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トランプが問題視する「H-1B」ビザ、意外にしたたかなインドIT

留学先を米国から欧州に変える動きも
 インドの大手IT企業であるインフォシスが今月初め、米国内において向こう2年間で2万人の米国人を雇用する、と発表した。同社はトランプ大統領から、専門技術を有する外国人向け査証(ビザ)「H-1B」取得で、不正な手法を取っていると非難された1社。トランプ流の「脅し」がこの分野でも効力を発揮した形だ。

 H-1Bは、レーガン大統領の次のブッシュ大統領時代の1990年に設けられたもの。当時、米国のIT産業は急成長期を迎えていた。また、コンピューターの誤作動を招くのではないかと心配された「2000年問題」対処もあり、IT技術者の不足が問題となっていた。

 H-1Bはこの問題などの解消のため導入され、IT分野では、インド人技術者の申請が殺到した。同ビザ申請にはスポンサー企業が必要だが、米国の大手企業では80年代から、時差を利用し、米国での開発作業と連続したインドでのIT関連作業を積極化。インド人IT技術者の賃金レベルが低い一方、その能力が高く、英語ができることを認識した上での戦略だった。

 「デジタル・エコノミー」が加速したクリントン大統領時代には、H-1Bの取得枠が20万人近くにまで広げられた。しかし、2000年代に入っての「IT不況」で、その枠は削減され、現在の枠は、学士号取得者ないしそれ相当者が6万5000人、修士号以上の取得者が2万人。

 4月1日に始まった、10月からの新年度の枠への申請者はわずか5日間で19万9000人にも上り、申請受け付けが打ち切りとなった。H-1B取得者は、申請者の中から抽選(ロタリー=宝くじ)で選ばれる。

 2015会計年度のデータでは取得者の60%強はインド人が占め、次が17%の中国人だ。H-1Bの有効期間は3年。もう3年の延長申請可能で、その間に、永住できる「グリーン・カード」取得の機会が得られる。

 「米国第一主義」を掲げるトランプ大統領は、1月の就任後から、「米国人の就業機会を奪っている」と、このビザを問題視。4月18日には労働省、司法省、国土安全保障省、国務省に対し、現行法・手続きの調査および改革案の提起を求める大統領に署名し、H-1Bの改革を打ち出した。

 上院議員の中にも、何年も前から、このビザの問題を指摘する議員がおり、今月に入って、労働省から、4層の賃金レベルは改正の余地あり、という見解を引き出している。

 同議員やトランプ政権は、インフォシス、タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)、ウィプロといったインドITベンダーがH-1Bを大量に申請して、抽選を「不正操作」している、と批判している。

 各社とも「事実無根」としているが、そうした雰囲気を反映してか、2月にはカンザス州で、若いインド系米国人が白人米国人に射殺される事件も起こっている。

 また、サンフランシスコ・クロニクル紙は、シリコンバレーの中心地パロアルトの高校で「インドに帰れ」との人種差別発言を浴びせられたインド系高校生のケースを報道している。インド国内では、大学留学先を米国から欧州に変える動きもあるという。

 よく知られているように、IT分野の米国のスタートアップ(ベンチャー)企業は、大手のような高額な報酬は払えないため、H-1Bの取得者をアウトソーシングの形で利用している。

 大手のグーグルにしても、従業員の30%はアジア系。現最高経営責任者(CEO)のスンダル・ピチャイ氏はインド系だ。インド系米国人が起業し、成功しているIT企業も多い。

 インドの全国ソフトウエア・サービス業協会(NASCOM)によると、IT関連のコンサルティング、ソフトウエア開発、R&D関連、プログラマー派遣、コールセンターなどバックオフィス業務といった業界の輸出総額は1078億ドル(2015年度)、うち61%は米国向けだ。日本向けはわずか1% に過ぎない。
(文=中村悦二)
日刊工業新聞電子版2017年5月11日
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
トランプ大統領は、いったん振り上げた拳を引っ込めて取引に転じる姿がこのところ目立つが、H-1Bの場合はどうなるか。インド側は意外に楽観的に構えているように見える。 (日刊工業新聞・客員論説委員中村悦二)

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