【迫本淳一】松竹社長が語る「伝統と革新」(中)ワンピースに連なる企業遺伝子

時代の変化に耳傾ける。「芝居の内容ではなくて観客の反応だよ」

松竹・迫本社長

 1895年の創業以来、松竹の歩みは、伝統と革新の歴史と言っても過言ではない。最近でこそ、歌舞伎の名舞台を気軽に映画館で楽しめるシネマ歌舞伎や人気漫画「ワンピース」を大胆な演出で歌舞伎化したことが話題となったが、新しいことに挑む姿勢はいまに始まったことではない。  日本初のカラー映画もトーキー映画も松竹の作品。歌舞伎の世界に、目当ての俳優や場面だけ楽しめる「見取り」と呼ばれる興行スタイルを導入したのも松竹だ。能の言葉である「型があっての型破り」との言葉通り、伝統を継承しつつも固定概念にとらわれない自由な発想で、新しいことに挑む企業風土が根底にある。  もちろん、新しいことに挑めるのは安定した収益基盤が伴ってこそ。1回失敗したらすべてを失うような危うい経営基盤の下では革新に挑むべくもない。  弁護士生活を経て、入社した当時の松竹の経営は厳しい状況だった。当時の喫緊の課題は、資産売却や有利子負債の削減でありその後、第5期歌舞伎座の建設に着手した。  建て替えに際しては、さまざまな計画が浮上したが、オフィスビルを併設する現在の形で再開発を進めたことは本当によかったと思う。今や歌舞伎座タワーをはじめとする不動産事業が安定収益源として確立し、その先にヒット作品に恵まれる好循環が生まれている。  企業価値とは継続性である。しかし、それだけではめまぐるしい環境変化を乗り切れない。松竹に限らず、歴史ある企業に共通するのは「顧客志向」。その視点が薄まると企業存続は危うくなり、ニーズに合致すると再び隆盛を取り戻す。  とりわけ私たちは「感動」という商品を扱っているだけに不確定要素が極めて強い。観客が何を求めているのか、どんな作品が心に響くのかは時代によって異なり、その変化に耳を傾けることを怠ってはならない。  企業として望ましいのは「高く評価され、しかももうかる作品」が生まれることだが「リリース当初はもうからないが、評価される作品」も否定しない。ライブラリーとして将来の収益源となる可能性を秘めているからだ。  松竹は白井松次郎と大谷竹次郎の双子が創業した。大谷親子の逸話は、松竹の企業遺伝子を象徴する。観劇帰りの息子(隆三社長)は「どうだったか」と父の問いに、芝居の内容を説明し始めた。  竹次郎はその話を遮り「そうではなくて、観客の反応だよ」と語ったと言う。その姿勢を見失ってはならない。

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