菜食のインド人が感じる、日本の食環境への適応しにくさ

連載・拡張する『食のバリアフリー』#02

ベジタリアン&ヴィーガン向けにリブランディング・外装変更を図った 東京・蔵前のインド食材商社直営店「アンビカ・ショップ」(2019年9月)

「食のバリアフリー」は宗教上の理由や嗜好、アレルギーなど、どんな食生活の方でも、食を楽しめるように、日本に増える多国籍な住民や観光客の多様な食文化や食嗜好にも配慮する考え方。食のバリア(制限)に対して正しい知識を得て多様な国籍の友人と分け隔てなく食事を囲むことにより、日本社会に暮らしながら、多様な文化に対する理解が促進されるなど私たちの“世界”を拡張することができる。  本連載は、多様な食のチョイスへ理解を後押しし、包括的な視点を持ってもらうための一助となるよう、識者や食の実践者の方々のお話から、ハラール、ベジタリアン、ヴィーガンなどの食文化や嗜好についてひもといていく。(取材・腰塚安菜)  第2回は筆者と同じ20代、横浜で勤務し、菜食文化の発達したインドという環境で生まれ育った女性の生い立ちと彼女なりのベジタリアンのライフスタイルを紹介する。ベジタリアン・フレンドリーな国をヒントに、日本社会や日本食ならではの課題と向き合う。  大手日系化粧品会社で研究職として働き、週末は都内で古典舞踊を習うシャルマ・ダミニさんに、平日にフルタイムで勤務する横浜で普段の食生活の実際について伺った。  ダミニさんはインド北部ビハール州生まれ、デリー育ち。6歳の時、父親の仕事でインドから来日した。はじめは日本の公立小学校に通ったが、その後江東区のインディアン・インターナショナルスクールへ。ヒンディ語、日本語、英語は同レベルで使用でき、日本人とのコミュニケーションにも不自由しない。  インド式菜食家庭で育ったダミニさんは、来日の過程を振り返る中で、「日本食に(自分を)合わせるのはなかなか難しい」と話した。「インドで『べジタリアン』は『ヴィーガン(完全菜食)』とは違って乳製品はとるという人も多い。卵は『ノンべジ』にあたる。両親は卵も食べないが、自分は食べる」。  都会で仕事をするようになった現在は日系企業で女性の多い職場ならではの飲み会、女子会といった人付き合い文化の中、周囲に合わせて食べられないものは断らざるを得ないことも多いというダミニさん。人間関係で特にストレスを感じてはいないというが「そんな日本の環境だからこそ、工夫していることがある」と教えてくれた。それは職場へ持参するランチだ。この日は平日と同じ、等身大の「ベジランチ(お弁当)」も取材した。  「インドやイタリアン、メキシカン料理を食べに行くこともあるし、ベジ対応のテイクアウトの選択肢もあるけど、一番安心できるから基本的に母か自分の手作り。『母の味』はいろいろあって迷うけど、今日も持ってきたチャパティを添えたビンディマサラ(オクラのスパイス炒め)かな。」  チャパティでおかずを器用に包むダミニさんの手つきからも、小さい頃から母のつくるインドの家庭料理を大事に頂いてきた姿勢が伝わってきた。そういえば、小学生から高校までお弁当で育った筆者も彼女とは違う「母の味」を何品か思い出せる。  「私にとって『お弁当』といえば、どこの国の人も持ってくるこういうカジュアルな容器のお弁当。インド映画によく出てくる、あのステンレスの弁当箱じゃなくてね(笑)」  インドでは、日本の手作り弁当のようにカジュアルに持参する昼食を「ティフィン」というが、筆者は初めて見たインド映画で、主人の職場までお弁当を運ぶ「ダッバーワーラー(弁当配達業者)」が登場するユニークな都会生活の弁当文化にも驚かされた。  ダミニさんの話の中で印象的だったのが、インドに通用する「ベジ」「ノンべジ」の区別である。緑と赤い枠に囲まれた日の丸国旗のような「ベジマーク」(緑)と「ノンべジマーク」(赤や茶色)を図解してくれた。