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「生きる力」は伸ばせるか。教育×AIの挑戦

潜在データは宝の山。産学連携で融合で教員の負担軽減へ
 公教育と人工知能(AI)が急接近している。小中高校の学校に眠るデータの潜在量は膨大だ。タブレット端末など教材のデジタル化に伴って、生成されるデータは増えつつある。ただ現状はデータと計算資源、AI技術者がそろっているのは民間企業に限られる。そこで注目されるのが産学連携だ。教育大学と企業の試行錯誤が始まっている。産学連携は教育AIの突破口になるか。

 「ポテンシャルは大きい。どうデータを集め、データ活用の理解を得るかが教育AIの課題」と、文部科学省初等中等教育局の白井俊教育課程企画室長(前OECD教育スキル局分析官)は説明する。

 小学校の就学児童数は約650万人、中学校の生徒数は340万人で高校は330万人。少子化が進んでいるとはいえ毎年100万人強が就学し授業を受ける。日本はOECDの学習到達度調査(PISA)で上位を維持し、初等中等教育は成功モデルの一つだ。世界の中でも高いレベルで均質な教育システムを実現している。

 教育データがとれれば宝の山だ。リクルートはオンライン学習サービス「スタディサプリ」、ベネッセは「Classi」を展開し、それぞれ42万人、70万人の会員を抱える。

 問題の正誤率などの学習データを集め、AIで解析する。問題を解く前に正誤を予測したり、苦手な問題を洗い出して復習を促したりと、生徒ごとに学習の個別化を進めている。リクルート次世代教育研究院の小宮山利恵子院長は「こどもの習熟度に合わせた学習環境の整備だけでなく、教員の負担軽減にもつながる」という。

 ただ現在AIで扱えるのはデジタル教材のデータが中心だ。データにならないノウハウが教育現場にはあり、教員はテストで計れない「生きる力」を伸ばそうと腐心している。

 そこで東京学芸大学と米デュポール大は授業研究用の記録ノートをデジタル化するアプリ「レッスンノート」を開発した。授業研究では教員の説明や生徒の発言、クラスの理解度に応じた授業の采配などを他の教員が評価して記録に残す。授業研究をデジタル化することでノウハウの可視化と共有が進む。

 デジタル教材と授業ノウハウのデータが融合すれば、自宅学習と授業を結びつけた解析が可能だ。ただデータ活用には壁がある。

 学習データは一人一人の成長の軌跡であり、家庭環境や将来性も推定しうる。プライバシー問題を技術的にクリアしても子どもを実験材料のように扱っていいのか意見が分かれる。学芸大の出口利定学長は「保護者や社会、すべてのステークホルダーから理解を得るのは難しい」と説明する。

 そこで学芸大とリクルートは教育AI活用の倫理指針の検討を始めた。教育大学をハブとして事例を集め、AIの可能性と社会受容性を探る。

 指針の先には現場で使うチェックリストやAI活用状況の監視体制など検討すべき項目は多い。松田恵示学芸大副学長は「産官学が一体的に検討しなければ意味がない」と連携作りに奔走する。教育とAIを融合する挑戦が始まった。
                 

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞2017年5月26日
小寺貴之
小寺貴之 Kodera Takayuki 編集局科学技術部 記者
 受験勉強と「生きる力」の乖離が、教育AIと現場の乖離となっていると思います。現在のAIはデータにならない子どもの素質を扱えない限界があります。教育者が伸ばそうとする「生きる力」はデータとして扱うことが難く、データ化できるドリルやテストは学習ステップができあがっていてAIを必要としていませんでした。  そこで子どもの成績と出題を最適化する適応学習を目指しました。算数のようにステップが明確で採点しやすい分野は効率化できましたが、英語・国語などは苦戦しています。また適応学習で勉強時間を1-2割短縮できても意味があるのか疑問視されました。1時間かかる勉強が50分で終わっても、効率化した10分でマンガを読んだら意味がなく、「10分で別の勉強ができる」と喜ぶ子はAIの支援を受けなくても自分で勉強していけます。そこで勉強の動機付けは先生、宿題の進捗管理や採点をAIという棲み分けが現実路線になりました。宿題の自動化は先生の負担が減るので、費用対効果を示せれば普及します。  「生きる力」は、計れる力もありますが多くは定量化できずブレイクスルーがいくつも必要です。ただAI時代の「生きる力」はAIに計れない能力や価値を自ら作って社会に認めさせる力とも言えるので、「生きる力」をAIが扱えない方がいいのかもしれません。

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