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主な感染源は「職場の男性」、風しん流行による企業リスクと迫られる対応!

【事例2社】シマノとオムロンの取り組み紹介

■主な感染源は職場の男性

国は、1962年4月2日から79年4月1日の間に生まれた主に40~50代の男性を対象に、原則無料で風しんの抗体検査と予防接種を受けられるクーポン券を発行している。クーポン券は2019年度と20年度に段階的に発行され、対象者の住む自治体から自宅へ届けられる(自治体によっては窓口受け取りもある)。国の目標は、21年度末までに対象世代の男性の抗体保有率を90%に引き上げることだ。

なぜ、国が対象世代の男性に向けた風しん対策に乗り出したのか。

18年7月頃より風しんが流行している。「風疹流行に関する緊急情報:2020年1月16日現在」(国立感染症研究所感染症疫学センター)によると、17年の全国の風しん報告数が91人だったのに対し、18年は2,946人、19年で2,306人と急増した。推定される最大の感染源は「職場」だ。また、「同:2019年12月25日現在」によると報告患者2,294名の性別の内訳は男性が女性の3.6倍で、男性患者の年齢中央値は40歳(0〜76歳)。これらのデータは、クーポン券配布対象者の属性と大きく重なる。対象世代の男性は、これまでに公的な予防接種が行われていない。

■インフルエンザの2倍以上の感染力

風しんは、主に発熱、発しん、リンパ節の腫れなどが症状としてあらわれる感染症。感染力は強く、インフルエンザをしのぐ。感染力を示す数値として、免疫を持たない集団の中で、一人の感染者から何人に感染するかを示す「基本再生産数」という指標がある。その指標によると風しんは5〜7人である。主な感染経路は「飛まつ感染」。感染者の咳やくしゃみに含まれるウイルスを吸引するなどして粘膜に付着することで感染する。また、ウイルスが付着した手で口や鼻に触れることによる「接触感染」もある。風しんウイルスは職場の机や電車のつり革などに一定時間、活性状態で付着しているという。

■他人事では済まされない風しんのリスク

風しんの最大のリスクとは。

医学博士で大阪府感染症情報センター長の本村和嗣さんは、最大のリスクとして「先天性風しん症候群」を挙げる。妊婦が、特に妊娠初期に風しんウイルスに感染した場合に、高確率で出生児に生じる障がいだ。「先天性心疾患、難聴、白内障などを発症し、治療法がない。心臓に障がいを持って生まれてきた場合、最悪のケースでは、早期に亡くなる場合もある」という。

大阪府感染症情報センター長の本村和嗣さん

加えて、「実のところ、全ての女性が抗体を持っているとは限らない。単純に、小さい頃のワクチン接種漏れも実際に一定数ある。体質的に抗体を持てない方もいる。また、女性は妊娠中に免疫力が下がる。免疫力が高いままだと胎児を異物と認識し攻撃してしまうことがあるためだ。免疫力の低下は、風しんに感染するリスクにつながる。先天性風しん症候群を防ぐために、男性は風しんウイルスを職場から家庭に持ち込まないことが重要」とした。

■もし、会社で一例でも発生したら・・・?

先天性風しん症候群という重大なリスクがある一方で、風しん患者は自分自身が罹患したかどうかを自覚しにくい。

「風しんの症状は軽いものが多い。まれに重篤化する場合もあるが、鼻風邪のような症状や体の倦怠感にとどまるだけで自然と治る場合が多いので、感染者が病院に行くとは限らない。一方、風しんかどうかは病院で検査しないとわからない。そのため、無意識のうちに感染源になっている場合がある。だからこそ、多くの人が事前に抗体を持っておくべきだ」(同氏)。

風しん患者は、無自覚のうちに他の従業員や顧客に感染を広げる可能性がある。もしそれが妊婦だったら。

さらに、風しんは一例でも患者が発生すれば、保健所や国立感染症研究所などによって疫学調査が行われる。患者本人はもちろん、感染源が職場となれば、会社全体で調査および拡大防止策への協力が求められる。過去には11週間に渡り社内での流行状態が続いた事例もあり、BCP(事業継続計画)の観点からも決して看過できない。

