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買収と譲渡の経験、製造装置メーカ―トップが語る

トッキ(現キヤノントッキ)創業者、津上健一氏。専門家の力を借りること
 有機ELディスプレーや薄膜太陽電池などの製造装置メーカーでトップシェアを誇るトッキ(現・キヤノントッキ)。1967年に前身となる津上特機を設立し、M&Aを活用しながら株式をジャスダック市場 に上場し、世界有数の企業に成長させたのが創業者の津上健一氏である。飛躍や勇退の契機、M&Aの活用などについて、津上氏にM&Aの専門家がお話を伺った。

 ー創業の経緯を教えてください。
 1960 年代の工作機械は、一人のオペレーターが一台の機械を使うことが前提になっていました。しかし私は、今後は複数台の工作機械を一人のオペレーターが制御できるようなシステムが必要だと考えていました。そこで、複数台の工作機械を制御できる特殊な機器を付加するシステムの販売会社として、67 年に津上特機を設立しました。ちょうど「オートメーション」という言葉が出始めたころです。

 その考えをセイコーや東芝といった会社が受け入れてくださり、事業は堅調に推移しました。当初は協力工場にお願いして製造していましたが、その後、新潟に自社工場を設立したり、産業用ロボットのエンジニアリング会社を立ち上げるなど事業を展開していきました。

 ー事業拡大の際には買収も活用されました。
 そうですね。私どもが取り組んでいたファクトリーオートメーション(生産工程の自動化)や産業用ロボットは、景気変動の影響をとても受けやすい事業分野でした。そのため、当時は工作機械に比べ影が少なかったエレクトロニクス分野に参入することはできないか、そのような会社を買収できないかと考えていたのです。

 そんな折、個人的に付き合いのあった真空装置メーカーの社長から、増資を引き受けてくれないかと打診されたのです。研究開発や販売戦略、資金繰りなどで大変なので、助けてほしいとのことでした。調べたところ、真空装置メーカーはさまざまな分野で成長が期待できる。社長同士の仲がよかったこともあり、専門家は入れずに自分達で相手企業の買収監査を行い、そのメーカーの筆頭株主になりました。

 ところが、資本参加した後になって、その会社が3億円もの債務超過であったことが発覚しました。赤字も垂れ流しでしたから、私も現地に通いながら赤字要因を切り出したり、社員たちのモチベーションを高めたりして、事業の立て直しを図りました。結果的にそのメーカーの業績は改善し、津上特機としても新規事業分野への参入が果たせましたが、事前にそのような財務状況だと把握できていたら、投資はしていなかったと思います。

 買収監査を行ったものの、自社の社員ではM&Aの経験やノウハウが不十分であったため、形だけに終わってしまい、債務超過という事実を把握できなかった。やはりM&Aの際には、専門家にアドバイザーとして、企業実態の把握や交渉をしてもらうことが重要だと痛感しました。

最先端の技術力で会社譲渡し経営危機を突破


 ーその後、今度はご自身が会社を譲渡されました。
 2006 年6月、すでに製造に入っていた大口注文がキャンセルになって、一気に48 億円の赤字になってしまったのです。法的な措置も当然検討しましたが、お金も時間も猶予がありませんでした。何も手を打たなければ倒産するリスクがあったため、証券会社に依頼して、複数の大手メーカーに資本参加を打診しました。市場拡大が望める有機ELディスプレーや太陽電池などの分野で最先端の技術力と世界レベルのシェアを獲得していましたから、魅力を感じていただけたのだと思います。

 ただ、余裕を持って検討する時間がなく、07 年4月から半年かけて相手企業のピックアップを行い、同年の12月にはキヤノンと資本業務提携をしました。会社の存亡がかかっていましたので、そのころは本当に忙しく、寝る時間がないほどでした。

 M&A後2年目からは、ほぼ毎期増収増益で推移し、売上は約3倍になりました。マーケットが成長し拡大したこと、そしてキヤノンの信用力で顧客の安心感や評価が得られたことが大きいと思っています。
 
 また、当初は企業体質などがガラッと変わってしまうのではないかと危惧していたのですが、キヤノンは創業者や社員、そしてトッキの社員が大切にしてきた企業理念を尊重してくれて、それも杞憂に終わりました。

 ー買収と譲渡の双方をご経験されて感じられたM&Aのポイントがあれば教えてください。
 まず、開発力であれ営業力であれ、自社の強みを適切な価値として相手に感じてもらうことが重要です。また、私の苦い経験から、M&Aの専門家にアドバイザーとして入ってもらうことが必要だと思います。

 会社はオーナーだけのものではありません。譲渡に当たっては会社の将来を考え、社員やほかの株主などあらゆるステークホルダーの利益につながることを意識して、判断しなければならないと思います。
M&A Online編集部2016年04月13日
石塚辰八
石塚辰八 Ishizuka Tatsuya
伊勢志摩サミットは、ふたを開けてみればリーマン級の危機が訪れかねないと、世界経済の雲行きの怪しさを露呈する場となり、明るく晴れがましい場とはほど遠いのとなった。単に安部首相が、国内世論に向けて増税再延期の理由がアベノミクス不発にあるのではなく、海外の不可抗力的な理由にあるとしたかっただけ、との声もあるが、不穏な空気を感じている企業経営者は多いだろう。窮地から一転、大手との資本提携で回復、M&Aを活用して倒産の危機から自社を救い雇用を守った名門メーカーの社長の生きざまに、M&A活用術を、真田家並みの乱世を生きるたくましさを見る。

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