インドでは、有機やフェアトレードのような国際認証ラベルではなくとも、こうして各人が食を選択しやすくする分別の工夫がある。日本では、インド食材専門店のような場所でなければ目にする機会は少ないが、ファーストフードの包み紙にも添付されるほど日常的なシンボルだそうだ。  インドの国民食といえばカレーやナンのイメージが強いが、国民にベジタリアンが多いことも特徴である。日本貿易振興機構(JETRO)の「JETROインド食品嗜好調査(2017年3月実施)」では「もっとも好きな外国料理」でイタリアンや中華料理がトップとなっている。JETROニューデリー事務所の梅木壮一氏によると、イタリアンや中華料理の人気の高さはベジタリアン食材との親和性が高いこともポイントという。近年はデリーなどの大都市を中心に、日系外食店や日本企業の食品も進出し、外食市場ではインド料理店だけでなくほぼすべての店にベジタリアンメニューがあるという。  しかし、日本では「来日する菜食のインド人の中には日本の食環境に適応しにくいため、仕方なく肉を食べる食生活に変えてしまうケースもある」とダミニさんは話した。JETROの在日インド人モニター調査レポートでも同様の声が多く見られる。日本に生まれ育ち働くなかで日頃は不便さを感じないが、こうした話を聞くことで日本社会の食環境における切実な課題が見えてきた。  筆者が「食のバリアフリー」を自分ごと化したきっかけに、大学1年から卒業までアルバイトをした玄米菜食を基調とする「マクロビオティック(マクロビ)」のカフェレストラン「チャヤ マクロビオティック」の存在があった。幼少期は菓子類や加工食品が好きな偏食児で、小中学生の頃なかなか育たず体質改善に試行錯誤した私は、学生時代に出会った「マクロビ」に魅力を感じた。  肉や動物性を避ける食事法で見方によっては極端に映るかもしれないが、実際は日本の四季に合わせてとる食材の「陰陽」でバランスをとり、不調の際には体の自然治癒力を引き出し、心身を心地よい状態に保つなど、ライフスタイルを全体的に見直すことだった。一方で外食や総菜に頼りがちな家庭にはある種の「異文化」でもあり、簡単に持ち込めるものではないことも理解した。  「チャヤ マクロビオティック」では肉や卵、乳製品は使用しないが、メニューの一部では魚介類を使用する。「誰と来ても、みんなが料理を楽しめる」をコンセプトにシェフやパティシエ、スタッフが一丸となり、日本の四季に合わせたメニューを考案している。実際は食に制限のあるアレルギーの人やベジタリアンの食嗜好を持つ人だけでなく意識せず入店する客層も多く、来店動機はもっと気軽なものだ。来店客の個々の食の嗜好に柔軟に対応し「食のバリアフリー」にアプローチしてきた先駆的存在でもある。  ベジタリアンとそうでない食事の垣根をなくすことが「食のバリアフリー」に貢献することは確かだ。外食産業でも菜食のチョイスが広がりつつあるが、日頃から菜食の生活をしていない人々にとっては選択のハードルが高い印象は残る。今後は日本でも、菜食のチョイスが当たり前になる社会づくりが進み、個人レベルでも「自由に選べる食のスタイルである」という見方に変わっていくよう願いたい。 #02 菜食主義のインド人が感じる、日本の食環境への適用しづらさ 腰塚 安菜(こしづか あんな) 1990年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業。在学期から商品の社会性に注目し、環境配慮型ライフスタイルを発信。(一社)ソーシャルプロダクツ普及推進協会主催「ソーシャルプロダクツ・アワード」審査員(2013~2018)。社会人ユースESDレポーター(平成28年度・平成29年度)として関東地区を中心に取材。日本環境ジャーナリストの会(JFEJ)所属員。主な取材フィールド:環境・社会、教育、文化多様性

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