iPSで精神・神経疾患を解析、理研などで研究成果相次ぐ
統合失調症の創薬に期待、ALS治療薬にも効果
理化学研究所などは、iPS細胞(人工多能性幹細胞)を使って、統合失調症や脊髄小脳変性症といった精神・神経疾患の病態を解析した研究成果を相次ぎ報告した。統合失調症では神経細胞の分化段階の異常を発見。脊髄小脳変性症では、神経細胞でカルシウムイオンの搬入経路を構成するたんぱく質の一部分が異常に蓄積する病態を再現した。発症機構の解明や創薬への貢献が期待される。
理研脳科学総合研究センターと慶応義塾大学、順天堂大学などの研究グループは、染色体異常症の一つ「22q11・2欠失症候群」が統合失調症の発症率を上昇させる点に着目。同症候群を持つ統合失調症患者と健常者からiPS細胞を作り、神経細胞に分化する過程を調べた。
その結果、神経細胞に分化する前段階の細胞塊「ニューロスフィア」の直径が、患者は健常者に比べて約30%小さかった。また細胞塊から分化した細胞のうち、神経細胞の比率が健常者は約90%だったのに対し、患者は約80%にとどまった。
この欠失症候群を持たない統合失調症患者の死後脳の解析でも、神経細胞とそれ以外の細胞の比率の異常を確認。分化効率の変化が統合失調症の病因に関わっている可能性を示した。
一方、理研多細胞システム形成研究センターと広島大学、京都大学の研究グループは、運動機能に障害が出る脊髄小脳変性症6型(SCA6)の患者からiPS細胞を作製。このiPS細胞を小脳の神経細胞の一つ「プルキンエ細胞」に分化させ、病態の一部を再現した。
患者由来のプルキンエ細胞は形態が脆弱(ぜいじゃく)であることが判明。既存薬である甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンや、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬「リルゾール」に、この脆弱性を抑える効果があることも分かった。
二つの研究成果は2日、英国と米国の科学誌の電子版にそれぞれ掲載される。
京都大学の山中伸弥教授らがマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功し、その論文が2006年8月10日の米生命科学専門誌『セル』電子版に発表されてから、丸10年を迎えました(プリント版掲載は同25日)。これまでを振り返ると、わずか10年という短い期間での研究の進展にまず驚かされます。それには、研究者の日夜の努力もあるのでしょうが、それを陰で支える、きめ細かな支援体制の存在も見逃せません。
iPS細胞については、マウスでの成果発表の翌年、2007年11月に、やはり山中教授らによってヒトiPS細胞の作製が発表され、2014年には網膜の難病である加齢黄斑変性を対象にした世界初の臨床研究が理化学研究所で始まりました。さらに、他人の細胞を使って効率よく低コストで細胞移植ができるよう、「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」も進められています。
再生医療以外でも、iPS細胞が無限に増える能力を利用して、患者のiPS細胞から作った細胞に化合物を作用させ創薬につなげる研究や、難病患者のiPS細胞をもとに病態や治療法の解明に取り組むなど、日本を中心に世界各国で研究が進んでいます。
「日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備」。これは山中教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)が2030年を達成期限とした四つのビジョンのうちの一つ。
ほかの三つは再生医療や創薬、新たな生命科学と医療についての目標をうたっています。土台となる研究環境の整備をわざわざ目標に盛り込んだのは、裏返せば、それだけ日本の研究環境が遅れていたことを示すのでしょう。
山中教授は米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の関連研究機関であるグラッドストーン研究所に研究室を持っていることから、同研究所を参考に米国の研究環境の優れた部分をCiRAに採り入れています。
例えば、違う研究グループが交流できるよう壁をなくしたオープンラボを設置したり、日本の研究所では珍しく、知的財産や広報の専門家を雇い入れたりしています。
実際、iPS細胞と同じような多能性幹細胞の知財(特許)をめぐっては、外資系企業の日本人研究者による特許が米バイオベンチャーの手に渡っていた時期がありました。そのままだと、特許係争がいずれ持ち上がる恐れがありましたが、京大側が無償で当該特許権の譲渡を受け、権利関係が整理されたことで、研究者らが安心して研究に打ち込めるようになりました。
