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日本の大学に世界中から引き合い、自動運転のDBとは

走行映像のデータ、AI開発のカギ握る。共通化かブラックボックスか
日本の大学に世界中から引き合い、自動運転のDBとは

東京農工大のヒヤリハットDBの操作画面、左が車載カメラの映像、右が加速度や車速(東京農工大提供)


東京農工大の“ヒヤリハット”が注目されるワケ


 東京農工大学にも世界から引き合いが集まるDBがある。飛び出しに気付いて急ブレーキを踏むなど交通事故に至る前の“ヒヤリハット”のDBだ。毛利宏教授は「完成車メーカーを抱えるほぼすべての国から連携の打診を頂いている」と説明する。

 このDBはヒヤリハットが約12万件、危険を伴わない急ブレーキなども含めると約50万件の走行シーンが収録されている。タクシー会社にドライブレコーダーを提供し、前方映像と車内のドライバー映像を集めた。

 毛利教授は「プロドライバーがヒヤリハットの場面に出会うのは数十日に1回。狙って収集できるデータではない」という。10年以上データを蓄積してきた。

 もともとはドライバーの不注意の発生メカニズムなど、ヒューマンファクターの研究用DBだったが、自動運転でAIの学習データとして注目された。

 DBにはカメラ映像に加えて、車の加速度や推定車間距離、ブレーキを踏んだタイミングなどが収録されている。ヒヤリハットDBの事故形態は交通事故統計の分布とよく似ていて、画像識別やシミュレーション技術とヒヤリハットDBと組み合わせると、危険なシーンをモデル化して網羅できる。AIの危険度判定の精度や、AIの危険回避プランの妥当性評価に応用できる。
              


運転中のてんかんなど集めにくいデータ収集も


 運転中のてんかんや脳卒中の発作など、極めてデータを集めにくい事例の収集も始まった。

 産業技術総合研究所自動車ヒューマンファクター研究センターと筑波大学付属病院は完成車メーカーなど13社・機関でコンソーシアムを設立。患者にドライブシミュレーターやテストコースで運転してもらい、運転中の認知・生理データを収集する。運転支援型の自動運転でAIがドライバーの急変を検知するための基礎データになる。

 てんかんの軽度発作は患者本人も自覚できないことが多い。自動車HF研究センターの北崎智之センター長は「想定患者数は疾患当たり数十人でDBと呼べるほど大規模にはならない。だが運転中発作のデータはなく、一人ひとりのデータが貴重」という。

 課題はDB維持費の捻出とDB拡張の自動化だ。JARIの走行映像DBは4・2ペタバイトと大きいため、多くの研究者が使えるようにクラウドに上げるとストレージ代だけでも維持費がかさむ。

 現在は磁気テープで保管している。建造物の3Dデータ化でインフラ保守、街の混雑推定は小売り、高齢者の行動推定は福祉機器の開発評価など、他の研究分野と連携して予算を捻出したい考えだ。

 東京農工大のヒヤリハットDBは、タクシー会社にドライバーの運転状況を助言することで協力を得ている。運転中の発作DBは患者会の協力が不可欠だろう。

 産総研の小峰秀彦生理機能研究チーム長兼広島大学教授は「日常行動などのライフログと連携して早期発見などで付加価値を高めたい」という。

 完成車メーカーは「つながる車」から集まるデータを処理する情報基盤を整備中だ。各DBで開発されるアプリケーションは新サービス創出につながる。AIの高度化とサービス開発を両立させるデータ連携が求められる。

(文=小寺貴之)
日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
自動運転の成否は自動運転技術そのものよりも、それを支えるデータエコシステムの成否にかかっているように思います。自動運転車を現行の車に近い値段で売るのであれば、データに避けるコストは大きくありません。ダイナミックマップ(動的3D高精度地図)もAI学習用データも副業先が必須で、自動運転以外のスポンサーを探さねばなりません。スマホで電話やメッセージ以上の価値がアプリから生み出されたように、自動運転も移動以上の価値をデータやアプリで生み出す必要があります。またはデータ量に頼らない自動運転AIを開発することになるのですが、この種のAIでは市街地を走れず、データインフラの副業先探しがとても難しくなります。 (日刊工業新聞科学技術部・小寺貴之)

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