後は、価格競争から抜け出す新たな事業モデルを模索するべきだ。欧州にはコンサルティングや基本設計、マーケティングの専業会社が存在し、造船所はこれを活用するのが一般的。多様化により発想も広がる。
英ロールス・ロイスがEUの支援を受けて進める「MUNIN」プロジェクトは、陸上から操縦士が目的地まで舵(かじ)取りする無人貨物船構想だ。いわば自動運転車やドローン(飛行ロボット)の船舶版。こうした技術は造船所だけでは完結できない。
わが国の造船所が改革を進めるには、大学や研究所などとの外部連携に乗り出すのが早道だ。日本が得意とする材料開発力やエンジニアリング力に加え、多様な価値観、判断基準を取り入れるための人材の多国籍化も必要になろう。各社の変革への取り組みを期待したい。
貿易量の99%超が海上輸送。造船の重要性は今も昔も変わらない
中堅造船所や舶用機器メーカー、海運会社、船級協会などが出資する造船関連技術の研究開発会社であるマリタイムイノベーションジャパン(MIJAC、東京都品川区)。設立から1年超が経過し、参加企業は当初の6社から16社へと膨らみ、オールジャパン体制は着々と構築されつつある。円高是正で造船受注環境は改善されたが、環境規制や騒音規制などへの対応は待ったなし。信原眞人MIJAC社長に成果や見通しを聞いた。
―2013年度の成果と14年度の研究開発の規模は。
「13年度は10テーマで2億円強の規模だったが、14年度は継続を含めて17テーマで5億―5億5000万円程度(前年度比2・5倍)に拡大する見通し。省エネ、環境対応がメーンだ。4―5年かかるテーマが多いが『30%省エネ船』の開発に向けた成果の一部を実用化した例はある」
―これから参加する企業・団体は。また、従業員数は増えましたか。
「スタンスはオープン。造船所を含めて数社と話を進めている。一方、船体工学やエンジンなどの専門家を中心に従業員数を2―3人増やした。研究規模が大きくなり、増員しないと遅れが生じる恐れがある。協業先も広げていく。造船会社からの出向者のモチベーションは極めて高い」
―将来、研究規模を10億円程度に引き上げる計画です。
「10年程度でその水準に引き上げたい。5―6年で7億―8億円になるだろう。その先は海洋や生産技術など新しい柱が必要になる。ブラジルや中国、インドなど市場は広がっていく。何もしなければ生き残れない」
―海洋開発についての取り組みは。
「潮流発電や洋上風力発電などの分野だ。実証試験を行う長崎県など地方自治体と具体的に話を進めており、事前準備などのコンサルティング業務を検討している。実証を想定した調査を行い、造船所が事業化を検討するための道筋をつける」
―円高是正で受注環境は改善しました。少しは余裕が出てきましたか。
「それはない。新造船の需要に対して供給力は約2倍。厳しい状況に変わりない。日本のエコシップ(低燃費船)の評判は良いが、2―3年たてば中国も追いついてくる。先行者メリットはあるが、断トツ有利になれるわけではない」
【記者の目/欠かせない研究開発力】
韓国、中国に抜かれ、世界3位の造船国家となった日本。斜陽産業と呼ぶ向きもある造船だが、わが国貿易量の99%超を海上輸送が担っている現状を鑑みれば、造船の重要性は今も昔も変わらない。魅力を取り戻し、優秀な人材を集めるには、造船各社が国際競争力を高め、安定して稼ぐ力を示していかねばならない。価格競争から抜け出すには、研究開発力が欠かせない。
(聞き手=鈴木真央)