NEC・富士通・日立に見る「マテリアルズ・インフォマティクス」最前線
事業化の方法論
材料開発にビッグデータ解析や人工知能(AI)技術を活用する「マテリアルズ・インフォマティクス」(MI)の競争は、研究所からビジネスの場へ舞台を移しつつある。日立製作所と富士通、NECの3社は研究所で電池や電熱材料の開発にMIを活用。社内で方法論を確立して、ノウハウを外販する材料開発支援事業を目指す。
MIを活用した材料開発では、実験データを統合するデータベースやAI技術、データ解析技術が求められている。電機各社にとっては顧客の研究開発に関わる情報基盤を刷新するチャンスだ。電機各社は社内に半導体や電子部品の材料研究者と、情報基盤やデータ科学の技術者を抱える。まずは自社研究所で材料開発にMIを活用し、そのノウハウと情報技術をセットで売り込もうとしている。
NECは熱電変換素子の開発にMIを活用した。新原理であるスピンゼーベック効果で温度差を電気エネルギーに換える。NECIoTデバイス研究所の石田真彦主任研究員は「材料としては従来の熱電素子に追いついてきた。MIは強力な研究手法」と評価する。NECはAIと網羅的合成法に強みがある。NECのAI技術「異種混合学習」は学習結果がブラックボックスにならない。
ディープラーニング(深層学習)などの手法は大量のデータを学習させると高い精度で正解する。ただ中身のモデルが複雑なため、なぜ正解するのか解析が難しかった。異種混合学習では学習させたデータのうち、どの因子が効いているか解読できる。「AIのヒントをもとに次の実験を設計できる」(石田主任研究員)という。
そして実験には網羅的合成法を採用した。1枚の基板の上に複数の元素の濃度勾配を交差させた薄膜を作る。すると基板上に各元素の比率が徐々に変化する膜ができ、組み合わせを網羅的に調べられる。網羅的合成法で大量の高品質データ集めてAIに学習させる。これを繰り返して材料を絞り込む。
富士通研究所はデバイス&マテリアル研究所に専門チームを設置している。電池の正極材や磁石などにMIを活用する。材料の専門知識とビッグデータの機械学習を組み合わせられる点が強みだ。推定理由や根拠を説明できるため、材料研究者もAIを活用しやすい。
また第一原理計算などのシミュレーションでデータを補填してAIに学習させている。第一原理計算は量子力学に基づいて計算するため精度を求めると計算量が膨大になる課題があった。
富士通にとってスパコンは十八番だ。宮島豊生MIプロジェクトディレクターは「必要に応じて計算資源を拡大する」と力を込める。各社研究所での実績を基に材料開発の支援事業を目指す。ただ正攻法となる方法が確立するには、まだ時間がかかりそうだ。
日立製作所は一足先に受託支援事業を始めた。まずはデータ分析代行としてサービス提供する。日立公共システム事業部の森田秀和主任技師は「1年かけて顧客企業と開発してきた。AIに学習させるデータを作り込むところから始める」と説明する。
AI技術は、深層学習や遺伝アルゴリズムなどを、単純にデータに合わせて学習手法を選ぶだけでは成果は望めない。MIの目標設定からデータの成形、結果の読解など顧客と二人三脚で進めてきた。
そのため材料技術者と情報技術者の混成チームで事業に当たる。150億データを一覧できる可視化ツールなど、解析を支える基盤技術は事業の前提でしかない。
「顧客の研究データを預かるため、データ量やAIを誇るよりも信頼されることが何よりも重要。MIは顧客とともにあるビジネス」(森田主任技師)という。
日立は秘密計算など元データを秘匿した状態で計算する手法を開発している。違う組織間でデータを共有する場合も、相手にデータを渡さずにデータを共有した状態で解析できる。
森田主任技師は「データ保護のため現在はデータ共有のニーズはない。共有メリットが出てくれば今後ニーズが出てくる可能性はある。そうなれば技術は提供する」という。
MIは材料技術と計測技術、データ科学の三つの技術の融合領域だ。3要素をうまく連携させて初めて機能する。例えば材料研究者が方向性を決めて、計測技術者が材料を測り、データの品質や標準仕様を整える。
蓄積したデータをデータ科学者がAI技術を駆使して解析する。その結果を基に材料研究者が試作品を合成し、新しいデータが蓄積されていく。このデータの循環をいかに作るかが重要だ。受託支援では、材料開発の実績を積み上げながら、このモデルを構築する必要がある。
もともと日立グループは電子顕微鏡などの計測技術は日立ハイテク、データ科学は日立製作所、材料技術は日立化成や日立金属が保有し、グループ内でMIのデータ循環を作れるポテンシャルがあった。
グループ内で方法論やツールを確立し、一部を外販することも不可能ではない。開発リソースの一部を他社と共有してデータや事例を増やし、結果としてグループ全体の競争力を高めることが可能だ。
つまりグループ内でデータを集めるパワーゲームでも、顧客への開発支援を主体とした共創モデルでも優位な立場にある。その上で顧客からの信頼を重視し、ビジネスを先行させ案件ごとに採算を取る道を選んでいる。
日立を追い掛ける組織は材料と計測、データを含めて、大きな絵を描く必要が出てくるだろう。材料開発支援の実績は当然として、大学や計測機器メーカーなどとの連携でデータや技術を補ったり、MIと知財や標準化、規格対応支援などを連結させてサービスの厚みを増すなどの戦略が問われることになる。
