ニュースイッチ

「数字」に踊らされて失敗した、法科大学院の行く先

<情報工場 「読学」のススメ#44>『変貌する法科大学院と弁護士過剰社会』
**法科大学院への入学志願者数は初年度の10分の1以下に
 司法制度改革の目玉の一つとして2004年4月に華々しくスタートした法科大学院が、惨憺たるありさまだ。初年度4万人いた志願者は、2016年には3286人と約8%にまで激減。募集停止や廃校が相次ぎ、最大時に74校あった法科大学院のうち残っているのは39校のみ。今後も募集停止は増えると予想されている。

 2003年の秋、私はとある媒体の取材で全国の法科大学院設置予定校を回ったことがある。さすがに全校とはいかなかったが、40校ぐらいは訪問したのではないだろうか。

 中央大学や早稲田大学のような司法試験合格者ランキング上位の常連校は、もちろん気合い十分。自信に満ちあふれていた。しかし、新しい教育への情熱や、理想を求める姿勢に感銘を受けたのは、むしろほとんど法曹養成の実績がない大学のほうだった。

 若い実務家教員(法曹〈弁護士、検察官、裁判官〉を兼務するか出身の教員)が、「人の痛みがわかる法曹を育てたい」「法学未修者ならではの幅広いバックグラウンドを生かした対話型の教育をしたい」などと熱っぽく語っていた。既存のキャンパスとは別に法科大学院専用棟を新設するなど、設備面に尋常ではないほど力を入れる大学も多かった。

 ただ、取材しながら薄々気づいてはいたのだが、正式に初年度の設置認可数が発表された時に「これはヤバいかも」と思った。設置数が多すぎるのだ。2年後には、(原則として法科大学院修了を受験資格とする)新司法試験の合格者数という、ごまかしようのない「数字」も出てくる。どう考えても、制度設計にあたっての目標「卒業生の合格率7~8割」は無理筋だ。「必ず淘汰される」と思った。

 その後、一校、また一校と募集停止が発表されるたびに、取材時の、あの若手教員たちの目の輝きを思い出し、悲しい気持ちになった。予想以上の惨状だった。残ると思っていた法科大学院が早々に撤退していった。それに、全体の志願者数がここまでダウンするとは!どうやら法曹という職業そのものにケチがついてしまったようだ。

 弁護士でもある、愛知大学法科大学院の森山文昭教授による『変貌する法科大学院と弁護士過剰社会』(花伝社)は、こうした法科大学院をめぐる現状を招いた原因を探るとともに、司法制度改革の結果もたらされた「弁護士過剰」という問題との関連性を探っている。そしてそれを踏まえた、あるべき制度設計も具体的に提案している。

『変貌する法科大学院と弁護士過剰社会』(森山 文昭著)

改革をリセットし「数字」よりも「中身」の議論を


 法科大学院制度は“失敗だった”と言って差し支えないだろう。では、なぜ失敗したのか。理由は多数挙げられる。いろいろな綻びが構造的に絡まり合った結果に違いない。森山教授は、法科大学院制度の前提だった「法曹人口、中でも弁護士の大増員」計画こそが、最大の元凶と考えているようだ。

 法科大学院制度は、学界や法曹関係者らからなる内閣府の司法制度改革審議会(司法審)が発案。同制度導入に先立ち司法試験の合格者数増員計画が発表され、「3,000人」が目標とされた(現在は「最低でも1,500人程度」に変更されている)。

 その数年前まで司法試験は超難関であり、2~3万人が受験して合格者はわずか500人程度の時代が長らく続いていた。そこから1,000人ほどには増やされてきていたが、その人数をさらに伸ばしていくことになったのだ。

 結局目標に届かなかったものの合格者数は増やされていき、今の弁護士人口は、増員が始まる直前の約3倍になっているという。森山教授は、そのせいで日本は「弁護士過剰社会」になり、さまざまな歪みが生じていると指摘する。

 この間、裁判や法律相談の件数などの「需要」は増えていない。それなのに「供給」ばかりが増している。いきおい法律事務所の経営は苦しくなり、新人弁護士の就職口が狭められる。そして、多くの弁護士が実入りのいい仕事ばかりを受任するようになり、弁護士業務の「ビジネス化」が進行。本当に困っている人が救われなくなる。

 弁護士の質の低下も深刻のようだ。基本的な法律知識や常識を知らない若手弁護士が増加。依頼者の言いなりになって無茶な弁論や交渉をする、あるいは逆に依頼者の気持ちを考えずに定型的な処理をするなど、これまでには考えられないレベルの弁護士が、やたらと目立つのだそうだ。

 森山教授は、法科大学院の授業でも、学生の学力水準の低さを痛感することがよくあるという。志願者が減り入試の競争率が下がっているので、当然といえば当然だ。法科大学院の教育力に限界があり、司法試験の合格水準も下げざるを得なくなっている。弁護士の質低下もむべなるかな、である。

 つまり、弁護士が「過剰」になり、職業としての魅力が薄れているせいで、余計にも法科大学院の志願者が減る。そのせいで弁護士の質が低下する、といった負のスパイラルができてしまっている。

 やはり「3,000人」という当初の数値目標が主犯ではなかろうか。需要を考えずに「とにかく増員」としか頭になかったのではないか。「増員すれば需要も増える」と、単純に、そして楽観的に考えすぎていたのではないか。

 また、3,000人という数字を出す際に「合格者500人の頃と同じレベルの法曹が増える」と考えてはいなかったか。数字には「中身」や質のばらつきを見えづらくする性質があるように思う。

 森山教授は、司法試験の合格者数を、いったん500人程度に戻し、それから少しずつ国民の司法の需要を喚起しつつ司法制度改革をやり直すべき、と主張している。正論だろう。負のスパイラルを断ち切るには、思い切ってリセットするしかない。

 たとえ司法への需要が増え、それに応じて弁護士が増員されたとしても、低質の人材しかいないのであれば、かえって社会に害を及ぼすのではないか。とくに弁護士には、社会的弱者救済の最後の砦であってほしい。「数字」ではなく「中身」の議論を切に希望する。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)


『変貌する法科大学院と弁護士過剰社会』
森山 文昭 著
花伝社
320p 2.200円(税別)
ニュースイッチオリジナル
小中島洋平
小中島洋平 Konakajima Youhei
 平成29年司法試験における合格率トップをご存じだろうか? 答えは、どの法科大学院でもなく「予備試験合格者」。予備試験とは、法科大学院を修了していない者が司法試験の受験資格を得るための試験だ。結局、最優秀層は法科大学院を経由しないルートを選択する傾向が出てきてしまっており、法科大学院が優秀な学生を確保できる見通しはさらに厳しくなっているようだ。やはり、制度設計をどこかでやり直すべきではないかと思う。

編集部のおすすめ