ライフル銃で撃っても「燃えない」リチウムイオン電池を開発した69歳からの起業家

<情報工場 「読学」のススメ#28>生粋のバンカーがテックベンチャーへ

エリーパワーのキャスター付き可搬式蓄電システム「パワーイレ・スリー」

**大銀行の元副頭取がテクノロジーベンチャーに挑む  リチウムイオン電池に「熱をもちやすい」「発火の危険性がある」といったイメージをもつ人は少なくないかもしれない。直近では、多くの人に身近なスマートフォンで事故が起きている。サムスン電子の「Galaxy Note 7」だ。2016年8月に発売されたこの高機能スマホは発火事故が相次ぎ、わずか2カ月で製造・販売中止に追い込まれた。今年1月には発火事故の原因について、内蔵したリチウムイオン電池の設計および製造工程に問題があったと発表された。  「燃えやすい」のはリチウムイオン電池の宿命なのだろうか? そんなことはないようだ。  『燃えない電池に挑む!』(日本経済新聞出版社)の冒頭で、あるベンチャー企業の試験室における蓄電池の燃焼実験が描写されている。ノートPCなどによく使われる18650型リチウムイオン電池にクギを刺すテストでは、クギの先端が金属製のケースを突き破った瞬間、凄まじい勢いで火花が飛び散り、温度計のメモリは2.8秒で摂氏507度まで上昇した。このタイプの電池は、こうした物理的な破壊だけでなく、強い衝撃や過充電でも発火するという。  ところが、同社の開発したリチウムイオン電池は同じようにクギを刺しても燃えない。温度もほとんど上昇しない。開発者が科学雑誌「ネイチャー」に発表した論文を読んで驚いた米軍関係者が同社を訪れ、電池をライフル銃のNATO(北大西洋条約機構)制式弾丸で撃ち抜いた。それでも発火はもちろん発煙もしない。それどころか10時間も電圧が下がらなかったという。  この驚異の安全性と強靭性を備えたリチウムイオン蓄電池を開発したのは、2006年創業のエリーパワーという日本の会社だ。この技術を使って現在は500キロワット時のコンテナ型大規模蓄電システムの開発を進めている。  将来は電池の量産も視野に入っており、電気自動車、電動バイク、工場の無停電電源装置、ロボット、電力送電網に接続する超大型蓄電池などの用途が考えられている。いずれも高いレベルの安全性が要求される用途ばかりだ。  太陽光、風力などの不安定な再生可能エネルギーを活用するのにも蓄電池は欠かせない。その際、屋外や住宅に設置されることになるため、不可抗力の衝撃で発火するようなことがあってはならない。  エリーパワーの創業者であり、本書『燃えない電池に挑む!』の主人公である吉田博一さんは1937年生まれ。同社が設立された2006年9月28日は、同氏の69歳の誕生日だった。  吉田さんは住友銀行(現・三井住友銀行)でキャリアを積み、副頭取にまでのぼりつめた生粋のバンカーだ。年齢的にも、キャリアの面でも、テクノロジー系ベンチャーの創業者としては異色の人物なのだ。  吉田さんは、ひょんなきっかけから開発中の電気自動車に試乗することになり、その加速性能に驚いた。その電気自動車の慶應義塾大学の開発プロジェクトから支援を求められ快諾。それがそもそものスタートだった。  その後吉田さんは慶應義塾大学の教授に迎えられ、同開発プロジェクトのオーナーに就任。2004年5月には、電気自動車に搭載されるリチウムイオン電池の低コスト化を目指す産学協同の「L2プロジェクト」が、吉田さんを代表に立ち上がった。  プロジェクトの過程で電池を製造してもらえる会社がなくなり、「それなら自分たちで」と決意して起業したのがエリーパワーである。  69歳からの、しかも専門家ではない人間による起業が、はたしてうまくいくのだろうか。そんな不安にかられた吉田さんは、「ベンチャー企業の伝道師」と呼ばれた堀場製作所の創業者、堀場雅夫さん(故人)のもとを訪ねる。そして、こんなことを言われたという。「あなたは若い。それに電池は電気をためる。銀行はお金をためる。同じためるだから一緒ですよ」  無理やりこじつけた励ましのようだが、この「ためる」ことの重要性は、あながち的外れではないのではないか。電気を「ためる」電池を開発するために吉田さんは、お金だけでなく人脈や企業同士のつながり、アイデアを「ためて」いった。  「煙の出ない電池」をどうやって作り出すか、創業後の吉田さんは頭を悩ませ続けた。入社した電池技術者の一人が、安全性の高いオリビン構造のリン酸鉄リチウムを正極材に使用する案を出す。すると他の技術者が「それではエネルギー密度が低すぎて、電池が巨大化する」と異論を述べる。量産が難しいという反対意見も出てくる。  ネガティブな意見ばかりでは何も前に進まない。「無理だ」「できない」という声しか出てこない開発現場に対して、吉田さんは「キレた」こともあったそうだ。「それなら会社をたたむか!」と大声を上げた。  「あせらずやろう」と思い直した吉田さんは、自ら「エネルギー密度を高めるのに電池の材料を層状に積み重ねていく」というアイデアを出す。ティシュボックスのようなイメージだそうだが、製造プロセスが複雑になりすぎるという欠点があった。  そこで吉田さんは、アイデアを「100万円の社長賞」を条件に募集することに。1週間後に出てきたのが「つづら折り」という手法だった。これならば画期的なスピードアップが望める。こうして「燃えない電池」は実現に向かった。  こうした経緯を見てもわかるように、専門家はなまじ知識や経験があるだけに、物事に慎重になりやすい傾向がある。慎重すぎて否定的な意見しか述べなくなる。反面、吉田さんのように技術的に素人であれば、思い切った前向きな意見を出しやすい。そのアイデアを前提に専門家が修正・調整したり、別のアイデアを乗せていけばいい。  この「思い切った意見を述べる」は、経済学者ジョン・メイナード・ケインズの唱えた「アニマルスピリット」にも通じるのではないか。「野心的意欲」とも訳されるこの言葉は、非合理であっても「ええい、やってしまえ」と思いきって決断することなどと解釈され、金融業界でも使われる。  アニマルスピリットは、理詰めで考える習慣のある理系の技術者よりも、どちらかというと文系の経営者が持っていることが多いと思われる。  おそらくだが、吉田さんは金融業界で、この精神を身につけてきたのではないか。電気自動車を加速させるリチウムイオン電池のように、アニマルスピリットはテクノロジーベンチャーを勢いよく前進させるのだ。 (文=情報工場「SERENDIP」編集部) 『燃えない電池に挑む!』 -69歳からの起業家・吉田博一 竹田 忍 著 日本経済新聞出版社 232p 1,700円(税別)

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