■クーポン券の配布対象者は忙しい

しかし、クーポン利用率はなかなか上がらない。現状、クーポンを利用した抗体検査の受診率は全国平均で13.4%(19年4~9月実施状況)にとどまる。個々人での利用が進んでいないことを示している。厚生労働省は、風しんの感染リスクの低減には企業の協力が不可欠との認識を示している。また、阪大微生物病研究会の調査によると、クーポン券を受け取ったにもかかわらず抗体検査を受けていない2,480名にアンケートを実施したところ、「(クーポン券を利用して)抗体検査を受けない理由」に対し40%の方が「忙しい、または時間がないから」と回答した。さらに、そのように回答した34%の方が「職場で抗体検査・予防接種が受けられるなら受診する」と回答している。

企業としてどのように風しん対策を進めればよいだろうか。2社の取り組み事例を紹介する。

【事例①シマノ】製造ライン停止や取引先への感染を危惧

自転車部品や釣具などを製造・販売するシマノは毎月、職場の安全や衛生に関わる課題を共有し対策する安全衛生委員会を開催している。産業医で新生児・周産期医学を専門とする菅秀太郎さんは、19年7月の同委員会で、大阪府で急速な勢いで風しん患者が増えていることや、先天性風しん症候群の赤ちゃんが大阪府でも生まれたことを報告した。社内で感染者が出れば、製造ライン停止や取引先への感染などが危惧されることから、風しん対策を企業で取り組むべきとの提案をし、了承された。さっそく翌週にはどういう手順で抗体検査やワクチン接種を実施するかが話し合われ、8月2日から連携する医療機関にて抗体検査が始まった。本社の466名のクーポン券配布対象者に受診を募ったところ、278名が検査を希望した。

■企業がクーポンを利用するメリット

提案から実施までスピーディかつ大きな混乱もなかったという。その要因を菅さんは、「会社が風しんのリスクの重大さについて理解をし、会社全体で取り組んだこと。また、医療機関としっかり連携できたこと。さらには、受診勧奨のメールを対象者へこまめに送ったことだ」とした。また、同社保健師の森末咲穂さんは、「各部署長がとりまとめ役を引き受け、リストアップや希望を募る作業を担ってくれたことが、スムーズに抗体検査やワクチン接種を実施できた要因」と述べた。

保健師の森末咲穂さん(左)と産業医の菅秀太郎さん

企業としてクーポンを利用し、対策にあたるメリットとして菅さんは、「場所の確保や受診者の取りまとめといった時間や労力はかかるものの、企業や対象者は費用を負担しなくてよい。また、風しんは感染力が強いため、従業員の間で広がる恐れがある。そうなると工場の生産ラインを止めざるを得なくなるかもしれない。そういった企業リスクも低減できた」と語る。

風しんに関する取り組みは初めてだ。運営で手間取った点を森末さんに聞くと、「クーポン券配布対象者からどのようにクーポンを入手すればよいのか分からないという問い合わせが多かった。自治体ごとにクーポンの入手方法が異なり一律に案内ができなかった。クーポンが郵送で届くのか窓口で受け取るのかは自治体で違う。自治体の窓口で受け取らなければならないとなれば平日の時間を使うのでクーポン入手のハードルが高くなってしまう。結局のところは、窓口受け取り対応だった自治体も連絡をすれば郵送で対応してくれた」という。

【事例②オムロン】対象者は約5,800名「社員を感染源にしない」

95年以前は風しんワクチンが定期接種として導入されていなかった。そのためそれ以前の年代では免疫を持たない人が多いという。オムロンでは、クーポン券配布対象者のみならず、従業員全員を対象として風しん対策に取り組む。その理由をグローバル人財総務本部長の冨田雅彦さんは、「風しん患者が急増していることを受け、企業の社会的責任を果たすためにオムロンとしてどのように対応すべきか話し合った。単に社員や社員の家族を守るだけではなく、社員が感染源になって風しんを広めないためだ」と説明した。風しんの報告数が多い地域に従業員が多数勤務しており、集団感染の恐れもあった。

昨年8月から健診機関の協力のもと、定期健診の中で風しんの抗体検査を開始した。クーポン券配布対象者以外の従業員の抗体検査とワクチン接種は金銭的に補助する方針。国内のグループ全従業員数は約12,000名、そのうちクーポン券配布対象者は約5,800名。20年度末までに全従業員の抗体検査の受診を目指すという。

