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南場智子インタビュー「任天堂と付き合えば付き合うほど相性がよくなる」

スイッチを入れる人たち(第1回)~私はヘルスケアを成長させる~
 人はある瞬間にスイッチが入る時がある。きっかけは?モチベーションは?目指すものは?―。ニュースイッチではスイッチを入れる人たちにフォーカスする。第1回は、ディー・エヌ・エー取締役ファウンダーの南場智子さん。任天堂と資本・業務提携を発表する一方、創業直後から経営に参画してきた春田真会長の退任が決まり、ディー・エヌ・エーは変わり目にある。2011年に社長退任後、後任の守安功氏に経営をまかせてきた南場さんだが、今後、否が応にも存在感が増してくるかもしれない。創業者は「今」の会社をどのように見ているのだろうか。

 ―ゲーム配信基盤「モバゲー」以降、ディー・エヌ・エーは社会に何か新しい価値を提供しているのか、ということを考えると疑問符が付きます。
 「ゲームはすごく誇らしいと思っていて、社会の一部にはネガティブな印象があるけど、悪いものとは思わない。やっぱり多くの人に楽しんでもらいたいしね。フィンランドのスーパーセルなんて国のヒーローでしょ。首相もイベントとかに駆けつけるし。うちの会社に米国のバイデン副大統領は来て下さったけどね。ゲームはこれからも主力事業に変わりない。まだ30代以上の利用率が高いので、もっと事業を拡大できる。そしてインターネットサービスで楽しむことを突き詰めるノウハウがあるのだから、それをいろいろな業界が次のステージーに上がるために使っていきたい」

 ―任天堂との案件は南場さんがある程度関わっていたのですか。
 「私が社長を退任する前に、岩田さん(任天堂社長)にあいさつに出向いて、その時に守安も一緒に連れていったんです。部屋に入ってじっくり話したのはその時が初めて。(任天堂との交渉は)渉外の人間がずっと積み上げてきて、要所要所で守安がしっかり意思決定してくれた。一昨年に私が本格的に仕事に復帰してからも岩田さんとは会っていない。今回の案件は両社にとってよかったのでは。ゲーム事業をジャンプアップできる枠組みができた。これから実際に作っていくのは、エンジニアやグラフィックスの人たちだけど、任天堂もしっかり仕事をされる会社だと聞いているので、わが社と似ている。付き合えば付き合うほど相性がよいかもしれない」

 ―春田会長が退任することになり、守安さんの負担が重くなるのでは。
 「守安の仕事ぶりは常に徹底しているので、周りも仕事をしやすいと思う。少し怖いかもしれないけど(笑)。任天堂との提携をまとめ上げた過程は、わが社にとって普通というか通常レベルであります」

 ―南場さんは先日のイベントで、フリマアプリの「メルカリ」が伸びる前に同じようなアイデアを経営会議でつぶしたとおっしゃってました。「私たちには見えていない世界が若者には見えていた」と反省したとも。経営層が成功体験にしばられているという見方もできます。
 「そうかもしれないけど、メルカリの文脈は少し私たちが合理的に考えすぎたということですね。私たちはオークションサービスの『モバオク』をやっていて、普通は『大は小を兼ねる』と思うじゃないですか。その機能をそいでいくとメルカリやフリルになる。切り出して輪郭をはっきりさせたら世の中でグッと伸びた。なかなか市場は論理的ではないんですよ」

 ―メルカリと似たようなケースも他にあったりしたんですか。
 「ゲーム事業の細かい部分とか」

 ―そうならないためには何を変えないといけないですか。
 「そう単純ではないけど、一つは私たちのようなマネジメントが意思決定するんではなくて、市場に意思決定してもらう。プロダクツを作ってちょっと世に出して、『どうですか?』というのは低いコストでできてしまう。企画書を書いて経営会議に判断を仰ぐより、数字がすぐに返ってくる。その審判を信じてみる。すべてがそうではないけど、できるだけ権限移譲することだと思います」

 ―以前から永久ベンチャーを目指すとおっしゃてますが、ディー・エヌ・エーも社員数や資本金などをみれば立派な大企業です。大手企業になればなるほど社内評価を気にする風土になりがちです。
 「どんなに憎たらしいヤツでも成果を出せば社内評価はあがります。逆にすごいペーパーワークをしても、成果が上がらなければまったく評価されません。ディー・エヌ・エーは今も人の顔をみて仕事をしなくていい。それは全然変わっていない」

 ―南場さんご自身は、昨年から「ヘルスケア事業」に対し、完全にスイッチが入ったように見えます。
 「今年の目標といえば、やっぱりヘルスケアを成長させたいですね。昨年、遺伝子解析サービスを始めて、健康保険組合向けの『ケンコム』とか、他にもいいサービスが立ち上がっている。このヘルスケアチームの良さは、草の根でいつの間にか事業が生まれてくるところ」
 
 ―事業領域が広がっていくと、人材を適材適所に配置することも重要になってきます。南場さんは今も新卒採用担当で、ここまで採用にこだわる経営者を見たことがありません。向き不向きも含め配属などを人事部門に指示するんですか。
 「細かくしますね。その人が何に向いているか、だんだんと分かってくることもある。一番気を付けているのは、『あなたは何でディー・エヌ・エーに入ったの?』という点をしっかり聞くこと。例えばマッキンゼーとうちに内定をもらって、うちに来たいと。最初から実業がやりたいという理由なら、経営戦略に配属させたりしません。仕事なんて当然思い通りにならないのだけど、この会社を選んでくれた理由を裏切らないようにしてあげたい。うちは採用チームと人事チームが違う。私の採用チームは、配属と育成まで責任をもってやる。配属する時に、この部門は何人足りないからその分を当てはめるということをしたら、必ず会社はおかしな方向にいく」
(聞き手=明豊)

<略歴>
南場智子(なんば・ともこ)新潟県出身の52歳。マッキンゼーを経て1999年に起業。2011年に病気の夫の看病のため社長を退任。一昨年から仕事に本格復帰し、現在は新卒採用やヘルスケア事業に従事する。今年1月には横浜DeNAベイスターズのオーナーに就任した。
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明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
ディー・エヌ・エーでは南場さんの後にカラオケを歌うことを希望する人が多いそうだ。南場さんは声量があまりにないので、みんな上手に聞こえるからだという。しかも古株の社員の人ほど「カリスマ性はなくホントに普通の人」だと評する。ずいぶん外部からの見え方と違う。なぜなら、イベントや取材での言動は、多くの人に説得力と迫力を与えているからだ。彼女の中に必ずスイッチがある。当分、それはディー・エヌ・エーのスイッチでもあり続けるだろう。

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