派手に騒がれる研究成果に比べれば地味かもしれませんが、こうした功績はかなり大きいと思われます。
<次のページ、人材育成と海外との交流>
理研脳科学総合研究センターと慶応義塾大学、順天堂大学などの研究グループは、染色体異常症の一つ「22q11・2欠失症候群」が統合失調症の発症率を上昇させる点に着目。同症候群を持つ統合失調症患者と健常者からiPS細胞を作り、神経細胞に分化する過程を調べた。
その結果、神経細胞に分化する前段階の細胞塊「ニューロスフィア」の直径が、患者は健常者に比べて約30%小さかった。また細胞塊から分化した細胞のうち、神経細胞の比率が健常者は約90%だったのに対し、患者は約80%にとどまった。
この欠失症候群を持たない統合失調症患者の死後脳の解析でも、神経細胞とそれ以外の細胞の比率の異常を確認。分化効率の変化が統合失調症の病因に関わっている可能性を示した。
一方、理研多細胞システム形成研究センターと広島大学、京都大学の研究グループは、運動機能に障害が出る脊髄小脳変性症6型(SCA6)の患者からiPS細胞を作製。このiPS細胞を小脳の神経細胞の一つ「プルキンエ細胞」に分化させ、病態の一部を再現した。
患者由来のプルキンエ細胞は形態が脆弱(ぜいじゃく)であることが判明。既存薬である甲状腺刺激ホルモン放出ホルモンや、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療薬「リルゾール」に、この脆弱性を抑える効果があることも分かった。
二つの研究成果は2日、英国と米国の科学誌の電子版にそれぞれ掲載される。
日刊工業新聞2016年11月2日
充実した支援体制が明日の科学をつくる
「山中論文」から10年
京都大学の山中伸弥教授らがマウスのiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功し、その論文が2006年8月10日の米生命科学専門誌『セル』電子版に発表されてから、丸10年を迎えました(プリント版掲載は同25日)。これまでを振り返ると、わずか10年という短い期間での研究の進展にまず驚かされます。それには、研究者の日夜の努力もあるのでしょうが、それを陰で支える、きめ細かな支援体制の存在も見逃せません。
iPS細胞については、マウスでの成果発表の翌年、2007年11月に、やはり山中教授らによってヒトiPS細胞の作製が発表され、2014年には網膜の難病である加齢黄斑変性を対象にした世界初の臨床研究が理化学研究所で始まりました。さらに、他人の細胞を使って効率よく低コストで細胞移植ができるよう、「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」も進められています。
再生医療以外でも、iPS細胞が無限に増える能力を利用して、患者のiPS細胞から作った細胞に化合物を作用させ創薬につなげる研究や、難病患者のiPS細胞をもとに病態や治療法の解明に取り組むなど、日本を中心に世界各国で研究が進んでいます。
CiRAの2030年ビジョン
「日本最高レベルの研究支援体制と研究環境の整備」。これは山中教授が所長を務める京都大学iPS細胞研究所(CiRA=サイラ)が2030年を達成期限とした四つのビジョンのうちの一つ。
ほかの三つは再生医療や創薬、新たな生命科学と医療についての目標をうたっています。土台となる研究環境の整備をわざわざ目標に盛り込んだのは、裏返せば、それだけ日本の研究環境が遅れていたことを示すのでしょう。
山中教授は米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)の関連研究機関であるグラッドストーン研究所に研究室を持っていることから、同研究所を参考に米国の研究環境の優れた部分をCiRAに採り入れています。
例えば、違う研究グループが交流できるよう壁をなくしたオープンラボを設置したり、日本の研究所では珍しく、知的財産や広報の専門家を雇い入れたりしています。
実際、iPS細胞と同じような多能性幹細胞の知財(特許)をめぐっては、外資系企業の日本人研究者による特許が米バイオベンチャーの手に渡っていた時期がありました。そのままだと、特許係争がいずれ持ち上がる恐れがありましたが、京大側が無償で当該特許権の譲渡を受け、権利関係が整理されたことで、研究者らが安心して研究に打ち込めるようになりました。
派手に騒がれる研究成果に比べれば地味かもしれませんが、こうした功績はかなり大きいと思われます。
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