ティッシュケースも!伝統とユーモアが融合した西三河の鬼瓦生き残り作戦

伝統とユーモアを掛け合わせた「鬼瓦ティッシュケース」

屋根材の一種「鬼瓦」。昭和の面影を残す和風建築の屋根には必ず、家の守り神として鬼がいた。「三州瓦」の産地、愛知県西三河地区には、今でも鬼瓦をつくる「鬼板師(鬼師)」がいる。その数は年々減少しているが、「三州鬼瓦工芸品」として同地区の中でも高浜市と碧南市、安城市の3市で生産される鬼瓦が、「伝統的工芸品」に2017年に認定を受ける。これを好機と捉えた鬼師は、鬼瓦を後世に残すため“新たな一歩”を踏み出した。(名古屋・浜田ひかる) 三州鬼瓦工芸品を含む三州瓦とは、高浜市や碧南市など愛知県西三河地域で生産される粘土瓦。江戸中期に生産がはじまり、幕末から明治にかけて本格化。瓦の原料となる良質な粘土の「三河粘土」が豊富に採れたことと、衣浦湾に面し水運の便が良かったことが重なり、全国の瓦生産量の7割を占める、日本一の瓦産地へ成長した。鬼瓦もそれに付随して同地域が日本一の産地。鬼瓦を「他の屋根材と組み合わせて、一度に住宅メーカーへ納品するため」(瓦メーカー担当者)、鬼師の多くは工房を三州瓦の生産地と同じ西三河地区、中でも高浜市と碧南市に構えた。 鬼瓦の製造方法は主に二つある。型で押さえてつくる「プレス」と、鬼師による手彫りの「手作り」だ。新築一戸建て住宅着工数が伸長していた1980―90年代は瓦同様、鬼瓦も屋根材の一部として飛ぶように売れた。しかし、阪神・淡路大震災が発生した95年以降、瓦の生産量減に伴い、鬼瓦の生産量も減少。それとともに鬼師の数も下降をたどり、三州瓦工業協同組合によれば、92年に86社あった組合員数も、18年には22社まで減少した。 今、生き残る鬼師は、手作りを軸に置く技術者たち。中でもその筆頭に位置するのが、「生き残るためには、本格的な手作りにこだわる必要がある」と語る山下鬼瓦白地(高浜市)の山下敦氏だ。皇居や京都御所など、国の重要文化財に含まれる鬼瓦の修復を一手に担う。三州鬼瓦工芸品が伝統的工芸品に登録された際も、山下氏が経済産業省で実演した。山下氏は「鬼師はいても、国宝を修繕できる技術を持った“本物”の鬼師が少ない」と技術の点から現状を問題視する。 その中で鬼瓦を後世にまで残すことを目的に、瓦メーカーと鬼師が互いに協力する動きが出てきた。瓦大手の新東は、16年から「鬼瓦家守」の販売を開始。山下氏を含むえりすぐりの鬼師9人に対し、屋根材ではないインテリアとしての鬼瓦づくりを依頼。和風の家よりも、鬼瓦を必要としない洋風の家が増加したことを受け、「日本の伝統的な住文化の中で生まれた鬼瓦を、何らかの形で守り残すため、はじめた」(新東担当者)。 鬼瓦が変貌した―。鬼瓦を本来の屋根材以外の用途で、社会に提案する事例が数多く見られるようになった。中でも注目を集めるのが「鬼瓦ティッシュケース」。「鬼瓦を使って、何か面白いことをやろう」と、鬼福製鬼瓦所(碧南市)の鬼師、鈴木良氏が発案・制作した。鈴木氏は同製品を「伝統とユーモアを掛け合わせた鬼瓦」と表現する。 10月、鈴木氏は鬼瓦ティッシュケースをクラウドファンディング(CF)サイト「Makuake(マクアケ)」で市場投入した。反応は鈴木氏の想像を上回り、わずか1日で目標金額の15万円を達成。最終日に設定した12月27日には、目標の約20倍、298万6000円の支援を171人のサポーターから得ることに成功した。 