(文=小寺貴之)
実験設計にAIがヒント
MIを活用した材料開発では、実験データを統合するデータベースやAI技術、データ解析技術が求められている。電機各社にとっては顧客の研究開発に関わる情報基盤を刷新するチャンスだ。電機各社は社内に半導体や電子部品の材料研究者と、情報基盤やデータ科学の技術者を抱える。まずは自社研究所で材料開発にMIを活用し、そのノウハウと情報技術をセットで売り込もうとしている。
NECは熱電変換素子の開発にMIを活用した。新原理であるスピンゼーベック効果で温度差を電気エネルギーに換える。NECIoTデバイス研究所の石田真彦主任研究員は「材料としては従来の熱電素子に追いついてきた。MIは強力な研究手法」と評価する。NECはAIと網羅的合成法に強みがある。NECのAI技術「異種混合学習」は学習結果がブラックボックスにならない。
ディープラーニング(深層学習)などの手法は大量のデータを学習させると高い精度で正解する。ただ中身のモデルが複雑なため、なぜ正解するのか解析が難しかった。異種混合学習では学習させたデータのうち、どの因子が効いているか解読できる。「AIのヒントをもとに次の実験を設計できる」(石田主任研究員)という。
そして実験には網羅的合成法を採用した。1枚の基板の上に複数の元素の濃度勾配を交差させた薄膜を作る。すると基板上に各元素の比率が徐々に変化する膜ができ、組み合わせを網羅的に調べられる。網羅的合成法で大量の高品質データ集めてAIに学習させる。これを繰り返して材料を絞り込む。
専門チームが最適組み合わせ
富士通研究所はデバイス&マテリアル研究所に専門チームを設置している。電池の正極材や磁石などにMIを活用する。材料の専門知識とビッグデータの機械学習を組み合わせられる点が強みだ。推定理由や根拠を説明できるため、材料研究者もAIを活用しやすい。
また第一原理計算などのシミュレーションでデータを補填してAIに学習させている。第一原理計算は量子力学に基づいて計算するため精度を求めると計算量が膨大になる課題があった。
富士通にとってスパコンは十八番だ。宮島豊生MIプロジェクトディレクターは「必要に応じて計算資源を拡大する」と力を込める。各社研究所での実績を基に材料開発の支援事業を目指す。ただ正攻法となる方法が確立するには、まだ時間がかかりそうだ。
一足先に受託支援
日立製作所は一足先に受託支援事業を始めた。まずはデータ分析代行としてサービス提供する。日立公共システム事業部の森田秀和主任技師は「1年かけて顧客企業と開発してきた。AIに学習させるデータを作り込むところから始める」と説明する。
AI技術は、深層学習や遺伝アルゴリズムなどを、単純にデータに合わせて学習手法を選ぶだけでは成果は望めない。MIの目標設定からデータの成形、結果の読解など顧客と二人三脚で進めてきた。
そのため材料技術者と情報技術者の混成チームで事業に当たる。150億データを一覧できる可視化ツールなど、解析を支える基盤技術は事業の前提でしかない。
「顧客の研究データを預かるため、データ量やAIを誇るよりも信頼されることが何よりも重要。MIは顧客とともにあるビジネス」(森田主任技師)という。
日立は秘密計算など元データを秘匿した状態で計算する手法を開発している。違う組織間でデータを共有する場合も、相手にデータを渡さずにデータを共有した状態で解析できる。
森田主任技師は「データ保護のため現在はデータ共有のニーズはない。共有メリットが出てくれば今後ニーズが出てくる可能性はある。そうなれば技術は提供する」という。
MIは材料技術と計測技術、データ科学の三つの技術の融合領域だ。3要素をうまく連携させて初めて機能する。例えば材料研究者が方向性を決めて、計測技術者が材料を測り、データの品質や標準仕様を整える。
蓄積したデータをデータ科学者がAI技術を駆使して解析する。その結果を基に材料研究者が試作品を合成し、新しいデータが蓄積されていく。このデータの循環をいかに作るかが重要だ。受託支援では、材料開発の実績を積み上げながら、このモデルを構築する必要がある。
もともと日立グループは電子顕微鏡などの計測技術は日立ハイテク、データ科学は日立製作所、材料技術は日立化成や日立金属が保有し、グループ内でMIのデータ循環を作れるポテンシャルがあった。
グループ内で方法論やツールを確立し、一部を外販することも不可能ではない。開発リソースの一部を他社と共有してデータや事例を増やし、結果としてグループ全体の競争力を高めることが可能だ。
つまりグループ内でデータを集めるパワーゲームでも、顧客への開発支援を主体とした共創モデルでも優位な立場にある。その上で顧客からの信頼を重視し、ビジネスを先行させ案件ごとに採算を取る道を選んでいる。
日立を追い掛ける組織は材料と計測、データを含めて、大きな絵を描く必要が出てくるだろう。材料開発支援の実績は当然として、大学や計測機器メーカーなどとの連携でデータや技術を補ったり、MIと知財や標準化、規格対応支援などを連結させてサービスの厚みを増すなどの戦略が問われることになる。
(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年12月14日