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「ろう者に音を届けたい」 髪の毛で音を感じる全く新しいデバイスとは

たくさんの人がつながった富士通のオープンイノベーション

組織にもイノベーションを起こしたい


 大学院卒業後はメーカーでプロダクトデザイナーとして働く傍ら、個人でOntennaの開発を続けた本多氏。個人でOntennaの開発を続けていたが、展示会やメディアを通じてOntennaの存在を知ったろう者からたくさんの問い合せが届くようになると、「1日でも早く製品化したい」という思いが強くなっていったという。

 「でも、個人でやるには資金面などのハードルが高く、一歩を踏み出せずにいたんです。そんな僕の思いを後押ししてくれたのが、富士通でした。富士通には障がい者の方もたくさん働いていますし、聴覚障がい者とのコミュニケーションを活発化するための『LiveTalk』などの製品も生み出していて、障がい者に理解のある会社だなという印象がありました」

 「社内に『Innov8ers』というイノベーションを起こしたい人のコミュニティがある点も興味深かったですね。ベンチャーの方がスピード感があるというのも確かですが、大企業からこうしたプロダクトを生み出すことに価値があるのではないか、大学や未踏プロジェクトの後輩たちにとってのロールモデルになれるのではないかと考えました」

 こうして2016年、富士通に入社。Ontennaの製品化へ向けた開発がスタートした。

ユーザーと技術者をつなぐこともデザインの一つ



(Ontennaプロジェクトチーム。社内外から様々な分野のプロフェッショナルが集まる)

 Ontennaプロジェクトチームは本多氏と富士通のプロダクトデザイナーである高見逸平氏、富士通アドバンストエンジニアリング(FAE)のエンジニアたち、ろう者、カメラマンなど、多様なメンバーで構成されている。

 「外装デザインは高見さんが、基盤設計はFAEのみなさんが担当してくれています。僕は、ろう者の意見を聞き、もっとああして、こうしてとお願いする係。ワガママな奴だと思われているかもしれませんが(笑)、ユーザーと技術者をつなぐこともデザインの一つじゃないかと考えています」

 プロモーション用の映像やスチールは、社外のクリエイターたちによって製作されたもの。「展示会やメディアでOntennaを知った方から『協力するよ』と声をかけていただくことが多くなり、ありがたいですね」

 「モデルは知り合いのろう者の子ですし、『あ、音がいた。』という素晴らしいコピーも、ろう者のコピーライターさんがOntennaに感動して編み出してくれました。そんなふうに、ろう者と健聴者、社内と社外などの垣根を越えて、たくさんの人とつながることで、Ontennaは進化してきたんです」

TechShopで生まれる新たな出会い、自由なアイデア



(2016年4月にオープンしたTechShop Tokyo。「開放的な雰囲気が魅力」と本多氏)

 富士通が手がける会員制オープンアクセス型DIY工房「TechShop Tokyo」。広々としたスペースに3Dプリンターやレーザーカッターといった本格的な工作機器がそろった新しいものづくりの場で、Ontennaのプロトタイプ製作もここで行われている。

 「Ontennaは、ろう者と協働で作り上げているプロダクト。彼らの意見をできる限り反映する、すぐに手を動かして形にする、このふたつのことを開発当初から心がけています。今までは技術者が作ったものをユーザーに使ってもらうという一方通行なものづくりでしたが、これからはユーザーと一緒にものづくりを行う"インクルーシブデザイン"の時代」

 「それには、ものを作りながら考えるという姿勢が大事なので、TechShopのような環境が身近にあるのはありがたいですね。クイックプロトタイピングができる設備が整っているのはもちろん、イノベーションやテクノロジーに興味を持った人たちが自然と集まってくるのでコミュニティも生まれやすいと感じます」

 先日は、TechShop TokyoにてOntennaの活用方法について考えるワークショプを開催。様々な年齢や職業の人が集まり、ろう者を交えて活発な意見交換が行われた。

 「暗闇オーケストラとか、Ontennaを使った愛の告白とか、斬新なアイデアがたくさん出ました。それには、TechShopの持つ自由な雰囲気やアイデアをすぐに形にできる環境が大きく影響しているんじゃないかと思います」

海外や健聴者の反響も大きいOntenna


 国内だけでなく、海外の展示会やメディア、TEDxHanedaなどのイベントにも積極的に出演し、Ontenna の魅力を発信している本多氏。世界からの注目度はますます高まっている。

 「海外の方からも『COOLだね!』『早く使いたい』といった反響をたくさんいただいています。2020年までにすべてのろう者にOntennaを普及するというのを目標に動いていて、今はテストマーケティングの段階。ろう学校やろう団体、医療分野でも使っていただく予定ですし、高齢者や認知症の方の生活にも役立つのではないかと考えているところです」

 また、興味深いのは健聴者からも「使いたい」という声が多く寄せられている点。例えば、イヤホンで音楽を聴きながらPC作業やランニングをしているときに背後からの呼びかけや車の存在にいち早く気づくことができるなど、Ontennaは健聴者の暮らしも変えうる可能性を持っている。

ろう者のスポーツ活動を支援したい


 現在、本多氏のもとには、様々な分野から「Ontennaとコラボレーションしたい」というオファーが届いているそうで、将来的には、音楽フェス、スポーツ観戦、映画館など、様々なシーンでの活用が見込まれている。

 「特にスポーツの分野では、今後テクノロジーが一つのキーワードになると思うので、ぜひOntennaを活用していただきたいですね。ろう者の陸上選手がOntennaをつければ足を踏み出すリズムやタイミングがつかみやすくなって新たな記録が生まれるかもしれない。そんな未来を想像するとワクワクしますね」

使う人と"協働"する、周りを巻き込む"情熱"を持つ



(髪の毛にクリップすると音を感じることができる全く新しいインターフェイスOntenna)

 ろう者の声に耳を傾け、積極的に人とつながることでプロダクトを進化させ、活用の可能性までをも広げてきた本多氏。Ontennaという新しい未来を生み出すことができた要因、それはいったい何だろうか?

 「使う人の立場に立ち、使う人と一緒にものを作り上げていく"協働"する姿勢と、周りを巻き込んでいく"情熱"でしょうか。どんなに革新的なアイデアがあっても、ひとりじゃ何も動きません。一緒に考え、手を動かしてくれる仲間や支援してくれる人たちがいたからこそ、ここまでこれたと思っています」

 「また、開発のパートナーでもあるろう者の存在も非常に大きいです。健聴者にはない特別な感覚を持ったスペシャリストである彼らと一緒にものづくりを行うことで新しいイノベーションが起こせると思っていますし、それによって僕らの暮らしもよりよいものになっていったら嬉しいです」

 ろう者に音を届けるだけでなく、健聴者にも新しい感覚や感動を与えてくれそうなOntenna。障がいの有無に関わらず、誰もが快適に、心豊かに暮らせる未来を創るため、本多氏の挑戦はこれからも続いていく。
<プロフィル>
本多達也 富士通グローバルマーケティング本部総合デザインセンター
1990年 香川県生まれ。大学時代は手話通訳のボランティアや手話サークルの立ち上げ、NPOの設立などを経験。人間の身体や感覚の拡張をテーマに、ろう者と協働して新しい音知覚装置の研究を行う。2014年度未踏スーパークリエータ。第21回AMD Award 新人賞。現在は、富士通株式会社総合デザインセンターにてOntennaの開発に取り組む。
明豊
明豊 Ake Yutaka 取締役デジタルメディア事業担当
最近の富士通のオープンイノベーションはとても活気があるように感じる。Ontennaぜひグローバルビジネスに育ってロールモデルになってほしい。

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