以前から鈴木氏は「屋根の上だけでは生き残れない」と、鬼瓦の置かれた現状を危惧していた。後世に鬼瓦を残すため「鬼瓦を使った鬼瓦以外の何かを作れないか」と、鬼瓦インテリアを考案。重さ1・4キログラムの鬼瓦ティッシュケースや、鬼瓦ペーパーウェイトを生み出した。これらを会員制交流サイト(SNS)で発信したところ想像以上に反響を獲得し、CFへの初挑戦を決めたという。 これらの背景には、鬼瓦を含めた瓦の受注減がある。経産省によれば、ピーク時の73年の出荷枚数が約21億2989万枚に対し、16年は約3億3819万枚。7分の1まで減少した。和形瓦(J形)を使用する屋根の減少と、凹凸の少ないフラットで総面積の大きい瓦(F形)が主流となり、全体的に生産枚数が減少した。 中でも鬼瓦は、J形の付属品。瓦の生産量が下降に入った95年以降、「プレスで量産型の鬼瓦を生産していた工場は軒並み廃業した」(鈴木氏)という。今までBツーB(企業間)だった鬼師。しかし、仕事が自然と舞い込んできた時代はすでに終わり、鬼師自身が積極的に表に出て、営業を仕掛けなければ生き残れない時代に突入した。鈴木氏はこの現状を重く受け止め、BツーC(対消費者)へまず一歩、踏み出した。 BツーCへの動きへ活動をシフトする鬼師は一定数いる。その筆頭に、自らを若手の“女性鬼師”として売り出す鬼師、伊達屋(高浜市)の伊達由尋氏がいる。珍しい女性の鬼師として表に出ることで、多くの人に「鬼瓦を知ってもらうきっかけづくり」(伊達氏)を行う。例えば、積極的なテレビ出演や、鬼瓦の製造体験ができる「粘土制作体験工房」の開設資金をCFで回収するなどだ。このように注目を集めることで、愛知県だけでなく全国へ向けた鬼瓦のPRを行っている。 技術にも磨きをかける。約5年前から本格的に修行をはじめ、3年前、仏閣などの修繕ができる愛知県鬼瓦技能評価認定協議会の実技と学科試験の中級に合格。 伊達氏は「生まれ育った街の伝統を絶やさないため、鬼師として鬼瓦のある暮らしを提案していきたい」と、鬼瓦を後世へ残す意気込みを語った。 伝統的工芸品「三州鬼瓦工芸品」登録に尽力。鬼師の研究を20年以上続け、その成果を著書『鬼師の世界』に著した、愛知大学の高原隆教授に鬼師の行く末を聞いた。 ―鬼師の現状は。 「本物志向の鬼師と、そうでない鬼師の二極化が進んでいる。中でも、国宝などを修繕できる鬼師が少なくなっている点が問題だ。インテリアという形で鬼瓦を広める傾向は悪くはないが、本来は屋根の上にあるべきもの。そちらばかりに偏っていては、元も子もないと不安だ」 ―17年、伝統的工芸品に登録されました。 「鬼瓦は日本の伝統的な文化の一つ。20年に訪日外国人旅行者4000万人を目標に掲げる中で、観光地のメーンとなる寺院・仏閣に鬼瓦は多くある。観光の中心がコト消費に向かっている中、日本の伝統的な空間を構成する鬼瓦に注目が集まるのは間違いない」 ―鬼師の未来は。 「今まで一人前の鬼師になるためには、弟子入りした師匠の技を目で盗んで自分の技にする必要があり、全てが工房内で完結していた。しかし今は21世紀。SNSを通じて、鬼師たちが自らの技術を発信し、だれでも学び、鬼師の世界を知る環境が整った。これをきっかけに鬼瓦、それを作る鬼師はより世間に知られる存在となるだろう」

続きを読む

関連する記事はこちら

特集