■リスクの深刻さを従業員にきちんと伝える重要性

前例のない取り組みに際し、全従業員への通知に加え、クーポン券配布対象者にはダイレクトメールを発信。また、グループ全拠点の定期健診の担当者への説明会も実施した。当初、「定期健診の受付業務で混乱するのでは」「クーポンを忘れる人が続出するのでは」などの懸念があったが、大きな問題もなく19年度の実施を完了した。20年度末までの全従業員の抗体検査の受診に向け、19年12月には役員一同が抗体検査を実施。その様子を全従業員にメール発信することで、会社の本気度を従業員に示した。同社は、今後も従業員への呼びかけを継続する予定だ。

抗体検査を受ける役員一同

全社総務部部長の中山浩之さんは、抗体検査を定期健診の一環で実施するメリットを、「受診率が9割を超えている。もし、『クーポンを持っている方は病院に行って下さい』『会社で補助を出すので受診してきてください』といった案内にとどまった場合は、ここまで多くの従業員が受診しなかっただろう」と語る。さらに同氏は「必要性をきちんと従業員に伝えることが重要。風しんが流行していることや被害の深刻さを伝えることが大切だ」とした。

■風しんを企業リスクとして認識し対応を

クーポン券の配布対象世代は40~50代で働き盛り。前述のアンケートが示すとおり、個人での受診が難しい方が多いかもしれない。また企業は、風しんによる事業継続に関わるリスクや、従業員とその家族の健康リスクを負っている。企業として取り組むことで、公的なワクチン接種の機会がなかった対象世代の受診を促せるとともに、企業リスクや社会リスクを低減できる。前述の事例のとおり、クーポンを利用すれば費用は発生しない。

事例に挙げたいずれの企業も取り組みがスムーズに進んだ要因として、「会社全体で取り組んだこと」「風しんのリスクをきちんと従業員に伝えたこと」「健診機関と連携したこと」「クーポン券配布対象者への個別対応」が共通しており、円滑な運営の秘訣と言えそうだ。さらに運営に関して付け加えるならば、クーポン券の有効期間が2022年3月31日までであることに留意する必要がある。(取材・平川 透)

【参考資料】
国の風しん対策 実践セミナー〜風しんから社員とお客様を守るために〜(厚生労働省)
風しんの追加的対策について(厚生労働省)
平成30年1月1日から風しんの届出が変わりました。(厚生労働省)
風しんに対する抗体検査、定期接種の 実施方法について(案)(厚生労働省)
職場における風しん対策ガイドライン(国立感染症研究所)
先天性風疹症候群とは(国立感染症研究所)
風疹流行に関する緊急情報:2019年12月25日現在(国立感染症研究所感染症疫学センター)
風疹流行に関する緊急情報:2020年1月16日現在(国立感染症研究所感染症疫学センター)
風しんQ&A ㈵ 風しんの基礎知識(東京都健康安全研究センター)
一般財団法人阪大微生物病研究会2019 年 12 月 20 日プレスリリース(阪大微生物病研究会)
【提供】一般財団法人 阪大微生物病研究会(BIKEN財団)

一般財団法人阪大微生物病研究会(BIKEN財団)は、「日本国民を感染症から守る」という細菌学者の熱い思いと篤志家の寄付によって、1934年に大阪大学の敷地内に設立。ともに設立された研究所(現 大阪大学微生物病研究所)が微生物病の基礎研究を行い、BIKEN財団はその応用研究とワクチン等の製造・検査業務を行うという、先駆的な大学ベンチャーのビジネスモデルにより数々の日本初のワクチンを産み出し、供給してきた。

BIKEN財団は、独自のバイオ技術によるワクチンを中心とする生物学的製剤の研究開発、生産供給を行うとともに、感染症予防やがんの早期発見に寄与する臨床検査サービスなどを提供する。設立以来のアカデミアとのネットワークを活かしたオープンイノベーションで、日本発・世界初の画期的な生物学的製剤の開発をめざす。

ウェブサイト:https://www.biken.or.jp/

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